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第125話 「373日目14時45分」-6月20日 水曜日ー

20180906公開


「どれか1つでも上手く育つと思う?」

「正直なところ、全く分かりませんね。まあ、最悪全滅しても新しい方の群生地の分が保険代わりになりますけどね」


 そう答えた山本氏けんじゃの視線は、ぱっと見たところ雑草に見える植物に注がれていた。


 今日は学校の授業の一環として、全生徒を連れて『田んぼ』に来ていた。

 和泉大森の北西部で最初に確認された米モドキは、森の南西部の端に更に大きな群生地が見付かった。

 その2つの群生地の実の成り具合を比べた結果、平野部での育成が可能ではないか? という希望が見えたのだ。

 そこで、実験的に和泉大森から500㍍程離れた場所に在る小さな水場の周りを開墾して4つの条件に分けて植えてみた。

 水の入れ具合と、和泉大森で採集した枯葉を撒くか撒かないかの組み合わせで4面の実験『田んぼ』を造ってみたのだ。

 まあ、『田んぼ』と言ってもそれぞれが1辺5㍍程の小さなものだ。なんせ、元の水場がそれほど大きなものでは無かったからな。それら4つは幅1㍍、高さ50㌢のあぜ道で区切られている

 もし上手く収穫出来る条件が分かれば、来年は更に面積を拡げる予定だ。

 その為に本格的な用水路を造る予定だ。

 現状の井戸で生活用水を賄うのは人口が増えて来ると無理が出て来る為に、和泉川から新和泉の脇を通る用水路を引く計画を初期の段階から立てていた。小規模ながら試験的な掘削も進めていた。

 だが、米モドキの発見で、みんなの頭に水田の風景が広がった事により、より大規模なものに変っていた。次の冬迄にはこの近くまで掘り進めて、春迄には更に先に造るため池まで開通させる計画だ。

 最終的にはラク村、シケ村、テケ村、ホイ村の間を通って、志賀川に合流させる計画だが、そこまで行くと完成するのかなんとも言えない。


 なんだかんだ言っても、日本人には米を求める本能が有るのだろう。

 子供たちも期待している顔をしている。

 まあ、他の村から来ている子たちはよく分かっていない顔をしているが。

 ただ、こうやって『農耕』という行為を知る事で、将来は自分達の村でも試そうという気になれば和泉平野全体の食糧の収穫量が大きく伸びる可能性が広がる。

 その結果、得られるが最も重要だ。


 得られる実は人口増だ。


 学校というツールを通して、文字や数字を使う教育を拡げる一方で、実はもう1つの教育にも力を注いでいる。衛生に関する教育だ。

 子供を成人まで育て上げる事は大変な難事業と言える。出産も母親にとっては大きな試練だし、無事に生まれても抵抗力の低い赤ん坊は脆弱な存在だ。

 看護婦をしていた金井さんの話では、江戸時代に余りにも高い乳幼児の死亡率から生まれた言葉が「七つまでは神のうち」で、それを乗り切った子供を祝う為に生まれたのが七五三という祝い事だったらしい。

 その話を聞いた時、俺は思わず『へー』ボタンを連打した。

 佐藤先生から聞かされた逸話も戦慄的だった。

 徳川幕府の12代将軍の徳川家慶の子供は男女合わせて27人生まれたそうだが、成人まで生き残ったのは13代将軍の家定だけだったそうだ。生存率4%を切るというのは現代では考えられん。

 いや、もうそこまで行くと呪いを疑った方がいいんじゃないかとさえ思わざるを得ない。


 気になって志賀之浦くろポメのむらや他の村にも訊いたところ、ポメラニアンもどきも10歳になるまでに半数以上が死んでいる事が分かった。

 生肉を食べても平気な野性味あふれるこちらのポメラニアンもどきでさえ、その様な状況では人口が増加する筈も無い。

 下手すれば、異常なほどきれいな環境から来た被災者の子供は更に下回る数字になりかねない。

 最終的に新堺に居た頃に開発済みの植物由来の液体せっけんの増産を、志賀之浦くろポメのむらに頼んだ。製紙と葦ペンの原料となる筆記草ひっきくさが液体せっけん混じりの汚水を取り込んで無害な成分に分解してくれる事は確認済みだ。

 手に付いた雑菌を洗い流すだけで衛生環境は大きく改善されるので、液体せっけんと筆記草のセットを各村に浸透させる為にも派遣された連絡役と留学して来た子供たちへの教育は重要だ。

 そういう理由で学校での衛生教育の徹底も図られた。


 その結果、将来増えるであろう人口を受け止める為に食料の増産は必須だ。



 学校に戻って、明日の授業の準備を始めて間もなく、その第1報は飛び込んで来た。

 新和泉から見て南に在る海岸で栄えているチト村からの知らせだった。

 よほど急いだのか、防具も身に付けずに槍と水筒だけを持って走り抜けて来たらしい。

 確実に報せが届く様に3人でチームを組む程の徹底ぶりだ。トリケラハムスターの地雷原をよくもまあ突破して来たものだ。思わず感心してしまった。


 知らせの内容は、チト村から南東方向の海上10㌔で、今朝がた、これまでに見た事も無い型の正体不明の船舶を発見した、というものだった。

 目撃した漁民の話によると、沖合の流れの速い潮に流されて西の方角に移動して行ったそうだ。

 もともとチト村から東に行ったところにある海抜50㍍の崖からは、天気が良ければ南の方に陸地が微かに見える。

 50㍍の高さから見通せる距離は26㌔かそこらだ。本来であれば指呼の距離と言えるが、その中間にかなりの広範囲で急な潮が流れている。

 その潮を丸木舟で越えるのは至難の業だ。

 チト村でも昔から越えようとしてきたが、潮に流されて何艘もの船が帰って来なかったらしい。

 帰って来た船も、数十㌔も流されてしまって断念してから苦労して帰って来たそうだ。

 

 すぐに、各村の連絡役を集めた会議の開催が決まった。

 ゴブリンの尖兵だった可能性を考えざるを得ない為だ。


 チト村からの第2報は、会議の最中に入った。

 問題の船には帆が使われていたそうだ。チト村の漁船は丸木舟なので該当しない。

 流されて行ったとは言え、舳はこちらを向いていたという事から、目的地はここら辺りだったのだろう。

 疑問点としては1隻だけで航行していた点だ。

 

「財前司令、あまりにも情報が少ない状況ですが、ゴブリンの船と言う可能性をどれくらいと見積もりしますか?」

 

 俺の質問に、財前駐屯地司令は目を瞑って考えてから答えた。


「半々ですね。ゴブリンが海軍を持っているとして、本来なら艦隊行動をすると考えられます。ですが、1隻だけという情報から探査の為に送り出した、とも考えられます」

「やはり情報が足りませんね」

「どうする村長? 念の為に自衛隊を派遣するか?」

「財前司令、すぐに出せる部隊はどれだけの規模になりますか?」

「第3普通科中隊19名と本部管理中隊情報小隊2名の計21名は即時に出せます。準備は終わっています」


 黒田さんの質問は政治的な意味合いも含んでいる。

 問題の船が潮に流されて行った為に、今すぐの危険は無いと考えられる。

 だが、事態が急速に進んだ場合、チト村との距離が問題になる。

 地図を確認するまでも無く86㌔も離れている。

 通常の人間の軍隊の行軍速度は1㌔15分と聞いた事が有るから軽く20時間を超える。ポメラニアンもどきの身体能力ならフル装備をしていても、急げば半分の時間で踏破は可能だろう。

 だが、これから夜になる事を考えると、無理をさせるのは悪手だ。事故が起きる可能性が飛躍的に伸びる。


 夜でも昼間と変らずに動ける人物なら1人ほど心当たりが有る。

 うん、そいつを先行させよう。


「自衛隊は明日の早朝に出発としましょう。派遣規模はここをがら空きにする訳にはいけませんので普通科の半分。派遣部隊は任せます。まあ、今回の派遣は今後を睨んで経験値を積む意味合いも含めましょう。先遣隊として自分が出ます。猫もどきは夜行性ですから夜間走行も問題ありませんし、チト村で状況を掴んだ方が判断し易いでしょう。黒田さんは明日の早朝に出発して欲しい。いざという時の連絡要員が必要だ。山本副村長、自分が居ない間は任せたよ」 

「分かりました」

「了解」

「何か見落とした点は有りませんか?」


 最後の質問は、会議に参加した他の村の連絡役に向けたものだ。


「いえ、とくにありません。それに『隼人はやひと』どのがみずからいくのなら、チトのむらもこころつよいでしょう」


 答えてくれたのは志賀之浦くろポメむらから来ている平水彦たいらみひこという黒ポメだった。

 1年近くも交流して来たおかげで、現代日本語もかなり流暢に話せる人物だ。

  

「そうなら嬉しいのですが・・・ それでは解散としましょう」



 こうして、新たに勃発した事態に対する初動が決まった。 



お読み頂き、誠に有り難うございます。

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