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第32話 「8時間50分後」

20170802公開

 この身体の種族が活発に動く夜になった事と、『狩り』が出来る喜びで本能が本格的に目覚めたのだろう。

 今の自分の状態が分かる。

 身体の隅々にエネルギーが行き渡っている状態では無いので、全力は出せない。

 それでも目の前の狼もどきが数頭くらい集まったところで俺には勝てない。

 それは相手も分かっている。

 4頭とも、目に怯えが出ているしな。

 

 だが、ここで逃がす事はしない。

 下手に逃がすと、廻り回って後ろの2人に危険が及ぶかもしれないし、置き去りにして来た5人を危険な目に遭わせるかもしれない。

 確実にここで仕留める。

 身体の重心を落としながら右側の2頭に向かって身体を動かす。警戒していた2頭が反応して後ろに跳んだ。

 その瞬間に右足を踏み込んで強引にベクトルを左側の2頭に変えて跳躍した。これで後ろに跳躍した右側の2頭は俺の後ろに居る2人にすぐに向かう事は無理だ。


 虚を突かれた左側の2頭の反応が遅れた。これだけ後手に回れば後ろに下がっても俺の方が速い。

 横に跳ぼうにも狼もどきの機動力は左右に動く分にはさほどでは無い。コイツらの機動力は前後に特化している。

 左側のヤツがほとんど自棄やけの様に牙を剥き出しにして俺に噛み付こうとした。

 狼もどきの最大の武器は、人間の大人の手の親指くらいは有る鋭い牙だ。あごの筋肉も強力で、人間の腕位なら容易く噛み切ってしまう。

 ギリギリの位置でブレーキを掛けて、タイミングをずらすと目の前で顎がバクンと閉じられた。

 目が合うが、浮かんで見えるのは絶望感だろう。

 同時に右側のヤツが停まった俺に対して噛み付いて来る。下から跳び上がって来る様にして口を開いている。狙いは俺の右腕だ。ちょうどいい高さだし、捉えられればこっちの機動力を削ぐ事が出来る。ダメでも体当たりをしてこっちの体勢を崩せる。そうなれば圧し掛かって動きを止める事も可能だ。

 だが、狼もどきが口を閉じたのは自分の意志では無かった。下から突き上げられた俺の右拳によって強制的に閉じさせられたのだ。

 そして、そのまま顔が上に跳ね上げられた。

 インパクト時より更に速度を上げて右手を振り抜く。下から顔に加えられた運動エネルギーは、狼もどきの脛骨に限界以上の負荷を掛けた。バキンという音と共に不自然に首から先が仰け反った。

 一瞬後と言っても良いくらいの短時間で最初の狼もどきがもう一度噛み付いて来たが、その時には俺の身体は50㌢後方に下がっていた。

 俺の前で狼もどきが口を閉じた。右斜め前に踏み込んで、その勢いを腰を使って右拳に乗せて、やや撃ち降ろしの形で首を撃ち抜くと、あっさりと脛骨が砕けた。


 最初に後方に跳んだ右側の2頭が着地と同時に身体を捻ろうとしていたが、その時には俺の身体はもう1歩めを踏み出していた。

 2歩目の右足が地面を離れる頃には俺の方が加速で上回った。

 3歩目で1頭に追い付いて右肘を首筋に落す。衝撃で狼もどきは地面に叩き付けられたがその時にはもう絶命していた。踏み出した4歩目の右足がそのまま最後の狼もどきの首を折るまでに要した時間は最初の狼もどきを殺してから5秒も掛かってないだろう。

 一応、これは秒殺と言う事で良いのかな?



 だが、実はここからが難しい。

 なにせ、同級生らしいとはいえ、あっという間に狼もどき5頭を倒した光景を見ているのだ。

 後ろで怯えている2人にとって、助かったと言うよりは、もっと恐ろしい化け物が現れた様なものだろう。

 ここは先生の出番だろう。

 そう判断した俺は出来るだけ優しい声で「待っていてね。先生を呼んで来るから」と言って、ダッシュで先生たち5人の許に向かった。


 6人で戻った時には、2人は抱き合って泣いていた。

 俺を見る目に混じる感情にちょっと傷付くが、これは諦めるしかない・・・

 出来るだけ血を見せたくなくて、首を折る様にしたんだが、それでも刺激が強過ぎたのだろう。

 もっとも、後で楓が2人に訊き出してくれた話によると、最初の狼もどきを仕留めた直後に見えた俺が楽しそうな笑顔を浮かべていたのが怖さを倍増した様だ。

 うん、本能に引きずられるのは仕方ないとしても、これからは気を付けるようにしよう・・・

 


 

 こうして有田琴音ありたことねちゃんと遠藤蒼真えんどうそうま君が合流した。    

 明日の朝から念の為に平原に『被災者』が居ないかもう一度探すが、発見出来なければ子供12人と大人10人が森の中に出現した事になる。

 少しでも、多くの『被災者』に生き残っていて欲しいが、正直なところ、かなり厳しい現実を突き付けられるだろう。


  

 


お読み頂きありがとうございます。

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