第19話 「3時間55分後」
20170718公開
20170716セリフ表記変更
『母は強し』とは言っても、ただの人間だ。
自分が異形の姿に変わっていれば精神的に不安定になってもおかしくない。
まあ、幸か不幸か、転生した種族の本能がクッションとなって精神的な負担は実際には思ったよりも少なく感じる。
しかし、子供まで巻き込まれたとなれば、精神的なな負担は増す。いや、むしろ縋る術になるか?
そんな状況で、子供を失ったとなれば、どれ程追い詰められるかは想像も出来ないし、想像もしたくない。
楓と水木の居ない人生など考えただけで暗闇に捉われてしまいそうだ。
今回はたまたま2人の母親の子供を先に保護出来ていただけだ。
今後、子供を失った事が判明する親が出て来た場合の事も考えておかなくてはならないだろう。
願わくば、黒田氏の娘さんが無事に発見される事を祈るばかりだ。
彼は、字義通りの貴重な即戦力だ。現状では俺以外では唯一の戦力と言える。
精神的に最悪な状況にしたくない。
≪ごめんやで、とりみだしてもうた。それで、こどもたちにすぐにあえるんやろうか?≫
茶メラこと、カナイ大翔君の母親がハンカチで目を抑えてから訊いて来た。
トラの顔が大きくプリントされたシャツを着ていても、さすがは女性だ。
ハンドバックの中にちゃんとハンカチを用意していた。
多分だが、その他にもティッシュなどのちょっと便利な小物が入っている筈だ。
まあ、化粧品や化粧道具が今後も役に立つかは知らないが。
「いいえ、いいんですよ。お互い、子を持つ身ですからお気持ちは分かります。あと、鈴木陽翔君、吉田美羽ちゃんと、私の娘2人も無事です。それと、今、先生にはこの先に見える赤い物体の確認に向かって貰っています。そろそろ帰って来てもおかしくないんですが・・・」
そう言いながら、先生に向かって貰った方向を見ると、ゆっくりと旋回をしている佐藤先生の姿が見えた。
例の場所よりは明らかに近付いている。
「さくらちゃん、ちょっとだけ任せても良いかな? あ、そうそう、学校で配られた異世界転生に関する本は読んだ?」
≪あ、はい、よみました。ぁ、でも、ぜんぶよんでない・・・≫
「いや、別に叱る気は無いよ。目を通しているだけでも助かるからね。大きなハムスターのところは読んだ?」
≪はい、よみました。いぬさんくらいおおきいんですよね?≫
「その通りだ。偉いな、サクラちゃんは。実はオジサンたちはもう2回も襲われた。ここにも居ないとも限らない。注意しておいてもらえる?」
≪はい、わかりました≫
「うん、いい子だ」
思わず俺はさくらちゃんの頭に右手を伸ばしていた。
ちょっと驚いた様な、不安な様な気配を感じたが、構わずに手を頭に乗せる。
感触は意外なほどすべすべとしていた。ツルッツルッと言って良い。
2、3回頭を撫でると、サクラちゃんが目を閉じた。
あまり、他人様の子の頭を撫でるのもどうかと思ったので手を放したが、サクラちゃんは目を開けて、離れて行く俺の手をじっと見ていた。
「では、ちょっとだけ自分は離れます。どうやらもう1人、保護出来そうですから。戻って来たら、室井さんの足の処置をしますので待っていて下さい」
そう言って、走り去ろうとしたが、言い忘れた事に気付いた。
後でも良いが、待っている間に何かをさせておいた方が気が紛れるだろう。
「出来れば、何か巻き付ける物を用意しておいて貰って良いですか? 捻挫なら固定しておいた方がいいですから」
≪うちがやっとくで。こうみえても、かんごしやねん。ばっぐのなかにほうたいがはいってるはずや≫
『こう見えても』というのは、今も俺を睨んでいるトラの顔のプリントの事を言っているのか、自分自身のポメラニアン顔の事を言っているのか、俺には分からなかった。
ただ、包帯を持っているという事は朗報だ。
出来れば、その他の医療器具も持っていてくれれば嬉しいのだが。
「それは助かります。他にも何か持っていますか?」
≪あとはしょうどくえき、ばんそうこう、それと、ぴんせっとくらいやな≫
「十分です。では、室井さんの事を頼みます」
保護出来た『被災者』は赤い服を着たポメラニアンもどきの女の子だった。
擦り傷は負っていたが、元気だった。
そして、名前は黒田結愛ちゃんと言った。
黒田氏の行方不明だった娘さんだった。
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