第132話 「374日目11時45分」
20181105公開
20181113一部告知部修正
黒田氏から連絡を受けた自衛隊の派遣部隊がチト村に着いた。
さすがに80㌔以上の長距離を重さ20㌔を超える背負子を背負った状態で走って来ただけあって、全員の息が上がっていた。
軽い熱中症の症状が出た隊員も数名居たので、その隊員たちには水分補給と体熱を逃がす為に濡らした布を首筋と脇の下にあてがって集会場の中で休ませている。
「今回の派遣は色々と教訓を得られました。身体能力に優れたこの身体でも、あの距離を物資を背負った状態で駆け足で走破するのは軍事的には不可の判定を出すしか有りません。戦域に到着してもすぐに戦える状況下に部隊を置くのも指揮官の務めですからね。ですが、無理したおかげで問題の無い行軍速度の目安が分かっただけでも収穫です」
財前司令が疲れた顔に苦笑いを浮かべて言った。
「黒田さんから概略を聞きましたが、その後、状況の変化は有りましたか?」
俺は財前司令に最新の状況を伝えた。
俺が叩き潰したゴブリンの部隊は全員が撤退をしている事。
戦った場所はもちろん、ベースキャンプ跡地にも残留物は見当たらない事。
この村から東に3㌔ほど行ったところに在る砂浜に幾つもの何かを引きずった跡が残っていた事。
海上には船の姿が無かった事、などだ。
「これらの事から、20人の斑灰ポメは見捨てられたと判断しているけど、どう思いますか?」
「多分、宮井村長の言う通りでしょう。盾は装備していますが、鎧は薄くて硬化処理のされていないただの革ですし、兜も無しですからね」
捕らえられた斑灰ポメの装備は、ゴブリンどもよりも1段落ちたレベルだ。
小百合が向こうの大陸で対峙したポメラニアンもどきは、他のゴブリンと同じ装備だったので何かの理由が有るのだろう。政治的なものか、部族的なものか、所属する部隊によって装備が違うのか、今後の調査で判明させる必要が有る。
「それにしても、奇跡的な巡り合わせですね。確か、ニホン国に辿り着いた被災者には奥様の名前が無かったという話だったと記憶していますが?」
「ええ。まあ、ニホン国に行っていなくても、妻なら1人でも生き残れると思っていましたが、ちゃっかりと仲間まで作っていたのは想定外でしたが・・・」
政府が作った冊子では、召喚災害に巻き込まれた際には、被災者たちが造ったニホン国に逃げ延びる様に書かれていたが、実際には取敢えずの指針でしか無かった。
なんせ、ゴブリンの虐殺から生き延びて安全な場所に辿り着いた後で集落を形成した被災者も混乱していたし、まずは文字通り生き残る事に専念せざるを得なかったのだ。当然ながら筆記用具も碌に無かったので、2,3年間はまともな名簿が作られる事が無かった。
帰還した被災者もほとんどが被災してから3年以内に戻って来ているので、4年目になってやっと作られ始めた名簿の存在を知っている被災者も限られていた。
勿論、そういった被災者も名簿に載っている人名を全て覚えている筈も無かった。
だから、ニホン国に辿り着いた被災者のおおまかな数字は分かっても、生き残った被災者の詳細なリストは無い。あくまでも帰還した被災者の身近にいた人物の情報だけが分かっている状態だった。
ましてや、第3次召喚大災害以降の被災者が合流したという話も無かったくらいだ。そういう理由も有って、政府は2回の召喚災害で終わると楽観視していた節も有る。
「財前司令、急行の行軍で疲れているところ申し訳無いのですが、念の為に周辺の偵察をお願いして良いですか? この村の住人も初めて経験する襲撃で精神的な疲れが溜まっているので、休ませて上げたいですからね」
「ええ、勿論構いません。一二〇〇から、哨戒を開始します」
「ありがとうございます。村長の好意で炊き出しを準備中なので、昼食は中央広場で摂って下さい」
「それは助かります」
自衛隊による哨戒を手配し終えた俺は村長の所に向かった。
無理して行って貰う哨戒は軍事的な意味も有るが、政治的な意味も多分に含まれている。
襲撃自体は撃退したが、再び襲われるのではないかと言う不安を自衛隊が払拭する事で、その存在意義を認識して貰うのだ。
俺自身は子供の頃から特に反自衛隊ではなかったが、周りには反自衛隊の人間が存在していた。
特に小学5年生の時の先生は、今考えたらひどかった。
自衛官には人権が無いかの様な話を平気で子供にしていた。
自衛隊の存在意義を認めさせる努力は、この地でも必要だ。
村長は広場で行われている炊き出し現場に居た。
海の幸を活かしたごった煮が幾つもの大きな炻器の鍋で作られていた。
今日は漁に出れなかったから、きっと保存食も兼ねている干物を煮ているのだろう。
和泉平野での交易が盛んになって、口にする事が多くなったチト村の干物はかなりイケル。
肉厚で旨みもたっぷり封じ込められたそれは、火で炙ってそのまま食べて良し、煮物に入れて具にするも良しの優れものだ。
日本で言うとホッケの干物が近い気がするが、もっと肉厚なだけに喰い応えは抜群だ。
いかん、キンキンに冷えたビールが飲みたくなって来た・・・
絶対に合うと思う。
干物に大根おろしと柚子ポン酢をかけたら、絶品のアテになる筈だ。
俺が現実逃避している間に、先に財前司令が村長と会話を始めていた。
話の途中で、村長が財前司令に何度もお辞儀をしていた。
しかも、両手を心臓の前あたりで合わて頭を下げるお辞儀だ。相手に感謝を示す意味が有る。
まあ、頭を下げる角度で感謝の度合いが分かるのだが、思ったよりも深い角度で頭を下げている。
危機に駆け付けてくれた自衛隊を受け入れた光景と言う事だろう。
召喚された時には、想像も出来なかった光景だ。
俺を呼ぶ声が聞こえたので、そちらを見ると、小百合と楓と水木が俺を呼んでいた。
うん、この光景こそが俺が見たくて堪らなかった光景だな・・・
日本からは遥か彼方の地だが、家族が揃ったのだ。
日本で家族が離れ離れに暮らすよりも、家族揃ってこの地で生きて、家族揃ってこの地に骨を埋める方が遥かに良いな
ゴブリンによるチト村襲撃は、和泉平野の運命の転換点になった。
召喚された被災者が事あるごとに警告を伝えていた、ゴブリンと言う脅威が実際に存在するという事を裏付ける結果になったからだ。
更に、襲撃の翌日にチト村周辺の海岸に流れ着いた12体のゴブリンの遺体がダメ押しをした。
死因が溺死だった事から、乗って来た5隻の船に戻る際にボートが転覆したと見られた。
武装した、明らかに自分達とは違う人類の姿を見た犬人種は、侵攻に備える準備を急ピッチで始めた。
そして、召喚災害被災者の生き残りを賭けた舞台は、5年後に再び幕が上がる・・・・・・
5年という歳月は、小学4年生相当だった子供たちをも戦争に巻き込む事になった・・・・・・
『第3次召喚大災害 「拝啓 遥かなる日本の皆様へ」』 完
続編に当たる
『召喚大災害物語 「新大陸の悪魔」』(仮)は、気長にお待ち下さいませ(^^;)
ここまでお読み頂き、誠に有り難うございます m(_ _)m
主人公の家族も揃って一区切り付いたので、完結にします。
続編に当たる作品タイトルは仮定です。変更になるかもしれません。
続きが気になる奇特な方はそんなに居ないと思いますが、mrtkの執筆衝動が溜まって続きが書きたくなるまでお待ち下さいませ m(_ _)m