第44話 「2日目10時00分」
20170831公開
2番目にブレスを顔面に受けた猿もどきはまだ生きていたが、もう虫の息だったのでトドメを刺さずに頭上の群れの動きに意識を集中する。
徐々にヤツラの鳴き声が復活して来たが、先程までの勢いは無い。
気配察知範囲内に居る数は、包囲網が縮まった事で増えたので50頭を超えている。
感じられる雰囲気は戸惑いだ。
きっとさっきの襲撃は威力偵察も兼ねていたのだろう。
もしかしたら、俺が倒した5頭は、ヤツラの中では強い部類に入っていたのかも知れない。
確かに連携は見事だった気がする。並みの種族なら翻弄されていただろう。
だが、俺の戦闘力がヤツラの想定を大きく上回っていて、自慢のトップバッターを瞬殺された事で戸惑いが発生しているといったところか。
この隙に逃げ出してもいいが、その場合はきっとここよりも見通しの悪い場所で襲撃される。
ここなら、最短でも5㍍くらいの空間が空いているから、迎撃に専念すればある程度は凌げる。
ただし、一斉に殺到されれば、こなし切れるとも思えない。
5㍍のマージンだけでは不十分だ。
仕方ない。体内のエネルギーを温存したかったが、ここは腰を据えて迎え討つ方針に変更しよう。
俺は1番近い場所に生えている木に収束率を上げたブレスを叩き込んだ。高さは3㍍くらいの位置だ。
いきなりブレスを放った事に驚いたのか、太陽君が更に激しく泣き出した。
突然、昔テレビのバラエティ番組で見た『笑い袋』というおもちゃを思い出した。
ボタンを押せば延々と笑い声が鳴り響くと言うパーティグッズだ。
太陽君には『泣き袋』という二つ名を付けても良いかもしれんな。
ブレスは直径30㌢の幹に当たって、5㌢くらいの貫通口を作った。
さすがに1発では無理か。
そう言えば、運動エネルギーって質量を上げるよりも速度を上げる方が増えるとテレビで見た覚えがある。確か偉大な物理学者ニュートンの時代を取り上げたドキュメンタリーだ。
どうでもいいけど、俺って結構テレビ番組を見ている気がして来た。
で、そのドキュメンタリーで出て来たのが、運動エネルギーの公式だ。
運動エネルギー = 重量 × 速度の2乗 ÷ 2 だったっけ?
俺のブレスに質量が関係しているのかは不明だが、速度を上げる事を意識して放つとどうなるのだろう?
結果は上々だった。
10㌢くらいの直径に収束率を落として、速度を2倍にしたくらいが、消費エネルギーを抑えつつ木の幹を破壊するのに丁度いい感じになる事が分かった。途中で楽しくなってしまった事は内緒だ。
最初の頃は俺の周りに固まる様に蹲っていた6人が、最後の方には呆然とした表情で俺がしている破壊活動を見ていた。
気が付いたら、俺を中心とした周囲の20本程の木が折られていた。
道具も無しで個人が行った環境破壊としてはかなりの成果だ。
地球で無くて良かった・・・・・
あ・・・
ヤバい・・・
この環境破壊は、水木にバレたら説教をされる。
あの子はこの手の話にうるさい。
ゴミの分別も1番熱心だし、俺がうっかりとトイレの照明を消し忘れたら小言を言うくらいだ。
エアコンの温度も28度以下に設定させてくれない。
マイカーを買う時もハイブリットカーでなければ乗らないと言ってたな・・・
なんと言っても、小学3年生で早くもマイエコバッグを持っているくらいだ。
俺の視界に拡がる、この惨状を見たら、小言では済まんだろう。
マジでどうしよう・・・・・
「あのー、もう安全なんでしょうか? さっきの猿みたいな動物は襲って来ないのでしょうか?」
俺が内心で焦っていると、恐る恐ると言う感じで声を掛けられた。
鈴木小枝子さんだ。
実は猿もどき達は、俺が環境破壊にノリノリになる頃にはかなり離れて行っていた。
一部が気配察知圏内にまだ居るが、最初の頃の距離から更に離れている。おかげで群れの一部の動きしか掴めない。
そこまで後退したと言う事は、俺の事を下手に手を出していい相手では無いと考えたのだろう。
「ええ、これくらい力の差を見せ付けておけば、襲う気が無くなる可能性が高くなるでしょう。自分としては環境破壊はしたくないのですが、命には代えられません」
「そう、そうですよね」
俺はさり気なく自己防衛のタネを仕込んだ。
何気なく6人全員に聞こえる声の大きさにしたのがその証拠だ。
拠点に戻った後で、環境破壊をした理由が安全の為だったとみんなに証言してくれるだろう。
して欲しい。切に思う。
「しばらく様子を見てから動きましょう。西に向かって500か600㍍行けば、この森を抜けられる筈です。もうしばらくの辛抱です」
「は、はい」
そう答えた後で、鈴木さんは声を潜める様にして言葉を足した。
「本当に有難うございます。もし宮井さんが来てくれてなかったら、どうなっていたか・・・。昨日の夜も動物の鳴き声がする度に生きた心地がしませんでした」
「もっと早く来て上げられれば良かったのですが、こっちはこっちで手が足りず、森の中は後回しにせざるを得ませんでした。申し訳ありません」
「いえ、来てくれただけでもありがたい事です」
息子さんの陽翔君とは短い付き合いだが、それでも良い子だと思っている。
すれたところも無く、真っ直ぐに育っているという印象だ。
母親の鈴木さんの影響だろう。
なんか、近藤親子の影響で荒んだ心が穏やかになった。
もっとも、今も俺を睨んでいる近藤さんのおかげで、完全には暖まらないのが勿体無いのだが。
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