第39話 「11時間10分後」
20170813公開
話し合いが終わって、みんなが向かったのは子供たちが寝ている2つのテントもどきだった。
激動と言っても良い1日だったのだ。
疲れ切ったのだろう。
布団も無ければ、枕も無いのに全員が熟睡していた。
その後、女性陣は沙倶羅ちゃんの近くに寄り集まって、寝る準備を始めた。
俺たち男性陣は、東に在る森が見通せる場所に作った焚火が消えない様に見張るのと、森から野生種が忍び寄って来ないかを順番に警戒する予定だ。
まあ、俺1人でも十分と言えば十分なのだが、黒田氏と山本氏が付き合うと言って聞かなかったのだ。
じゃんけんの結果、1番手は俺で、2番手に黒田氏、3番手に山本氏という順番になった。
小川まで行って水を飲んでやっと喉を潤して戻って来たら、2人は適当に寝そべっていた。
だが、何かを喋りたそうにしていた。
夜行性の猫もどきと違って、2人の種族はさほど夜に強くは無い筈だが、まだ9時を過ぎたくらいの感覚なので、人間時代の癖でまだ寝るには早いのだろう。
こういう所にも、本能が強く出ている猫もどきとの差を感じる。
「宮井さん、気になっていたんですが、職業は何をしているんですか? いえ、ずっと『自分』と言っていたし、こう言ったら何ですが、荒事にも慣れているみたいなんで、幹部自衛官かな? って思っているんですけど」
山本氏が先陣を切った。
「それは偶に言われるね。こう見えても、人材派遣会社の部長だよ」
「ええ? それは想定外というか、想像してなかったですよ」
「まあ、そんな大きな会社じゃないけどね。一応、自分が管理している人材は31人居るよ。ああ、あと、『自分』と言っちゃうのは高校時代からの癖かな。高校時代はボクシング部だったんだけど、そこは自分の事を『自分』と言えっていう方針だったんだ」
「ほー、ボクシング部だったのか? どうりで最初に会った時に見た動きが素人離れしていたんだな」
「ああ。あの時はトリケラハムスターに襲われたのが2度目だったからな。1度見た動きなら捌くのは難しくない」
黒田氏も会話に混じって来た。
「そうそう、宮井さんて、相手に合わせて話し方が変わりますよね? ワザとですか?」
「そうだよ。簡単に体育会系、文系、理系に分けて話し方を変えてるね。まあ、これは人材派遣業界に入ってから、こうなったんだよな。それまではバリバリの企業人だったんで上下関係を踏まえたビジネス会話も出来るし、接客も基本の業務に入っているから接客用の言葉使いも出来るけどね」
「うわ、なんか店頭に居る宮井さんの姿を想像出来ない・・・」
「いや、女性陣には接客の時の口調に近かったよ。実際にはもっと丁寧だけどね。自分で言うのも何だけど、成績は今の業界に入った頃からトップクラスだよ。そのおかげで社長に目を掛けられて、あれよあれよという間に部長まで出世したし。そうそう、言葉使いを変えるのは、人材をきちんと管理する手段でも有るんだよ。ほら、体育会系と文系って性格とか人との付き合い方が違うからね。相手と同じ口調で話すのも有効だったりするんだよ。まあ、自分だけがそう思っているのかも知れないけど」
2人ともほー、という雰囲気になった。
まあ、これは俺だけの感覚かも知れないので、そんなに感心されると困るのだが・・・
「ボクシングは強かったのか?」
「これも自分で言うのも何だが、才能は有ったと思う。だけど、拳の骨がパンチに耐えられなくて、2年生の頃に骨折癖が付いた。判定狙いなら勝つ自信は有ったんだが、ボクシングは倒してナンボ、っていう自分の考えに合わなくて辞めた。もし、骨が頑丈だったら、とっくの昔に世界チャンプ間違いなしだ」
「ビッグマウスなら世界チャンプ級だな」
「適切なツッコミ、痛み入る」
2人の雰囲気が苦笑交じりになった。
「黒田さんが消防官というのは分かっているけど、山本さんは何をしてるの? 自分の勘では会社員って感じじゃ無いけど?」
「実は作家業です。ま、芥川賞とか直木賞とかとは無縁ですけど」
「おー、初めて作家先生を見た! 人材派遣業って色んな人間に出会う事も有るけど作家先生は居なかったな。夢の印税生活かぁ」
「いえいえ、しがない傍流の一隅で生きている作家ですから」
「訊いて良いかな? どんな作品を書いてるの?」
「俺TUEEEEE系の異世界転生モノです」
「え?」
なんと言うか、虚構と現実がごっちゃになり過ぎという気がした。
「こんなのに巻き込まれたら、自分が書いて来た作品なんて、現実の前には薄っぺらいとしか思えないですよ」
山本氏が自嘲気味に呟いた・・・・・
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