第11話 「2時間30分後」
20170711公開
今の俺の服装は、青いポロシャツとジーパン、それに白いジョギングシューズだ。
背中には相変わらずスーツなどを背負っているが・・・
俺のいでたちが変わったのは、他の『被災者』を探しに出掛ける前に孝志君の遺品に着替えたからだ。
勿論、葛藤は有った。
いざという時に動き易い服装でないと、生死に係わるから苦渋の決断だった。
もっとも、孝志君を埋葬した時にそれらを一緒に埋葬しなかったのは、着替える事を前提としていたからだ。現実問題で考えると、日本ではありふれていたモノはここでは手に入らないと考えざるを得ない。
着替えた後、もう1度孝志君の墓標に寄った。
外し忘れていた名札を墓標かわりの石に供える為だ。
政府発行の『「召喚」されてしまった時に注意すべき10項目』によると、『召喚』された『被災者』は、大体2から3㌔くらいの距離に収まる様に偏在して顕現するそうだ。
だから、小学校の3年B組の教室に居た50人弱だけが『召喚』されたとすれば、結構離れて現れている可能性が有る。そう考えると、俺たち親子が固まって放り込まれた事は奇跡的な幸運と言って良い。
それを裏付ける様にしばらく歩いても3人目の『被災者』は発見出来なかった。
出発前に小川の水で少しだけ喉を潤したが、そろそろ空腹が我慢出来なくなりつつある。
今、俺たちが向かっているのは、この草原でポツリと置かれた様に見える赤茶けた大きな岩だ。
見た目はオーストラリアに在る有名なエアーズロックにそっくりだが、あそこまでは大きくはない。
目指す理由は、遠目にも目立つからやって来る『被災者』が居るかも知れないし、頂上に登れば遠くまで見通せそうだからだ。
あと数百㍍というところで、やっと3人目と4人目の『被災者』を発見した。
いや、よく見たらすぐ傍にも3人居る様だ。
だが、ゆっくりとしていられる状況でもない事も分かった。
「みんな、ちょっと急ぐよ。誰かが襲われている」
真っ先に反応したのは楓だった。
俺の言葉を聞いた瞬間に駆けだしていた。
追い掛ける様に、水木や京香ちゃんも走り出したが、結局最初に辿り着いたのは俺だった。
襲っているのはトリケラハムスターだった。
佐藤先生の服装を身に付けた、鷹に似た頭をした『被災者』と、同じ頭のスーツ姿の『被災者』が2人がかりで細い木の枝を振り回して追い払おうとしているが、実際は突進を躱すだけで精一杯だ。
3人には少し離れた場所で待機して貰って、俺は『マジカルミラクルブレス』・・・ 長いから『ブレス』に縮める、を吐く準備に入った。
1度経験したからか、すぐに発射可能になった。
突進して来た上にジャンプして体当たりをしようとしたトリケラハムスターを、2人が何とか躱した瞬間に『ブレス』を放った。
威力は抑え気味の方だ。
こっちは長時間吐けるので、『ブレス』が外れても狙いをそのまま調整出来る利点が魅力だ。
顔の前の『力』は、『被災者』捜索中に行った何回かの試射で、『ブレス』の増幅機関と最終収束機関を兼ねている事も分かって来ていた。
俺が放った『ブレス』はトリケラハムスターの5㌢上を薙いだが、ヤツの着地点に先回りをする様に収束を偏向させる。
そこに当たりに来たかのようにヤツが飛び込んで来た。
『ギィギャ』と聞こえる鳴き声と共に、ヤツの身体に斜めの線が描かれた。
自分の身体に損傷を負わせた相手を探すように顔を振ったヤツが、俺に気付いた。
突進の目標を俺に切り替えたのだろう。
さっきまで戦っていた2人には目をくれずに一直線にこっちに突進して来た。
1度見た攻撃が通用する筈もなく、ヤツは『マジカルミラクルクロー』、これも『クロー』でいいな、を首筋に受けて死んだ。
死んだ事を確認していると、背中の方から女性の声で声を掛けられた。
「田中君、無事で良かった・・・」
と同時に、後ろから抱き締められた。
俺の苗字は田中では無い。
ただし、『たなか』と書かれた名札はごく最近見たばかりだ。
その名札は、孝志君の墓標に供えられている・・・・・
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