第128話 「374日目4時25分」-6月21日 木曜日ー
20180913公開
俺の気配感知の範囲ギリギリの東側に引っ掛かった反応は3つ。スッと入って来て、そこで止まった。
この集会所からギリギリ分かるという事は、チト村の東の端からは100㍍といった所だろう。
明らかに思考能力は人類と同等レベルだ。
そして、現在は警戒心が多くを占めている。偵察の役目を担っている斥候というヤツだろう。
対処方法として一番良いのは、全員帰さない事だ。持ち帰らせる情報は少ない方が良い。
殺すか捕まえるか? だ。
次点は帰って行く後を付けて本隊の位置を掴む事だ。戦力だけでも分かっていると対応を取り易い。
それだけの事を一瞬で考えた後で決めた方針は、捕まえる、だ。
いきなり殺すのはバーサーカーとしては納得出来ても、現代人として気持ちが乗らないからな。
いや、攻撃もされていないのに拉致や殺害を当然の様に選択肢として考える段階で文明人を辞めている気もするが・・・
よし、体裁だけでも『ご招待』という形を整えよう。
(気配を消して近付いて行って、暗闇からいきなり)友好的に声を掛けたら攻撃をされたから仕方なく拉致した、という感じにすれば良心も痛まない。
結果的には、この村の情報を渡さずに、あちらの情報を得られる。チト村の人間も実際にゴブリンを見た方が脅威を実感し易いだろうしな。
周りで寝ているみんなを起こさない様に気配を消しながら身を起こしたが、小百合にバレた。さっきまで寝ていたのに、こういった所は日本に居た頃と変らないな。
声を出さない様にと、俺は唇の前に右手の人差し指を持って行ったが、声を掛けられてしまった。
「うん? 先輩、どこに行くんですか?」
あ、夜目が利く俺なら見えただろうが、ネコモドキと違って小百合の鬼モドキは夜目が利かないのだろう。
「花を摘みに行くだけだ。寝ておいてくれ」
「合点承・知・・の・すけ・・・」
小百合は寝ぼけながら、そう言うとまた夢の中に戻って行った。
何となく水木との血の繋がりを感じて、暗闇の中でニヤリとしてしまった。
ほのぼのとした空気をもう少し味わいたいところだが、少し急ぐ必要が出て来た。
周辺の警戒をしていた灰ポメたちの動きが急速に活発になって来たのだ。
俺の気配感知も大概のチートだが、ポメラニアンもどきの鼻も大概の性能を持つ。
東からの風に乗って来る正体不明の不審者の匂いに敏感に反応したのだろう。
俺が集会所を出る頃には3つの反応は消えていた。
「隼人の君」
追うかどうかを考えていると、村長の気配が近付いて来て声を掛けられた。
3人の斥候が来ていて、すぐに撤退した事から訓練された兵士という推測を伝えた。
こちらが感付いた事に対して、どういう判断をゴブリンがするのかは不明だが、動くべきだろう。
すぐにも襲撃を仕掛けて来る可能性は排除出来ない。
村長は、即時に全員を起こして集会所に子供と女性と老人を集める事と、防衛態勢を固める事を決めた。
逃げたとしても、準備に時間を取られてしまうと追い付かれて却って危険だという判断だ。
いくら身体能力が上のポメラニアンもどきと言えど、保護すべき対象に足を合わせると確かに追い付かれる可能性が高い。護衛の戦力も分散されてしまうだろう。
俺は村長に斥候の後を付けるので、小百合と楓と水木に集会所を守る様に伝言して貰う様に頼んだ後で、ゴブリンたちの追跡を始めた。
真正直に後を追うとすぐにバレるので、起伏が激しい北側に一旦向かい、500㍍ほど進んでから東南東の方向に進路を変えた。
時速2㌔というゆっくりとしたペースで引き返して行く斥候3人の姿を捉えたのは5分後だった。
身長は150㌢くらいで、やや猫背だ。盾を使うと言われていたが、3人は持っていなかった。斥侯だから機動力重視なのだろう。
その代り、革製の胸から腹を覆うレザーアーマーを身に付けている。
頭には、大昔の戦闘機パイロットが被っていた様な飛行帽みたいなのを被っている。
飛行帽にセットのメガネは無いが、庇が飛び出ている。
何かに似ている気がしたが、すぐに思い出した。武人土偶だ。
もし、この3人の装備に盾を装備したとしたら、結構な重装備だ。
武装は腰に剣を佩いている。体格のせいか短いな。
顔は土偶風兜が邪魔でちょっと確認出来ない。
軍事的な知識に乏しいので確実ではないが、やはりよく訓練された兵士だと思う。
頻繁に後方を警戒しているし、進路もちょこまかと変えている。進む速度も変化を付けていた。
地形を知っているから見付からない様に後を付けて行けるが、意外と夜目が利きそうなので下手に近付けばすぐに見付かっていただろう。
ここは襲うよりも本隊の位置を掴む方を選んだ方が良さそうだ。
20分後、斥侯たちは遂に本隊と合流した。その頃には日も登っていて、明るくなっていた。
本隊は割とバラけて布陣しているな。寝てはいないが待機しながら身体も休めていた感じだ。
襲撃前に身体から眠気を追い出していたのかも知れない。
意外とチト村に近い。1㌔も離れていない。
人数は予想よりも多くて100人を軽く超えている。従属しているポメラニアンもどきも20人くらいは混じっている。彼らは濃淡の有る灰色をしていた。灰ポメと区別が付くのはありがたい。
本隊に居た兵士たちは直径50㌢くらいの円形の盾を左手に装備していた。材質は木材だけだ。銅板を表面に貼られていたら厄介だったが、さすがそこまでは贅沢な装備では無かった。
斥候の報告を聞いているのは、周りよりも背が高い人物だ。
しばらく様子を窺っていたが、斥候の報告が終わり、少し考えた後で周りに号令を出し始めた。
それに伴って、整列を始めたので、チト村に戻る事にした。
気配察知圏内に近付けなかったが、どう考えても襲撃する気満々としか思えなかった。
数分も掛けずにチト村に戻ると、迎撃の準備が進められていた。
とはいえ、元々城壁も、濠も、馬防柵も無い村だけに籠城という手は使えない。
下手に村の外で迎撃をしても各個撃破されるだけだろう。
だから集会場を男衆で囲んでいるのだろう。気配は全てその一帯に集中していた。
その中に混じっている我が家の女性陣の所に真っ直ぐに向かいたいが、まずは村長にゴブリンたちの情報を届けないとな。
100人を軽く超える人数、訓練されていて、装備も充実しているという事実を伝えると、村長は何かを考える様に目を閉じた。
対人装備を身に付けて、訓練もされた100人以上の軍隊相手に、こっちの戦力は70人くらいの素人だ。
防具も無く、武装は槍と銛を合わせて40本くらい。それ以外の男衆は台所から石器製の包丁を持ち出しているか、木の棒を握り締めているかだ。中には現在進行形で両者を縄で括りつけている者もいた。
普通に考えて勝てる訳は無い。
まあ、身体能力がかなり上な事、多少は身体強化が使える事はアドバンテージだが、ゴブリンは実戦経験が豊富なだけに対処法くらいは会得しているだろう。
村長の方針は変わらなかった。変え様が無かったとも言える。
俺は村長の覚悟を確認した後で、最後の最後に希望を与える事にした。
この村に辿り着く人数を半分にしてみせると、言葉にした。
その言葉を聞いた村長の顔が驚愕から希望を見出したものになったのを確認した後で、俺は敢えて大きな声を上げた。
「わ、『隼人』のますらしさま、みたまく!」
その声を聞いた男衆の反応は、一瞬遅れてやって来た。
ちょっとウルサイくらいに熱狂的な鬨の声だった。
男衆の士気を上げた後は家族の許に行った。
「小百合の得意な攻撃は何?」
「聞いて驚け! 子鬼どもの盾をも軽く貫く必殺の熱線攻撃さ!」
うん、テンション高いな。
ネコモドキのブレスに近いのだろう。
「射程距離はどれくらい?」
「良くぞ聞いてくれた! 100㍍は固いぞ!」
「やはり頼りになるな、小百合は」
「く、ここでまた褒め殺しか・・・ やはり、ボクを殺る気だな?」
殺らないよ? せっかく会えたのに。
俺は視線を楓と水木に合わせた。
2人とも表情に気負いも緊張も無い。
娘たちの安全の為にも、安全ピンを抜く。
「2人とも、いざとなったら手加減無しで、『マジカルミラクルブレス』を撃ってもいいぞ。集会所に隠れているみんなを守ってやってくれ」
「うん、分かった」
2人のシンクロした答えを聞いて、俺は2人の頭を撫でてあげた。
なんか、小百合も撫でて欲しそうなオーラを出していたのでついでに撫でた。クッコロと呟いていたが、今は時間が無い。
すぐに集会所から出されていた背負子の所に向かい、2本の銅棒を取り出した。
その姿を、灰ポメの男衆がじっと見ていた。
もう一丁、士気を上げてから行こうか?
集会所の囲みから少し離れたところで、両手に持った銅棒を振り回した。
慣性も弄っているので、風切音が凄まじい事になった。
途中で何度か銅棒同士を叩き合わせて、金属音も轟かせる。
30秒ほどでピタッと銅棒を振り切った形で止めると、再度熱狂的な歓声が上がった。
ニヤリと笑いながら男衆を見渡した後で、一気に身を翻して走り出した。
自然と顔がニヤケて来た。
ゴブリンどもに、和泉平野のバーサーカーが、恐怖というものを教えてやるとしよう。
お読み頂き、誠に有り難うございます。