第123話 「平成28年12月25日7時05分」
20180830公開
何の音だろう?
ああ、お湯が沸いている音だ・・・
ひょっとして旦那が先に起きてしまったのかな?
でも、スマホのアラームが鳴ってないから、まだ6時にはなっていない筈なんだけどな・・・
仕方ない、起きるとするか・・・
「ゲッ!?」
ボクが思わず変な声を上げたのは仕方ないと思う。
だって、目を開けたら、いきなり人ならざる者の寝顔が目に飛び込んで来たんだから。
赤みがかった桜色の顔色で、額には10㌢の角・・・
角の先端はちょっと丸まっているから、そのまま刺す目的には使い難そうだね。
でも、薄くドリルの様な溝が有る。何の役に立つんだろ?
まさか回転するのか? それこそまさかだな。生物として有り得ないよね?
まあ、人ならざる者と言っても可愛らしい顔立ちの見覚えのある顔だ。
ああ、そうか、見留ちゃんか。
へー、こうやって見ると、化粧をしていないし眉も整えてないせいか、いつもと雰囲気が違うね。
元々の眉ってこういうラインをしていたのか。
おっと、まつ毛、長! 天然でまつ毛が長いって羨ましいな。
そのまましばらく眺めてしまった。
1分くらい眺めた後、横向きに寝ていたのを、寝返りを打って仰向けになる。
当然、その理由は、あの有名なセリフを言う為だ。
視線の先に、加工した丸太を縄で縛って、何か樹脂の様な物を塗り付けて隙間を塞いだ屋根が見えた。
もっとも、梁が何本も渡されていて、そこから色んな物がぶら下がっているからそっちが天井という気もする。
「要らない天井だ」
噛んだ、じゃない、間違えた。
「いや、天井は必要だぞ。これでも葺くのは大変だったんだぞ」
「お、おはようございます。あ、いえ、どうも寝ぼけていたみたいで、知らない天井って言おうとしたんです。いやぁ、立派な天井ですよね」
慌てて上半身を起こして、声がした方に向きながら挨拶と言い訳をした。
「プッ!」
ボクの慌てぶりがおかしかったのか、すぐ近くで誰かが噴き出した。
噴き出したのは高井家の二男の希望君だ。
昨夜は緊張していたのか、余り喋ってくれなかったが、これはチャンスだ。
「あー、希望君に笑われてしまった。もう一度、起きるのをやり直して良いですか?」
「いや、構わんが、意味有るのか?」
「いえ、これっぽっちも無いです!」
ボクは胸を張って答えた。
「プッ」
「プッ」
また違う方向から噴き出す声が聞こえた。希望君とは違う方向だ。
「宮井さん、結構面白い」
「うん、昨日とぜんぜん違う」
どうやら高井家の皆さんはすでに起きていた様だ。
「いやいや、ボクは見たら分かると思うけど、真面目で有名な宮井さんだよ! 真面目が服を着ている様な人だよ?」
「大人の女の人なのに、ボクって、男の子みたい」
「こう見えてもボクは子供だからね」
そんなボクの言葉への子供たちの反応は、「ウソだぁ」の一言に尽きた。
よし、一気にお近付きになれた。今日は朝からラッキーだね。
見留ちゃんを起こした後で頂いた朝食は、何か知らない葉物と昨日のダチョウもどきの肉が入ったスープと、固いクッキーの様な食感のパンみたいなものだった。
うん、ボク知っている。このパンはスープに浸して柔らかくして食べるんだよね。
食事は手を合わせて「頂きます」という言葉の後で始まった。
凄いな。
何が凄いって、子供たちの言葉や所作が、日本に居る子供たちと大して違わないレベルって事だ。
いや、下手すれば、この子たちの方が上かも知れないね。
語彙の多さはちゃんとした教育を受けている事を示している。
接触出来る相手が家族くらいしか居ないのに、ここまで教育が徹底しているのはほんとに凄いと思うんだ。亡くなった奥さんと夫婦で教師をしていたというのが理由だろうね。
もしかしたら、子供に教育を施す事を生きる糧にしたのかもしんないけどね。
「それで、今日はどうする? また人探しをするのか?」
食事の後、ハーブティの様なお茶を楽しんでいる時に高井さんが訊いて来た。
「午前一杯は捜索に充てたいですね。お昼からも3時まで捜索して、それ以降はお邪魔している分の恩返しをする気です」
「気にしないで良いぞ。困った時はお互い様だ」
「高井さんに出会えたのは本当に幸運でした。もし出会えなければ、数日で詰んだと思います。恩を返さないと幸運も逃げる気がしますから、是非とも返させて下さい」
そう言って、ボクは頭を下げた。見留ちゃんもすぐに頭を下げた。
「そうか。なら、幸運が続く様に恩返しをしてもらおうか」
「ありがとうございます。で、前払いと言う訳でもありませんが、日本から持ち込めたこれらを贈呈させて頂きます」
ボクは偶々こっちの世界に持って来れた、工具や資材が山積みの買い物カゴを差し出した。
25点、37,895円分の日本の物資だ。
こっちの文明のレベルはまだよく分からないが、きっと役に立つと思う。
しかも今なら買い物カゴもサービスするよ。
「いや、それはさすがに貰い過ぎだ。隣村との交易に使ったり、自分達で使ったりした方が良いと思うぞ」
「変なヤツだと思われるかもしれませんが、ボクの勘はよく当たります。旦那曰く、占い師でも生きて行けるレベルです。その勘が、昨日からずっと囁いているんです。逃げろって。逃げる対象は不明なんですけどね」
一気に喋った後、ハーブティを少しだけ口に含んだ。
「でも昨日の話から考えると、きっと最近勢力を伸ばしている種族の様な気がします。この資材を逃亡用の船を造るのに役立てて下さい」
高井さんは少し考えた後で、頷いた。
「そうだな。改めてそう言われると、これらを船造りに使った方が良い気がする。有難く使わせて貰うよ」
「はい」
「だんなだって」「ええ、結婚してるの?」「でも子供って自分で言ってたよね?」
外野の声が聞こえるけど、無視だ無視。
「宮井さんの旦那さん、イケメンだよ」
おい、見留ちゃん、初心な子供をスラングで汚すんじゃないよ。
ま、ボクの旦那がイケメンなのは事実だけどね。
昨日、こっちに連れて来られる前にボクの勘は働かなかった。
本当なら、朝起きた時から何らかの予感が働く筈なのに。
だから、今回の異世界転移は不幸ばかりでは無いと思う。
生き残り続ければ、きっと何か埋め合わせの出来事が起こると思っていい。
それを励みにして、これから生きて行こう。
お読み頂き、誠に有り難う御座います。