第37話 「10時間50分後」
20170810公開
山本氏が手を上げた。
なんだか話し合いと言うよりも学校の授業をしている様な気がして来た。
もちろん、俺にそんな経験は無い。
むしろ、最初に勤めた会社で散々やった会議を思い浮かべていたから、今の流れは想定外だ。
「宮井さん、彼らと意思の疎通が可能だと思っているという事ですか?」
「その通り。少なくとも、彼らは麻で編まれた服を着ていて、毛皮で作られた簡単な靴も履いていた。更には長さを揃えた槍も持っていた。割としっかりした知能と技術を持った集団だと思う」
一旦、言葉を切った。
喉が渇いているが、わざわざ小川に水を汲みに行くのも面倒だな。我慢しよう。
女性陣の方を見て結論を告げる。
「今の段階では詳しい事は不明ですが、なんらかの言語は有ると考えて良いでしょう。試行錯誤は有るでしょうが、意思の疎通は可能と考えています」
黒田氏が何かを確かめる様に訊いて来た。
「具体的にはどうする? 自慢では無いが俺は日本語以外分からない。ましてや共通する知識や常識を持たない異世界の住民相手にコミュニケーションが取れるのか?」
「何かで読んだ覚えがあるが、意味不明な物を絵にして見せる方法が有るらしい。相手はその絵を見て、『何だ、それ?』と言う筈で、このやり取りで『何だ、それ?』という言葉が分かる。その言葉を使って、物や人、動物を指差しながら片っ端から質問しまくると、身近な物の名詞が分かる。名詞が分かれば、後は動詞を特定して行く。片言でも会話が出来る様になれば、物々交換も可能になるだろう」
「ですけど、宮井さん、我々が提供出来るモノなんて有りますか? トリケラハムスターの肉とかしか思い付きません」
「それに関しては・・・・・」
そう言って、俺はズボンのポケットから小銭入れを引っ張り出した。
パンパンに詰まっているせいで、取り出すのに苦労する。
「この財布には2,708円分の硬貨がぎっしり入っている。硬貨は身分の高い人物の身を飾る事にも使えるので、話の持って行き様に依っては大きな成果を得られる筈だ」
小銭入れを開けて見せた。
ぎっしりと詰まった硬貨が小銭入れを埋めていた。
「恥ずかしい話なんだが、昨日の帰りに路線バスで使うプリペイドカードにチャージしようとしたら、うっかりと両替してしまったんだ。それも1,000円札2枚分。バスの運転手は白い目で見るし、恥ずかしいしで逃げる様に降りたさ。まあ、そのおかげで、この小銭入れには元からの分と合わせて500円玉が3枚、100円玉が10枚、50円玉が2枚、10円玉が10枚、5円玉1枚、1円玉3枚の29枚の硬貨が詰まっている」
500円玉と100円玉と50円玉は、光の下では銀色に輝いて見えるから箔を付けるには最適だろう。
10円玉と5円玉はくすんでいるので受けが悪い気がする。クエン酸で拭くとか、細かい砂で磨けば綺麗になるとか聞いた事が有るが、詳しくは知らない。クエン酸などここには無いから、砂を使うのが現実的で良いのかも知れない。
日本ですれば犯罪になるが、叩いて伸ばす道具が有れば、大きくして見栄えを上げるのも有りだな。
「実際には接触してみないと役に立つかどうかは分からないけどね。ドヤ顔で出したら向こうが金細工の見事な装飾品を出して来るなんて事も無いとは言い切れないし。まあ、何も無いよりはマシだと思う」
みんなが納得した顔になった。
順番に目をやりながら、言葉を続けた。
「実は、この事は第9の項目、『生活圏を築きましょう』に繋がります。彼らの居住地は把握しています。2㌔ほど離れた、南西の方角に在る直径1㌔ほどの林の近くに彼らは住居を構えています。幾つかの建物も確認したので定住していると見ていいでしょう。今しばらくはここを離れられませんが、状況によっては彼らの近くに拠点を移しても良いでしょう。なんにしろ、生活する為に早急に衣食住を確立するのが現在の課題です。そういう意味では彼らの存在はありがたいと言えるかもしれません」
生きていくには、安定して食糧を得る事も重要だし、気候の変化に対応出来る服装も要るし、安心して寝れる住居も必要だ。
ましてやこの世界には肉食獣が数多く存在している。他の場所も調べないといけないが、このままここに環濠集落でも造っても良いかも知れない。
まあ、判断するには未だ早いか・・・・・
「最後の項目は『可能であれば「ニホン国」に移動しましょう』です。数千人と言われていますが、1回目と2回目の『召喚災害被災者』の生き残りが建国した様です。ですが、実はこれに関しては微妙だと言わざるを得ません」
喉が渇いていがらっぽいので、カラ咳をした。
ずっとしゃべりっぱなしだな。
そういえば、のど飴がポケットに入っているが、今は出せないな。
楓と水木になめさせて上げたいしな。すだちとレモン味だからきっと喜ぶ。
「実際に住んでいて帰還した『被災者』は50人を超えていて、結構情報が手に入っているのですが、現在地が不明な為に遠いのか近いのかさえも分からないからです。周辺の情報を集めるのを優先するしかないでしょう」
『召喚』されて半日だ。
未だ何も分かっていないと言って良い。
確実に前進するのが小百合に再会する近道と思って、1歩ずつ進もう。
お読み頂きありがとうございます。
追伸
作中に出て来た、【路線バスで使うプリペイドカードにチャージしようとしたら、うっかりと両替してしまったんだ。それも1,000円札2枚分】は実話です(^^;)
おかげでしばらくは小銭入れが膨らんでしまいました(^^)
それと硬貨の枚数は間違いを発見したので修正しました m(_ _)m




