第31話 「8時間40分後」
20170730公開
東に300㍍歩いて森から100㍍の距離まで近付くと、俺の気配察知とは別のセンサーにビシビシと反応が有った。
視線だ。
本物の自然から乖離した文明の中で生活していても、人間は意外と視線に敏感だ。
この身体は更に性能が良いみたいで、視線に篭った意味まで分かってしまった。
恐怖を感じている視線が多いようだ。
もしかしなくとも、猫もどきはかなりヤバいヤツなのかも知れない。
黒ポメ人も俺を見た瞬間に逃げ出した。
確かに遠距離火力も有り、近接戦闘もこなせる種族を俺は噂でも聞いた事が無い。
これで体格まで立派なら確実にクマもどきを上回る種族なんだろうが、実際は小学3年生並みの体格だ。
最強では無いが、少なくとも強力な種族で転生出来ただけでも、不幸中の幸いだと思う事にしよう。
恐怖以外にも、獲物に対する視線も感じるが、これはどうも俺では無く、同行している5人に対するものを拾い上げている気がする。
その視線を浴びている5人も敏感に感じ取っているのか、かなりナーバスになっている。
さっきから頻繁に森に視線を送っている。
声を出せば、襲われてしまうとばかりに無言だ。
5人の神経がもたないと判断した俺は早めに南下する事にした。
南下してから2分も経たずに、小川に行き当たった。
ここら辺りは傾斜が有る為に流れが速く、川幅も狭い。岩も多く、なんとなく山の中を流れる川の様な印象を受ける。
俺よりも夜目が利かない5人に足場を教えながらしばらく下ると、2人の『被災者』の気配を感じた。
だが、気配はそれだけでは無かった。
トリケラハムスターとは異なる、野生の種族の気配としか言い様が無い気配だ。
「止まって下さい」
足を止めて、かろうじて5人に聞こえるくらいの小さな声と、両手を大きく広げる事でみんなの動きを止める。
「そのままゆっくりとしゃがんで下さい」
ヤバい・・・
身体の奥から期待感が込み上げてくる。
『狩り』が出来る・・・・・
愉悦が顔に浮かぶ・・・・・
地球の猫は「薄明薄暮性」動物だ。夕方と明け方が最も活発に活動する時間帯だ。
それに対して、この身体は「夜行性」らしい。
そう言えば、みんなとは違って、夜目がかなり利いているし、間違っていないだろう。
まあ、昼間にも動けるから、問題無いと思う事にしよう。
ああ、ヤバい・・・・・
今、俺の顔を見られたらヤバいな。
だが、まだ理性は健在だ。
「2人居ますが、狙われています。排除して来るので、ここで待っていて下さい。何か有れば大声を上げて下さい」
それだけ言うと、靴を一息で脱ぐ。多分、このまま履いていると破ける。
脱ぎ終わったら重心を落とす。
一瞬後には一気に前方に加速していた。
全力を出そうと思っているのに、反応は3割に満たないと本能が教えてくれる。
まだまだ栄養が全身に行き渡っていないのだろう。
だが、それでも人間とは比較にならない身のこなしだ。
靴を脱いで正解だ。
おかげで地面を捉え易くなったし、足音も抑えられている。
服が邪魔だな。
動きが思ったよりも阻害される。まあ、身体が衣服に馴染んでいないのだろう。
そんな事を思っていると、蛇行している川のカーブを曲がり終えて、俺の視界にヤツらの姿が飛び込んで来た。5頭が向こう向きに2㍍間隔でV字を描く様に身構えていた。飛び掛かる寸前の様だ。
一見、犬か狼の様だが、後ろ足が異常に発達している。瞬発力は有りそうだ。
射線を考えるとレーザーやブレスは使わない方がいいか・・・・・
野生の種族まで10㍍を切った。
猛スピードで接近して来る第3者にやっと気付いたのか、ヤツラの注意がこちらに向かったのを感じる。
遅い。
勢いを殺さずに低く抑えた跳躍をした。
ヤツラはこっちに向き直ろうとして、却って隙だらけになっている。
V字真ん中のヤツの真横に右足で着地するが勢いは殺さない。ブレーキは次の1歩だ。
脇を通り過ぎながら、見えない爪を使って首を掻っ切る。
鳴き声も上げずに一瞬硬直した後に力が抜けて崩れ落ち始めた。
崩れ落ちた時には、俺は2人の『被災者』の手前に身体を180度捻って着地していた。
後ろから悲鳴が上がったが、まずはヤツらの動きを封じる方が先決だ。
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