第127話 「373日目22時15分」
20180910公開
集会場に近付くにつれて、少しだが動悸がして来た。
いつか探しに行こうと心に誓っていた人物がすぐそこに居るのだ。当然の反応だろう。
集会場前の広場に詰めかけていた灰ポメラニアンたちが俺たちに気付いて、道を開ける為に動き出した。
2回だけとはいえ、この村を訪れた事が有るので、気配で無く匂いで先頭を行くのが俺と分かったのだろう。この辺は気配察知に長けた被災者との違いだ。
まあ、俺たちが転移してからネコモドキが増えたとはいえ、今でも珍しいから区別を付け易いというのもあるだろう。
「お父ーちゃん、もしかして・・・」
水木が声を震わせながら俺の背中越しに声を掛けて来た。
後ろを振り返ったら、水木が信じられないという顔をしながら口の前で両手を重ねていた。
楓も同じ格好をしている。
さすがにこの距離では娘たちでも気配に気付く。
「ああ。そのもしかして、だ」
その言葉を聞いた瞬間、2人は走り出した。
灰ポメが開けてくれた道をあっという間に踏破して、開けっ放しの集会場の中に飛び込んで行った。
中から怒号が聞こえて来る。
ま、そりゃあ、いきなり乱入者が来れば、そうなるわな。
俺も集会場に向かう速度を上げて、十数秒後には中に入った。
「母上、会いたかったです!」
「楓も会いたかったです!」
見慣れない綿製の衣装に身を包んだ、一見すると召喚の際の転生の影響を受けていないかのような顔の造りを残した小百合に娘2人がしがみ付いていた。
未だに解けない疑問なのだが、どうして俺と小百合とでは娘たちの口調が違うのだろう?
どう考えても俺の扱いが軽過ぎる気がするのだが?
1年半以上経ってから再会した小百合の外観での違いは、肌の色が妙に赤っぽい事に最初に目が行く。ピンクと呼ぶに微妙に薄い。桜色と言うには微妙に赤いと言う中途半端な肌色だ。パステルぽい感じの色に見えるので意識が行くのだろう。
まあ、肌色も変わっているが、以前との最大の違いは、額に1本の真っ直ぐな角が生えていた事だ。
俺の経験と勘だが、1本角の種族は魔法が強力で強者の種族が多い気がしている。
現に小百合の気配もなかなかにふてぶてしいものだ。あれは確実に生死を賭けた戦いを経験して生き残った者のものだろう。雰囲気的には強者の風格を纏っている。
日本に居た頃にも気配察知の能力が有れば比較出来たんだが・・・
もっとも、楓も水木も、森林猿人との戦いを筆頭に実戦経験は豊富だ。伊達に和泉平野有数の戦士と言われていない。
うん、我が家はいつの間にか戦闘種族になっているな。嘆かわしいと共に頼もしいな。
「楓も水木も可愛い仔猫になったんだな。益々可愛くなって、母は嬉しいぞ。それに強くなったな。頑張ったんだな」
誉められて益々強く腰に抱き付いた2人の娘の頭を撫でた後で、小百合がこちらを見た。
「げ、先輩まで猫になってる。イケメンな上に可愛いという属性まで手に入れるとは卑怯なり」
外見は少し変わったが、性格と言うか言動は相変わらずの様だ。
もっとも、通常なら外面を考えて家の外では出さない素をさらけ出してしまっている。
こういう時はこう言っておくに限る。きっと期待通りの反応を見せてくれるだろう。
「小百合も、その格好、似合っているぞ。うん、なかなか凛々しくてかっこいい」
「この期に及んで、褒め殺しとは卑怯な。く、殺せ・・・」
相変わらずな反応だった。
1年半を超す異世界生活くらいでは小百合の本質が崩れる事は無かった様だ。
さすがタフで愛すべき奥さんだ。
何が起こっているか分からずに呆然としている周りの視線を無視して、俺は近付いて行き、妻子3人を抱き締めた。
まあ、抱き締めたと言っても、身長が140㌢も無いので娘たちの上から小百合に抱き付いた絵面にしかならないのだが、そこは無視だ。
「隼人の君・・・」
20秒程経ってから、チト村の村長が正気を取り戻したのか、声を掛けて来た。
異世界での奇跡的な家族再会をもう少し喜びたいが、さすがにここで長々とするのは色々とまずい。
3人を座らせた後で、俺は村長の方を向いて、これまでの経緯を聞く事にした。
1度、西の方に流されて行った正体不明の船が再び姿を現したのは夕方が終わる頃だった。
どうやら帆走でチト村の沖合までやって来た様だ。
その後、チト村の砂浜に舳を乗り上げて、船から降りて来たのがここに居る12人だった。
ただし、言葉が通じないながらも、特に敵対的な雰囲気ではない事、何かを訴えている事、新和泉村の被災者が話す言葉に似ている事から、翌日までお客さん扱いで泊まって貰おうとするも、更に訴えて来る為にこの時間までここでやり取りをしていたらしい。
村長に説明してくれた礼を言った後で、今度は小百合の方を向いた。
「何かを訴えようとしている事は分かってくれているが、それが何かは分からないらしい。何を訴えているんだい?」
「凶暴なヤツらが来るって言って上げて。きっと、ここでも殺戮を起こすから」
「ゴブリン・・・」
声は水木が出した。じっと俺の顔を見ている。さっきまで流していた嬉し涙の跡が残っているが、表情は全く違うモノに一変していた。
小百合の言葉に有った凶暴なヤツらと言われる様な種族は知られている限りゴブリンしか考えられない。
「ゴブリン? 名前まで付けられているという事は、もう来てたの? ボクたち間に合わなかったの?」
「いや、詳しく話せば長くなるが、ゴブリンと言われる種族に召喚災害に巻き込まれた被災者が1万人以上殺された事は日本にも伝わっている。小百合が巻き込まれたのは第1次召喚大災害で、4月にも第2次召喚大災害が起こった。自分達は第3次召喚大災害に巻き込まれて、分かっている限りでは第4次召喚大災害まで発生している」
俺の言葉を聞いた小百合たち12人の顔が驚愕に染まった。
4回も大災害と呼ばれる規模の召喚が続いた事にも驚いたのだろう。
だが、1万人以上の犠牲者という数字があまりにも現実離れしているせいだ。
実際にゴブリンによる虐殺を見たか聞いたか、それとも経験した様だが、その事が数字に肉付けをした筈だ。
これまでに分かった事を村長に伝えると、灰ポメの全員が顔色を無くした。
俺たちが事あるごとに伝えていた、恐ろしい種族が襲って来る可能性が一気に現実味を帯びたのだ。
どうすれば良いのかを話し出した。
「それで、ここに来るという根拠は?」
「俺たちが乗って来た船よりも大きな船が、少なくとも5隻は先にこちらに向かった事は確実だ」
それまで俺と小百合のやりとりを黙って聞いていた狸顔の被災者が発言した。
何人かの同行者も頷いている。
「なるほど。どれだけの人数が乗っていそうか分かりますか?」
「少なくとも1隻に50人くらいは乗っていたと思う。ひょっとするともっと多いかも知れない」
少なく見積もっても5隻で250人の乗員か・・・ 1割抽出で25人、2割抽出で50人以上の上陸部隊を捻り出せる。
50人のゴブリンといえども対人戦闘に強いだけに、上陸を許せば厄介な事になる。中には従属しているポメラニアンもどきも居るかも知れん。
村長に夜通しの海上監視と周辺の警戒を頼んで、その手配が終わった後で、新和泉村の対応を説明した。
少なくとも対人戦闘能力を持った自衛隊普通科2個中隊約40人はかなりの戦力と言える。
だが、自衛隊が来ても決して油断は出来ない。
無理やりに上陸する人数を増やせば100人くらい捻出する事は可能かもしれないのだ。
楓と水木が眠たそうにしだした事と、チト村の住人もそろそろ睡魔に逆らえない様相を呈して来た事から、今夜の会談を終える事にした。
12人と俺たち3人はこのまま集会場で寝る事になった。
自己紹介もそこで済ませたが、小百合と一緒に召喚された見留君を除いたら全員がバラバラの場所で召喚されていた。
念の為、チト村周辺1㌔を1周した後で俺も仮眠を取る事にした。
俺の気配感知に未知の反応が引っ掛かったのは夜明け前だった。
お読み頂き、誠に有り難うございます。