第126話 「373日目17時15分」
20180907公開
出発の準備はさほど時間が掛からずに終わる筈だ。
まずは近接戦闘用に特別に用意して貰った2本の銅棒を水平になる様に背負子に固定する。
太さ2㌢、長さ1㍍、重さ3㌔弱のただの棒だ。
強いて変わっている点としては片方の端20㌢くらいに滑り止めの皮が巻いている点と、刀の鍔代わりに円盤状の返しが付いている事くらいか。
だが、このただの銅棒を俺が使うととんでもない凶器に変る。
日本では身近に在る凶器?として金属バットが有名?だが、アレは長さが1㍍ちょいで、重さはたかが900㌘だ。しかもアルミ合金製で、空洞の為に硬い物を叩くと凹んでしまう。
それに対して、特注の銅棒は3倍の重量で鋼鉄並みの強度だ。こんなのでフルスイングされたら・・・
想像するだけで分かる。18禁のグロ画像発生間違いなしだ。
まあ、さすがに全力で振る事は無いだろうし、いざとなれば慣性を弄ってしまえば良い。
何故こんな近接武器を選んだかというと、今更剣術を修めるよりも手っ取り早いからだ。
ボクシングで言えば、試合で武器として使えるまともなジャブを打てる様になるには、それこそ飽きるくらいに練習しなければならない。剣術も同じだろう。ヘトヘトになっても正しい剣筋を維持出来て初めて実戦に臨めると思った方が良い。素人でも分かる。握った角度がほんのズレただけでも、握りをしっかりしていなくても、剣は変な方向に曲がろうとするだろう。
自衛隊は、新堺に居た時から槍の訓練と並行して、剣の訓練(石を括りつけた木刀での修行)を始めていた。剣を振る筋肉は出来上がっている。
まあ、俺も肉体能力強化という能力を持っていなければ、3㌔もの銅棒を振り回そうとは思わなかっただろうが・・・
途中で摘まむ為の軽食は食堂で用意して貰っているから、予備のドライソーセージモドキ300㌘と水筒3個を銅棒の上に固定した。
軽食は早々に食べる予定だし、後で貰いに行く予定だから一番最後に固定すれば良い。
防具はいつものトリケラハムスターのレザーアーマー一式を選択した。
一応、俺専用のブリガンダインという種類のベスト型の鎧も用意はされている。最近になって試作品のモニターという名目で受け取ったが、実際はほとんど使っていない。
財前司令の受け売りだが、ブリガンダインというのはヨーロッパで最も普及した防具らしく、森林鹿の革の内側に銅板をびっしりと鋲打ちしている為に、かなり性能が良い。
西洋の鎧と言えば金属板でガチガチに固めたプレートアーマーを思い浮かべるが、重過ぎて運用が難しいらしい。第一、着るのに一々他人の手を借りたりする必要が有るなんて面倒過ぎて着てられない。
プレートアーマーが世に出た後でも、軽装を好む人はブリガンダインを愛用したらしい。
ちなみに、レザーアーマーとブリガンダインで違う素材の革を使っている理由は防ぐ対象が違うからだ。
トリケラハムスターのレザーアーマーは獣の角や牙や爪を防げれば良いのに対して、ブリガンダインは鋼鉄並みの硬さを誇り、鋭利な刃が付いた銅剣や槍を防がなければならない。元々厚くて強度が有る森林鹿の皮を更に一手間を掛けて硬度も向上させた革でなければ銅板を鋲打ち出来ないし、あっさりと斬り裂かれるらしい。
まあ、俺の場合は身体強化の能力がポメラニアンもどきよりも強力なので防具無しでも構わない気もしないではないが、さすがに立場上、何も無しではマズイからと、モニター名目で用意だけはされてしまった。
そう言えば、自衛隊用の分は銅板の生産に未だ時間が掛かりそうだと言っていたな。
さあて、次は最大の難関の楓と水木の説得だ。
到着するのは深夜になるから、そこを重点的に攻めよう。
なかなか納得してくれなかった。
特に水木の説得に時間が掛かっている。
うん、そういう気はしていた。
まあ、正直なところ、水木が言いたい事もよく分かる。
危険なところに常に飛び込む父親など、子供からしたら堪ったものでは無い。
ましてや母親が居ない状況だ。心配で堪らないだろう。
しかも、厄介な事に、愛娘は2人とも小学3年生ながら、和泉平野有数の戦力と言える実力を持っている。総合力ではトップ10、遠距離攻撃能力だけで言えばトップ3に入る(要は俺の次と言う事だ)。
一緒に来てくれるだけで、戦力が倍増するくらいだ。
確かにバーサーカー迎撃戦の時は緊急事態と言う事で駆り出した。
だが、今回はそこまで切迫していない。
やはり、ここは親としての判断を優先させて貰う。
「ダメだ。一緒に行きたいという気持ちは分かるが、ここは大人しく待っていてくれ。自衛隊のみんなも後から来るし、安心だろ?」
「どうしても連れて行かないというなら、一生、お父ーちゃんと口きかない」
「え? それは・・・」
「武士に二言は無い」
「わ。分かった・・・ 連れて行く。連れて行くから」
あっさりと負けてしまった・・・
なんか、前にもこういった事が有った気がするが、脳筋なので記憶違いかもしれない・・・
「やったー! さすが水木。お父ちゃんを手玉に取るなんて、まさしく悪の女王ね!」
「へへへ、それほどでも」
それ、誉めてないぞ、楓。
水木も嬉しそうに頭を搔くな。
第一、水木はいつから武士になったんだ? 俺は聞いてないぞ。
仕方ない、ここは割り切ろう。
娘たちと満天の星空の下、深夜のジョギングを楽しめるとポジティブに考えよう。
「そうと決まったら、2人とも用意して。用意出来次第出発するぞ」
「はーい」
嬉しそうにハモって答えた2人は早速レザーアーマーを身に付け出した。
思わずため息をついたタイミングで、ノックの音が聞こえた。
扉を開けると、室井静香さんが布を被せたカゴを持って立っていた。
「こんばんは。これ、宮井さんから頼まれていた軽食と、楓ちゃんと水木ちゃんからも頼まれていた分ですけど・・・」
「・・・ありがとうございます。わざわざすみません」
「いえ。宮井さんにいつも頼っているから、これくらいはどうって事無いですよ」
そう言って、室井さんが顔を近付けて小さな声で訊いて来た。
「その様子だと説得は失敗したんですね?」
「ええ。今日、思い知りました。泣く子と水木には勝てないと。本当なら保護者失格なんでしょうが・・・」
「まあ、2人ともお父さんと一緒に出掛けるのを楽しみにしていましたしね」
なんだか、本当に深夜のジョギングが楽しみになって来た。
安全運転を心掛けたので、チト村が見えて来たのは午後10時を回っていた。
夜目が利くとはいえ、さすがに時速20㌔以上出すのは自重したからな。それでもマラソンの世界記録並みの速度で80㌔以上を走り抜けれるネコもどきの能力には脱帽するしかない。
こちらの世界では深夜と言っていい時間にも拘らず、村全体がざわついている?
あちらこちらで、かがり火が焚かれている。
何か不測の事態が発生している様だ。
住民の気配が捉えられる距離に近付く頃には、何かが発生した事は確実と分かった。
何回か顔を合わせた村長の気配を探すと、村の集会場に居る事が分かった。
こんな時間にも拘らず周りに密集した気配が在る。
だが、異常なのはそこじゃない。
全く感じた事の無い気配が12人分感じられた。
初めて感じた筈なのに、その中の1人の気配が妙に懐かしかった・・・・・・
お読み頂き、誠に有り難う御座います。