第119話 「156日目12時25分」
20180817公開
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絶対的エースで不動の4番?
宮井隼人という人物を表す言葉としては不足だった。
バーサーカーと呼ばれる猫人種を一蹴した彼を表すにはこの一言の方がふさわしい。
『怪物』
野球史にも怪物と呼ばれた選手は何人も居るが、意味あいがまるで違う。
比喩では無く、文字通りの怪物だ。
最後の方の攻防なんて、実際に目にしたにも拘らず、両者の動きが速過ぎて何が起こったか完璧には捉えきれなかった。
最悪の事態も想定して、新和泉からの一時的な撤退も視野に入れていたが、結局は宮井氏だけで解決してしまった。
まさかの結末だったが、なんにしろこれで今回の騒動は終わりだ。
終わるのはもう1つ有る。
バーサーカーの呪縛だ。
1世紀以上に亘って、志賀之浦を始めとする和泉平野の住民を縛って来た呪縛が解かれる。
代わりに宮井氏を英雄視する時代が始まるな・・・
遠距離攻撃部隊が陣取る辺りを見ると、決着が付いた事が分かったのか、全員が移動を始めていた。
娘さんたちと沙倶羅君の3人が先頭だ。あの速度ならすぐに到着するだろう。
最後の方で被弾した様に見えたので、ヤマさんこと『草原之山』氏謹製の特効薬を念の為に渡す為に降りる事にしよう。
「どうしようか?」
近くに降りた俺に宮井氏が困った様な声で訊いて来た。
彼はバーサーカーに止めを刺したトリケラの首の皮を摘まんで持ち上げていた。
血に塗れた角の特徴からオスだと分かる。
短い脚を盛んに動かしているが、その程度で宮井氏の握力から逃れられる訳も無く、無駄な足掻きをしているだけだ。
「冬眠前に金星を上げたご褒美に逃がしてやれよ」
「逃がした途端に襲って来るぞ?」
「その時は『スタッフが美味しく頂きました』にすれば良い」
宮井氏が噴き出した。5秒程で笑いを収めた彼は「黒田さんでも冗談を言うんだな」と呟くと、そっとトリケラを降ろした。
トリケラはそのまま草原を真っ直ぐに走り、姿を消した。どうやら偶然にも逃した方向に自分の巣穴が在った様だ。今頃は巣穴の中でホッとしている事だろう。
「スタッフには別の食材をあてがう事にしよう。あー、腹が減ったな」
「そういえば、昼飯の時間だな。ま、やる事をやってからだな」
「だな」
宮井氏の傷を確認しようとした時に、とんでもないプレッシャーが襲い掛かって来た。
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俺は恐る恐る娘たちがやって来る方を見た。
もう100㍍も離れていない。
だが、減速する気配が無い。むしろ加速しなかったか、今?
30㍍を切った段階で、俺は緊急避難をする事にした。ジャンプしてそのまま慣性を弄って、上空5㍍に退避した。あの速度でぶつかって来たら、双方とも無事に済まない。後で文句を言われようが怪我をするよりはマシだ。
正直に白状しよう。その直後に見た光景に恐怖した事を。
楓と水木はブレーキを掛けるどころか、思いっ切り踏み切って俺目掛けて飛んで来た。時速80㌔近い速度で重量26㌔の人間砲弾が2発も飛んで来るんだぞ?
下手をすれば、バーサーカーとの戦いで受けたダメージどころではないダメージを負う。
とはいえ、受け止めない訳には行かない。
もう、自棄になって両手を拡げる事にした。
2人が腕に飛び込む直前に慣性を弄って、後ろ向きに加速しておく。
両手を持って行かれそうな衝撃が襲ったが、なんとか受け止める事が出来た。
まあ、傍から見たら、空中を10㍍以上も滑空したのだから、『派手なハグだな』と言われても仕方ないな、これは。
それにしても、俺が使う慣性弄りはとんでもないな。
サルモドキと戦った時にいきなり発現した能力だが、実はネコモドキが元々持っていた能力の変形バージョンと言うか応用でしかない。
ブレスを撃つ時に顔が仰け反らないで済む理由は、この能力のおかげだ。
発射に伴う反動を抑える為に進化の過程で身に付けた能力なんだろう。
ドラゴンモドキの様な重量が有れば、それが反動を受け止められる。
だが、ネコモドキの様に体重が軽い場合は1発撃つ度に仰け反る事になるので話にならない。
光ったり、周囲と同じ色や模様が体表に浮かんだり、身体自体が枝にしか見えなくなったり・・・ 本当に進化と言うヤツは、奇跡の様な能力を生物に与えてくれる事が有る。
ブレス能力の獲得と、進化の過程で並行して得た能力をより大規模にしたのが俺の能力だ。
おかげで不細工だが空中も結構跳べるし、今の様な使い方も出来る。
「お父ちゃん、すごーい!」
「やはり、お父-ちゃんはやればできる子でした。水木もはなが長いです」
いや、水木、それは鼻が高いだ。長かったら樫の木で出来た人形になるぞ? それとも嘘をついたって意味か?
さすがに2人を抱えたまま浮かんでいる事は出来ずに地上に向かって落下を始めた。
「なんにしろ、2人とも無事に済んで良かった」
「うん」
2人の返事は揃っていた。
着地の直前に盛大に慣性を弄って軟着陸した。
俺たち親子を見る黒田氏の視線が生温かい。
目が合ったので、見せ付ける様に思いっ切り照れ笑いを浮かべておく。
それに応えて、思いっ切り苦笑い(鷹頭だが今でははっきりと区別が付く)を浮かべた黒田氏が、やっと到着した遠距離攻撃部隊の2人の自衛官と相談を始めた。
「丁重に弔って上げてくれ」
「そうする」
俺の要望に応えてから、黒田氏が俺が最初に立っていた丘の頂上を指差した。
俺は抱き付いている娘たちの頭を撫でながら、バーサーカーの事を考えた。
彼はボロボロになった服を着ていた。いや、服の残骸を身に付けていたという方が正しい。
きっとバーサーカーになるまではちゃんと服を着て過ごしていたのだろう。
だが、バーサーカーになって理性を失うと共に身に付けた文明的な部分が消失した。
ヤマさんが戦ったネコモドキは服を着ていなかったらしいが、同じ理由だろう。
何と言うか、戦いが終わってみると、意外なほどバーサーカーに対して負の感情が無い。
むしろ可哀想な存在に思えて来た。
きっと、彼の死に顔が安らかだったからだ。
何か苦悩から解き放たれたかの様な顔をしていた。
そして、もしかして有り得た俺の姿だったのかも知れないからだ。
俺には、俺自身の転生時に関して1つの疑問が有った。
俺だけが転生時に意識を失った上に目覚めた時に頭痛に襲われた。
誰に訊いても、その様な被災者は居なかった。『気が付いたらここに居た』と異口同音に言っていた。
あくまでも俺の想像だが、本来、俺はバーサーカーとして転生したのではないかと考えている。
何が作用したのか分からないが、それを引っくり返した影響で意識を失い頭痛に襲われたのだと考えると、妙にしっくり来るのだ。
実物のバーサーカーと出遭う事で、その考えがより一層強固なものになっている。
もし、バーサーカーとして転生していたら、真っ先に手を掛けたのは娘たちだったろう。
そう考えると、死んでしまったバーサーカーを悪く思える筈も無かった。
バーサーカーを返り討ちにした俺は、和泉平野の住民から『隼人』と呼ばれ、和泉平野一番の英雄と見られる様になった。
本格的な冬が始まる直前の事だった。
お読み頂き、誠に有り難うございます。