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第129話 「374日目4時55分」

20180914公開


 ゴブリンたちと遭遇したのはチト村の東300㍍の場所だった。


 この辺りも草原だが、新和泉村近辺に生えている草とは違う種別の様だ。全体的に背が低い。弾力が有って、クッション性が高い。小さな子供とピクニックに来て走り回るには良いかも知れないな。


 数㍍ほどだが、ゴブリンたちより俺が立っている場所の方が低い。わざと低い場所を選んだのだが、誘いに乗ってくれるかな?

 窪地の為に日が差さない薄暗い中に立つ俺の姿を発見したゴブリンどもは一瞬驚いた気配をこぼした。

 そりゃあ、意味も無く1人で進路上に突っ立っているなんて想定外だろう。

 ヤツラの顔は逆光の為に見辛いが、ネット上で散々見たイラスト通りの顔をしていた。

 彫が深い顔という印象を抱かせる理由に、目の上にネアンデルタール人もビックリな程の大きな庇が存在している。その下の魚の目を思い出させる目も特徴だ。佐藤先生や黒田氏の目も、鷹の目なのだが、似ている様で全く別物だから興味深い。

 嗅覚はそれほどでは無いと言われている。鼻はゴブリンと聞くとイメージする様な大きな鷲鼻ではなく、鼻孔が左右に拡がっている。

 口は横に大きい。歯並びが肉食獣にそっくりな為、口を開けると結構獰猛に見えるらしい。

 耳に関しては情報が無かったりする。いつも何かしらの被り物をしているから分からないのだ。現に今も武人風兜を被っているので分からない。

 肌の色は薄い緑色だ。その肌色の為にゴブリンと言われ出したとも言われている。

 言葉はよく分かっていない。先入観で『グギャ』とか『ゲギャ』とか言いそうだが、実際に聞いたごく少数の被災者(言い換えると言葉を聞けるほど近くまで迫られて生き延びた幸運な被災者)によると、甲高くは有るがちゃんとした言語を使っていたと言う。


 ゴブリンどもは行進用の縦3列だった陣形を幾つかの号令のもと、横3列に変更した。

 ドイツ語をもっときつく硬い感じにして、濁音と甲高さを味付けした様な感じがする。まあ、あくまでも印象だけだが。

 なかなか訓練が行き届いているな。

 1分も掛からず陣形を変更し終えた。

 また号令が掛かる。

 俺は先ほどの号令と合わせて2回の号令で、号令を掛けたヤツと命令されたゴブリンの違いをざっと確認した。

 号令を掛けたヤツの武人土偶風兜の上の方には、2本の角が付いていた。

 なるほど、各階層の指揮官クラスにも同じ様な違いが有る可能性が高いな。



 2本の銅棒は、わざわざ地面に突き刺している。

 まあ、拡大解釈に近い気もするが、鞘に入っている状態を模している。

 さあて、どの段階で『交戦規定クリア』とするかだが、ゴブリンどもが抜刀した段階で条件を満たしたとしても問題無いだろう。

 バーサーカー迎撃戦の時は武器を持っていなかったからブレスを基準にしたが、ゴブリンの場合は銅剣を持っている。鞘から抜くという事は使用する意思を示したと考えてもいいだろう。


 ゴブリンどもが3度目の号令で前進を始めた。

 慎重に、歩調を合わせて、前かがみになって、隊列を乱す事無く迫って来る。

 これは、なかなか迫力が有るな。

 円形の盾を胸の下辺りに掲げているから、上は鼻の辺りまで、下は下腹部まで覆っている。左右とも端が重なっている。

 なるほど、狸モドキに転生した被災者が風系の魔法を撃ちこむ時に足しか狙えなかったと証言していたが、納得だ。戦い慣れていなければ、撃ち込む隙が小さいと思うだろうな。


 抜刀したのは20㍍を切った辺りだった。


「交戦規定クリア確認。現時刻を以って交戦に入る」


 俺の生涯で2回目のセリフを呟いた後で、一気に前に出た。

 ブレス? わざわざこちらの情報を増やしてやる必要は無い。

 小百合と娘たちの為に取っておいてやる。

 

 1秒ちょっとで1列目に衝突する。


 小学生並みの体格の俺がぶつかっても、大した事が無いと思うだろうが、実際はとんでもない衝撃になってしまう。

 まあ、俺の体重を30㌔としよう。5㌔の米袋6個分だ。そう考えると結構重いと分かる。

 その米袋6個分がぶつかる時には秒速20㍍に加速してぶつかって来る訳だ。時速にして70㌔を超える速度だ。

 [30㌔×20㍍の2乗]÷2=6000

 平均的な成人男性の体重は66㌔だった筈だ。

 6000×2÷66=182 √182が13くらいか? 秒速13㍍と言う事は100㍍走の世界記録よりも遥かに速い速度で大人がタックルをして来る訳だ。もしくは体重120㌔のアメフト選手がその世界記録並みの出足でタックルして来る方がイメージし易いか?

 身長150㌢って事は体重は50㌔も無い。

 いくら前かがみで構えていても、吹っ飛ばされるに決まっている。

 

 衝突の寸前に身体強化も掛ける。これで俺自身が怪我をする様な事は無くなる。むしろ俺の身体よりもレザーアーマーの方が脆いくらいだ。


 衝突の瞬間に慣性を弄って、突進力を維持する。狙いは1列目のゴブリンの間だ。

 左右のゴブリンの左手の骨があっさりと折れるが、俺の運動エネルギーは減衰しない。添えていた右手の骨が盾と身体に挟まれて折れる。盾の上端が顔を直撃して顔面の骨の複雑骨折を引き起こした。ここまで来ると、自分自身の身体を守る筈だった盾だが、凶器としか言えんな。

 ちょっとだけ上向きに逸れそうになった運動エネルギーを修正した。可哀想な2人のゴブリンが斜め後ろに吹き飛んで行く。それだけで後列の何人かのゴブリンが巻き添えを食って吹き飛ばされた。

 一瞬だけ空間が開いたが、運動エネルギーが維持された俺の身体はすぐに第2列のゴブリンに衝突した。

 前列のゴブリンと違って構えが甘かったせいで抵抗も少なく、あっさりと吹飛ばしたが、第3列目のゴブリンがそれに巻き込まれたせいで、気が付けば俺の身体はゴブリンどもの横隊を突き抜けていた。


 慣性を弄って減速しつつ、身体を捻って後ろ向きに着地する。殺し切れなかった運動エネルギーの為に後ろ向きに滑って行くが、その間にゴブリンどもの反応を確認する。

 視覚・聴覚・気配察知の3つとも、同じ結果を示した。

 何が起きたのか、全く分かっていなかった。


 俺の身体が止まる頃に、ゴブリンどもが、やっとブチ開けられた先に視線を向けた。

 もっとも、俺の姿を認識する事は無かった。

 その前に第2波がヤツラの横隊を後ろから食い破ったからだ。まるで濡れたトイレットペーパーの様に抵抗なく引き裂いた。

 第4波まで突貫を繰り返すと、さすがにゴブリンどもが反応した。

 兵士たちが浮足立ち始めたのだ。いや、正確に言えば恐慌に陥り始めたという感じだ。

 

 まあ、分からんでも無い。

 これまで他種族に無敵を誇っていたであろう重装備の横隊陣形が機能しないのだ。

 3回目からは、指揮官クラスの命令で突進を食い止めようと銅剣をかざしたが、衝突の直前に俺が振るう銅棒に跳ね上げられて、むしろ身体が浮いてしまう始末だ。

 命を委ねる拠り所を失った兵士が恐慌に陥るのも当然だ。

 だから、俺は5回目の突貫を行わず、30㍍の距離を置いて、じっとヤツラを見渡した。

 狙いは2つ。

 1つめはヤツラの恐怖心を煽る為だ。

 2つめは指揮官クラスの位置を探る為だ。

 まあ、気配感知で目星は付けているんだがな。

 指揮官クラスが自分自身の恐怖を振り払って、部下を叱咤激励して新たな戦術を取った。

 そう、距離を置いたら突貫されるなら、数の優位を活かして、俺を取り囲んでしまえば良い、と思い至ったのだ。

  

 さすが実戦経験が豊富なゴブリンの軍隊だと褒めて上げたいが、そう簡単に行くのかな?

 俺も新たな戦術に移行する事にした。

 指揮官狩りだ。

 ゴブリンの軍隊は優秀だが、それを支えているのは指揮官の優秀さなのだろう。

 その指揮官が戦闘不能に追い込まれても、優秀なままなのかを確認してやろう。


 まずは、1番近い指揮官を狙う。

 こちらに突進して来るゴブリンの先頭を走って来るのがターゲットだ。

 ここに至っては、命令だけでは兵士が動かないと判断して、自分が先頭に立つ決断を下すあたり、本当に優秀な指揮官だ。後ろに続く人数から考えると曹クラスだろう。確かに武人風兜には小さめの角が2本飾られている。

 曹指揮官が鋭い突きを放って来た。良い判断だと思う。大上段からの振り下ろしなんかは突進の勢いを殺すし、俺のこれまでの動きを見てあっさりと躱されると判断したのだろう。突きの方が突進力を活かせるし、直線的で到達時間が短いから躱し難いからな。

 右手の銅棒で剣を弾いて、更に左手の銅棒で無防備となった両手の手首を叩いて骨を砕いた。

 痛みに絶叫を上げられる前に2番目の兵士が突いて来た銅剣を右手の銅棒で弾いて、身体を泳がせた。その兵士の右肩を足場にする。

 ターゲット2は5㍍先に居る。足場にした兵士の右肩に右足の裏から生やした不可視の爪を食い込ませて、ターゲット2の方に飛び込んだ。足場にされた兵士の右肩はえぐい事になっただろうな。

 俺が左手の銅棒を振り下ろすのに合わせてターゲット2が銅剣を両手持ちで頭上に水平に構えたが、俺の銅棒の衝撃に耐えきれずに剣の防御をあっさりと突破されて右肩を打ち据えられた。ゴキっという音が聞こえたから、腕の骨も折れただろう。右肩の筋肉も断裂した筈だ。

 さあて、次のターゲットはどこだっけ?



 5分後には、指揮官クラスの8割、兵士の半分を戦闘不能に追い込んだが、ふと冷静になったら大事な事を忘れていた事に気付いた。

 

 まだら灰ポメの20人はどこだ?




 

お読み頂き、誠に有り難うございます。

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