第41話 「2日目6時20分」
20170819公開
早朝の狩りを終えて戻って来ると、みんなは河原の拠点の方に移動していた。
普通なら疲れて寝坊したくなる筈だが、いつもとは違う環境に早く目が覚めたのだろう。
まあ、普通に考えて布団も枕も無しで寝たんだ。眠りが浅かったのかも知れない。
ましてや沙倶羅ちゃんや大人たちは露天で寝たんだ。日の出とともに起きたかも知れないな。
『転移』直後の生き残りという大きな峠を越えたとはいえ、漫然としている余裕も無いだろう。
むしろ2日目の方が時間が経った分、自分達が巻き込まれた状況に不安を覚えてもおかしくない。昨日は急変した状況に振り回されたから深く考える余裕も無かっただろうし。
だが、早くも環境に順応している人間も現れていた。
意外と人間は逞しいと言うべきか・・・
「お父ちゃん、狩りに行くならさそってよー! 今日こそは『マジカルミラクルブレス』をうてるように練習したかったのに!」
隠すまでも無く、我が愛すべき愛娘なんだがな・・・
表情豊かな分、プンスカという擬音が聞こえる気がする。
本能に忠実な猫もどき故に、ブレスを撃ちたくてウズウズしているのだ、きっと。
まあ、楓らしくて微笑ましい気がするのは、俺が親バカだからだろうか?
「お父ーちゃんがひとりで森に行くって、陽太君のお父さんから聞いたよ」
楓の隣に立っている水木の顔には不安が浮かんでいる。
いや、心配そうな表情というのが正解だな。
それは娘2人の後ろに控える様に立っている沙倶羅ちゃんも一緒だ。
それはそうと、俺は『お父ーちゃん』で、山本さんはどうして『お父さん』なのだろう?
この年代の感性は微妙で不思議だ。
「すまん、すまん、楓。2人ともぐっすり寝てたから、起こさなかったんだ」
俺はトリケラハムスターを蔦で括りつけた棒を降ろしながら答えた。
スマン、オトナノウソダ。
下手に見に行って、起こしてしまうのが嫌だったから見に行っていない。
「それと水木、お父さんは大丈夫だよ。危なかったら、すぐに逃げるから」
「本当?」
水木が俺をまっすぐ見ながら訊いて来た。
そう言えば、腰を下ろさなくても娘たちと視線が同じというのは新鮮な感覚だな。
「本当だ」
水木の反応は真っ直ぐ右手を差す出す事だった。
小指だけを立てている。
「ああ、本当だ」
俺は大事な事なのでもう一度そう言いながら、水木が差し出す小指に自分の小指を絡めた。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本、飲ーます! 指切った!」
初めて娘とした「指切拳万」は息がピッタリ合っていた。
思わず俺と水木はお互いに笑顔を見せ合った。
「あー、ずるい! 楓もする!」
楓とも「指切拳万」をしたが、ちょっとタイミングがズレてしまった。
いや、楓、小指を絡めた瞬間に言い出すのはさすがにせっかち過ぎるぞ?
その後、沙倶羅ちゃんともしたが、小指というよりも鋭い爪と絡める結果になった。
俺の小指が切れなくて良かったとしか言いようが無かった・・・
きっと、不安を消し切れないのだろう。
沙倶羅ちゃんと「指切拳万」した直後、楓と水木が俺に抱き付いて来た。
2人を同時に抱き締めながら、安心をさせる様に言い聞かせた。
「お父ちゃんが嘘ついたことあるか? ちゃんと帰って来るから黒田さんと山本さんを頼むぞ」
「えー、お父ちゃん、さっき嘘ついたばかりだよ? 見に来てない」
「うん、お父ーちゃん、来てない」
嘘がばれた事を嘆くべきか、それとも2人に「気配察知」の能力が花開いた事を喜ぶべきか?
「でも、指切りしたから、大丈夫だよね?」
2人が同じ言葉を完全にシンクロさせた。
俺の言葉は1つしかない。
「ああ、大丈夫だ。お父さんを信じろ」
1時間後、俺は森に侵入した。
入った瞬間に、森がどよめいた様に感じたのは錯覚では無いだろう。
お読み頂きありがとうございます。




