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第121話 「平成28年12月24日14時05分」

20180828公開


 さあて、他にもこの現実離れした現象に巻き込まれた人が居ないかを確認したいけど、どうしたもんかな?

 考え込んだボクの右手を両手で掴みながら、見留みるちゃんが周りをビクビクしながら見渡している。

 取敢えず、最初に確認すべき場所を思い付いた。

 海だ。

 もっと正確に言うと海面だ。

 もしかすれば、ボクや見留ちゃんは運が良かっただけで、海に出現?してしまった人が居てもおかしくない。

 服を着たままだと泳ぐのが大変だというくらいはインドア派のボクにも分かる。

 ましてやこの気温だ。すぐに命に係わる事態になるだろう。 

 ボクは見留ちゃんの手を叩き、注意を向けさせて目を合わせた。

 目が合ったら、空いている左手で目の上でひさしを作って、海の方を見る恰好をした。その時に手が額の角に軽く当たったので驚いたら、また見留ちゃんが笑い出した。

 さすがに人の命が掛かっているから真面目にして貰わないといけないので、頭に軽くチョップをかます。

 笑ったせいで涙が浮かんだ目でこっちを見たので、今度は海の方向に手を振り、その後にさっきと同じ動作をした。

 ボクが言いたい事を分かったのか、見留ちゃんが真剣な目になって海面を見渡し始めた。

 ボクは海面に目を向ける前に、後ろを振り返った。

 視線に入った森は、日本で見掛ける森とは何かが違うんだけど、その違いが分からない。


 唐突に『不気味の谷現象』という言葉を思い出した。

 確か、人間に似せて作ったロボットを見た人間は、ある程度人間に似るまでは親近感を抱くのに、ある領域に入ると急に不気味に感じる、という現象だ。

 背後に広がる森を何となく不気味に感じるのはそのせいかもしんない。


 大体10分くらい掛けて海面を見たけど、誰も溺れている人は居なかった。

 うん、これで精神的な負担はかなり減った。

 だって、考えてもみて欲しい。

 もし、海の方に誰も居ない事を確認していなくて、探すべきだったと後から思い付いてしまったとしたら、思い付かなかった自分を責めないとは思えない。

 きっと、一生後悔するだろう。


 さて、次の行動をどうするか? だねえ。

 浜辺を探すべきだろう。

 森の中を探すのは後回しにしても良い。

 何と言っても、声が出れば良いんだけど、見通しの距離が短くなるから探せる範囲が狭くなる。

 それに、不気味だし。

 だから、森の中を探す前に浜辺を確認しておいた方が良いと判断した。

 うーん、浜辺を探すと言っても、どちらに向かうのが良いのだろう?

 見留ちゃんと別れて別方向に向かった方が効率は良いんだろうけど、正直なところ心細い。

 ボクでさえそうなんだから、見留ちゃんが離れてくれるとは思えないね。

 問題はどっちに向かうかだ。

 微妙に大きく感じる太陽を見上げた。うん、地球で見る太陽よりもほんの少し色が赤い気がする。

 太陽と勝手に呼んでるけど、正確には『この惑星の恒星』が正しい筈。 だけど、まあ、その辺はうやむやで構わないかな。

 で、その太陽の位置から、今が朝なのか昼なのか夕方なのかを判断しようと思ったけど、そもそも方角も分からない事に気付いた。

 しゃあない、10分ごとに太陽の位置を確認しておこうかな。


 左右を見比べて、直感に従って海に向かって右手の方向に向かう事にした。

 何となく、こっちに誰かが居る予感がするからね。



 20分後、やはりボクの勘はよく当たる事が証明された。

 木で出来た棒を杖代わりに持っている2人の第一村人に出会ったんだから。


 あれ? 予定ではボクたちと同じ境遇の人に逢う筈だったんだけど?

 どう見ても、現代の服装では無い。毛皮を纏っている人なんて、日本の街では見掛けないもんね。

 一言で2人の恰好を言い表すと、昔、日本に居た『マタギ』だ。マンガで見た覚えが有る。

 第一村人と言ったが、厳密には人間では無い。人間は薄い青色の肌をしていない。赤みがかった桜色のボクたちといい、この世界は普通の肌色が存在しないのだろうか?

 額に角は無い。顔の印象は人間と狸を合わせた感じかな?

 狸と言っても毛深い訳では無い。現に髪の毛は生えているけど、顔には毛が生えていない。

 2人とも身長は170㌢くらいだが、父親と息子の様な気がする。そう思うという事はやはりこの世界の人間なんだろう。だって動物の親子なんて大きさが同じならどっちがどっちなんて分からないからね。雄と雌さえも分からない場合が多いと思う。


 


 見留ちゃんが大慌てでボクの後ろに隠れた。

 でも、ゴメン。余り盾として役に立たないと思うんだ、ボクは。

 お互いに見合った時間は10秒の様な気もするし、10分の様な気もする。

 たが、均衡は意外な形で唐突に崩れた。

 

「その格好は日本人か?」


 年上の方が日本語で問い掛けて来た。

 ボクは驚きながらも答えようとしたが、声が出なかった為にクチパクになってしまった。


「そうか、こっちに来たばかりか・・・ だから変な風が吹いたんだな。説明して上げるから付いて来なさい」


 そう言うと、2人は森の方に歩き出した。

 見留ちゃんの視線を感じたので、後ろを向いて目を合わせると、複雑な心情が瞳に現れていた。

 大丈夫だよ、とクチパクで伝えたら、ギュッと目を瞑った後で決心が付いた表情になった。

 うん、女は度胸だもんね。

 

 連れられて行かれた先は森の中だった。

 森の中と言っても、200㍍ほど入った場所だ。

 直径20㍍程の綺麗な泉が少し離れた場所に在って、その泉から海の方に小さな川が流れている。

 その川の側に平屋の丸太小屋が建っていた。

 中は、玄関兼物置の土間が6畳くらい、木の床が張られた9畳くらいの茶の間、1番奥に6畳くらいの土間の台所とお風呂という感じだった。

 おトイレは半分外にはみ出た感じだ。

  


「まずは自己紹介をしよう。俺は高井陽二だ。こっちは息子ののぞむ、この子がのぞみ、最後に希望きぼうだ」


 凄いね。

 長男17歳、長女14歳、次男12歳の順番に紹介されたが、ある意味キラキラネームばりのインパクトだ。


「ところで日本はどうな・・・ いや、それは後でいいか。取敢えず、俺の体験談を話した方がいいな」


 高井さんの体験談を要約すると、21年前に奥さんと夜の海辺を散歩していると視界が白くなって、気が付くとここに居たそうだ。

 夫婦でなんとか生きて行ける土台を1年掛かりで整えたそうだけど、2度と経験したくない状態だったらしい。 

 その後は子供を育てながら行動範囲を広げて、10年くらい前からは歩いて3時間の距離に在る森の外の別の種類の人類の村と交易を始めたそうだ。この家を建てるのに使った工具などはそこから手に入れたらしい。

 ただ、最近は不穏な空気が出ているらしい。

 なんでも、見た事も無い種類の人類が勢力を伸ばしていて、逃げて来る様々な人類が増えて来ている様だ。

 その厄介そうな人類が隣村にまで来た時に備えて、ここ1年程は脱出用の船をコツコツを造っているらしい。まあ、来なくても漁に使うから無駄にならないそうみたいだけど。

 


 奥さんは5年前に亡くなったそうだ。

 後で墓参りする事にしよう。

 やっと声が出だしたので、その事を伝えると、少し目を瞑った後で、妻も喜ぶ、と高井さんが言った。


 その声には、思い出すのも嫌になる様な苦労を経験した人間にしか出せない感情がこもっていた。

 



お読み頂き、誠に有り難うございます。

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