第124話 「366日目10時00分」 -6月13日 水曜日ー
20180903公開
1年が過ぎた・・・
「黙祷!」
山本氏の掛け声に合わせて、大勢の人間が一斉に黙祷を捧げた。
新堺分村に居る天田大先生と愉快な仲間たちを除く第3次召喚被災者と第4次召喚被災者298人全員が慰霊式に出席をしているが、それ以外にも出席者が居るので最終的には370人くらいの人間が黙祷を捧げている。
新和泉村は順調に規模を拡大していた。
冬に入ってから、和泉平野に在る全ての村が数人程度の連絡役を派遣して来た。
俺がバーサーカーを倒した事で、新和泉に対する認識が変わったからだ。
それまでは、100人以上もの純粋な戦力としての自衛官を抱える新和泉に警戒心を抱いていた様だ。
だが、新たな災害とも言える2人目のバーサーカー襲来を防いだ事で、いざという時に頼る事の出来る盟主的な存在として新和泉を捉える空気が出来た。
それまで1番先進的な村として君臨していた志賀之浦の働き掛けも大きかった様だ。
本来なら、自分たちの集落の地位が落ちる事に反発しそうなものだが、黒ポメたちむしろ協力的だ。
銅器製造と販売で上がる利益の配分も大きいが、新堺を譲った事が大きかった。
新堺の特産品を製造ノウハウごと渡した事を恩義に感じてくれたからこその援護射撃だった。
まあ、山本氏からは、『宮井さん以外なら、こんな事にならないでしょうけど』と言われたが・・・
各村の連絡役が集合した事による副次的な効果も大きかった。
これまでとは桁違いの交流が行われ出したのだ。和泉平野史で初めて、外交と交易というレベルでの交流が始まっていた。
今では常設の市場も開かれ、各村の特産品を始めとする産物が物々交換でやりとりされている。
そうなって初めて知ったが、各村が依存している森にはそれぞれの特徴が有った(中でも1番特徴が有るのは闇森だったが)。
そのおかげも有り、意外と特産品が被らなかった。
俺たち現代人の感覚としては貨幣の普及を考えたいところだが、もう少し様子を見てから考える事にしている。
急激な変化を避けて、数年がかりで移行する方が軋轢が少ないだろうという考えからだ。
それに貨幣を鋳造するとしたら銅貨になるだろうが、まだまだ銅貨用に回す余裕が無いという点も大きい。
そう言えば、和泉平野の更に北方に在る国から使者がやって来た事も、重要な出来事だろう。
ゾウモドキのヤマさんたちが和泉平野の変化を伝えていたらしく、冬が終わると同時に初めて使者を送って来た。
まあ、国と言っても数万人規模で、文明も石器時代を脱していないが、それでも和泉平野の総人口を遥かに超える国だ。ゴブリンが現れた時の戦略を考えた時に、外せないピースになる。
そして何と言っても、1番大きな出来事は春に学校を開校した事だ。
被災した小学生と中学生に相当する60人の子供たちだけでなく、各村からも希望者を募って、82人の生徒数から始めた。
学年は6つに分けている。小学校相当の4学年、中学校相当の2学年だ。日本の様に9学年にしたかったんだが、残念ながら教材の準備や先生を務める人材などの問題で、6学年にするのが精一杯だったんだ。
学力に関しては日本の子供よりも不利だが、それでもこの世界ではトップクラスと言って良い(ゴブリンの教育レベルが不明だが)。
ただ、山本氏が懸念しているのが、日本で教育を受けた世代とのギャップだ。今後、高校相当の学校を作らなければ、俺たちが死んだ後で文明の成長が止まる可能性が高い。
現代の技術や概念、定理、法則、理論などをどうやって継承するかを考えて行く必要性が有ると力説をしていた。マジで賢者だ。
教科書作りに関しては難航した。
山本氏がガリ版印刷モドキの完成を間に合わせてくれなかったら、全ての教科書を手書きで書く羽目になるところだった。本当に『賢者』という称号を贈呈したい。
実は開校後も教科書を綱渡りで作っている。綱渡りと言うよりも自転車操業に近いかも知れない。翌日の授業に使う教科書を放課後に刷る日も有るぐらいだ。
22人の留学生?用に1棟宿舎を建てたが、来年は更に増やす必要が有るかも知れない。
新和泉に来ている連絡役からは、来年には更に子供を送るので受け入れ増を頼まれている。
大人だけでなく、子供の頃から他の村の人間と交流する意義に気付いたからだ。
しかし、教科書作りを手伝ったから分かったが、教育というのは本当に大変な事業だと実感した。
1学年目でひらがな、カタカナは当然として漢字も100字以上教える計画らしい。日本だと1年生で80字くらい、2年生で160字くらいを教えるそうなので少ないのだが、それでも3種類もの文字を覚えさせるのは大変だ。
その上、算数や理科も教えなければならない。
算数は何とかなるにしても、問題は理科だ。魔法が有ったり、地球には無い鉱物が存在する世界だけに、地球の知識だけでは足りないと思う。
そうそう、ちょっと面白かったのは、『魔法は体育の授業で教えるべきか、別教科として扱うべきか』論争だった。
最終的には、身体強化と身体能力強化を体育の授業で教えて、魔法は扱える種族のみ個別指導する事になった。
おかげで俺も魔法の授業を受け持つ事になった。
まさか先生の真似ごとをするなんて、こちらに来るまで想像もした事が無かったな。
校長は山本氏が副村長と兼務する。
意外だったのは、前川教授が小学1年生の担任に立候補した事だ。
『小1プロブレム』という言葉が有る位に初めて学校に来る子供の教育は重要かつ難しく、やりがいが有るからというのが立候補の理由だ。
ちょっと心配な気もするが、山本氏が太鼓判を押したので決定した。
その時の嬉しそうな表情が意外だったのは内緒だ。
「お直り下さい」
黙祷は1分ほどで終わった。
この後、希望者だけだが、新堺まで墓参りに行く。
俺たち親子は3人とも墓参りに行く予定だ。
俺が訊く前に楓と水木が頼んで来たのだ。
孝志君を埋葬した、あの日から1年が経過した・・・
お読み頂き、誠に有り難うございます。