第42話 「2日目7時20分」
20170822公開
森の中へは小川の上流から侵入した。
生き残る為に1番重要なのは水の確保だ。
水さえ確保出来れば、食べ物が無くても生き残れる時間が延びる。
それは現役のレスキュー隊員の黒田さんの話からも分かる。
だから、まずは小川を遡った。
「全く、痕跡は無しか・・・」
思わず独り言が零れたのは1時間が過ぎた頃だった。
遡るにつれて小川はかなり細くなって来た。源流に近付いたせいだ。
小さな支流が合流する地点に来る度に念の為にその支流を遡ったが、『被災者』の気配や痕跡は無い。
代わりに、この森に入る前から視線を感じていた種族の気配が増えて来ている。俺の気配察知圏内だけでも30頭を軽く超えている。
お互いのコミュニケーション手段なのだろう。鳴き声が常に飛び交っている。
その鳴き声には心温まる成分は微塵も含まれていなかった。
森に入った頃には森特有の匂いが濃かったが、今はソイツらが出すニオイが鼻を衝く。
猫もどきの本能が『敵が出すニオイ』だと教えてくれていた。
鳴き声もニオイも本能が敵だと教えてくれるが、人間の感性から受ける雰囲気から考えても友好的な種族では無いと思う。
小冊子に載っていないし、ネットでも出ていなかった種族だというのは確定だろう。
なんせ、地上を移動していない。移動は常に樹上だ。
ソイツらの気配が増えるのに反比例して、小さな動物たちが俺とソイツらのどちらが原因かは分からないが、避ける様に遠ざかっていた。
「さあて、森に入って1㌔は遡った事だし、もうちょっと行ったら圏外という事で諦めるか」
独り言をもう1度呟いた。
10分後、遂に小川の源流にまで来てしまった。
岩と岩の間から水が湧いている場所が終着点だった。
これで、一緒に『召喚』に巻き込まれた『被災者』が水の確保も難しい状況になっている事が確定した。
勿論、サバイバルの知識がある人なら何らかの手段を知っているだろう。
例えば朝露を集めるとかだが、子供たちは当然として親たちが知っている可能性も少ない気がする。
ここからは森の中を虱潰しに探すしかない。
まずは、南に向かって行こう。
その前に、ちょっとだけ湧水が溜まっている窪みに直接口を付けて喉を潤す。
何回か綺麗に見える湧水を飲んだが、隠れているかもしれない『被災者』に向けて、助けに来た事を告げる呼び掛けをしていたせいでさすがに喉が渇いていた。
うん、これまで飲んだ中では1番美味しい。地中で濾過されているのだろう。そのまま飲んでも全く問題が無さそうだ。
有田琴音ちゃんから借りて来たステンレスミニボトルを取り出して、それまでに確保しておいた水を全て捨てる。そして新たに水を確保する。
このミニボトルは可愛いピンク色で、ワンプッシュオープンタイプだ。容量は480mlと小さいが、有るだけマシだ。
これで、発見した『被災者』に1口は飲まして上げられる。
樹上の気配は更に増えていた。
そう言えば、ヒョウもどきの気配が全然しないな。
やっと『被災者』に遭遇したのは、更に1時間後だった。時刻は9時半を回っていた。
3㌔南下して折り返して3㌔北上してを繰り返す気だったが、2度目の南下中に発見した。
6人の集団だ。
近藤加奈子さん・茶ポメ、その子供の太陽君・茶ポメ、本田早苗さん・茶ポメ、その子供の岳君・茶ポメ、松木沙知さん・茶ポメ、それと鈴木小枝子さん・茶ポメの6人だった。
鈴木さんの息子さんの陽翔君を保護していると伝えたら、緊張の糸が切れたのだろう。彼女は泣き崩れた。
一方、未だ娘さんを発見出来ていない松木さんも感情をコントロール出来ずに、泣き崩れてしまった。
本当を言えば、すぐにでも移動したかったが、泣き止むまで俺は周囲の警戒をする事にした。
知っている事を伝えている間にも、付きまとっている気配が益々増えて来ていたからだ。
まあ、2人とも自分自身が心細かった上に、子供の心配まで1晩中していたのだ。
それぞれ違う理由では有るが、泣き出しても仕方ないし、少しくらいは時間を与えざるを得ないと俺は考えたが、違う考えの人間が居た。
「みっともない! ほら、さっさとこんなとこオサラバするで。ぼやぼやせんと早くしゃきっとしいや!」
近藤さんだった。
俺は思わず彼女を見た。
その視線を感じ取ったのだろう。こっちを睨むように見返した彼女が俺にも噛み付いて来た。
「大体、1晩中、こんなところに放置して、助けに来るのが遅いんや。佐藤先生は無事やったやろ? 先生が責任を持って、助けに来るのが筋ちゃうか? 職務怠慢や。ちゃんと補償して貰わんと適わんな」
コイツ、ナニイッテンダ?
さっさと移動した方が良いという最初の意見は確かに正しい。
だが、その後の言葉は的外れにもほどが有る。
その俺の気持ちを読み取ったのか、更に噛み付いて来た。
「大体、あれっぽっちの水だけしか持って来てへんて、あんた、舐めとんか? ウチらは昨日から何も食うてへんねんで。それくらい気を回さんかい! 誠意が無いんか?」
スマン、コイツガナニイッテイルノカ、ワカラン。
近藤さんの隣に立っている息子の太陽君も母親と同意見の様だ。
俺を睨んでいる。
俺が反論する前に事態が動いた。
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