第118話 「156日目11時50分」
20180814公開
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『絶対的エースで不動の4番』
宮井隼人という人物を俺なりに表現すると、こうなる。
高校時代、甲子園を目指していた俺たちの部には、同級生に頼りになる右腕が居た。
真面目な癖に下らない冗談を連発するヤツだったが、試合のマウンドでは本当に頼りになるヤツだった。
俺はそこそこの長打力が有り、チャンスに強かったので4番を任されていた。
俺たちの世代は母校の野球部史上最強と言われていた。
だが、甲子園には行けなかった。
高校最後の夏、地区大会の準決勝でエースが打たれ、俺もノーヒットに抑え込まれたのだ。
『絶対的エースで不動の4番』
当然の様に勝利して、周囲の期待に応える活躍を続ける人物を評価するには1番相応しいと思う。
彼に初めて逢ったのは、結愛の授業参観の時だった。
今ではおぼろげにしか思い出せないが、同じ世代の年頃で甘いマスクをしていた記憶が有る。
俳優の草刈正〇と加〇剛を足して2で割った感じだったか・・・。
身長は170㌢後半で、俺よりは背は低いがそれなりに鍛えてある雰囲気が有った。ま、俺の方がガタイも大きいし、鍛え方が違ったがな。
次に逢った時には、まさか小学生並みの身長の猫人種に生まれ変わっていたとは、人生は何が起こるか分からないものだ。そして俺があれだけ苦労していたトリケラハムスターをあっさり倒してしまった。
その時の体捌きは素人のものでは無かった。戦う事に慣れている人間特有のものだった。
その宮井氏が緊張した様子も見せずに丘の頂上で佇んでいた。
ふと顔を横に動かした直後に走り出したが、上空から見ても異常なダッシュ力だった。
1歩で5㍍も前に進むなど、人間に出来る訳が無い。
2歩目で左に進路を変えたが、目が追い切れない。
3歩目でまた身体がブレた様に見えた。その全ての踏込みで後方に盛大な土煙が上がっている。
人類が引き起こせる現象では無い。
近距離でバーサーカーと戦い始めたが、まるで特撮映画の世界だ。
一瞬で数㍍の距離を詰めて、パンチを出し合い、一瞬で離れる。
動体視力には自信が有ったが、細かな動きなどは追い切れない。
気が付けば、俺は上空100㍍の特等席でこの戦いを食い入る様に見詰めていた。
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左ボディ12発目。
右でバーサーカーの左フックを跳ね上げて、左ボディ13発目。
左拳を引き戻しながら、右をやや上からストレートで顔面に叩き込む。バーサーカーの顔面が後ろに跳ねた。
たまらず、後ろに下がろうとする動きに合わせて潜り込もうとしたが、左からヤツの右フックが迫って来る気配がしたので、俺もステップバックする。
一瞬で10㍍の距離を置いて対峙する事になった。
バーサーカーにとって、初めての苦戦だろう。これまでは1撃で相手を沈めて来た筈だ。
並みのネコモドキにとって、それほどヤツの動きは異質だし、速い。
ゾウモドキのヤマさんが出遭ったバーサーカーも素早い動きでヤマさんたちを翻弄したと言っていた。
スピードも有り、攻撃力も有る。その上、防御力というか装甲も硬い。
まさに走攻守が揃っている。
だが、俺を相手にするにはどうしても足りないモノが有る。
テクニックだ。
ボクシングは起源を紀元前4000年か3000年まで遡れる歴史を持っている。今の近代ボクシングの原型は18世紀にイギリスで始まり、19世紀終盤にほぼ今のルールが確立した。
ここで重要な事は、地球では大規模な技術の開発と改良が起こった事だ。
誰かが新しい戦い方を開発すると、それに対抗する手段が開発される。その切磋琢磨の結果生まれたのが多彩なテクニックだ。
例えば、フリッカージャブというテクニックが有る。俺自身は使わないが、リーチと距離感に優れた選手が使うと厄介なジャブになる。
普通なら発想も出て来ない技術が、何万、何十万、何百万という選手が積み重なる事で発生する。
一方、バーサーカーは本能だけで戦っている。その証拠が左右のフックしか使わない事だ。後はせいぜい1回だけ使った裏拳くらいだ。
ボクシングのストレート系とアッパー系を使って来ない。
攻撃手段の少なさは対応する防御手段の少なさに結び付く。
だから、俺の攻撃をモロに喰う結果になっている。
だが、俺の想定ではもっとスピードが有る筈で、そのせいで苦戦を覚悟していたんだが・・・
当然だが、俺にも本能が色濃く反映されているので、ヤツの手の内は全て分かっている。
その本能に、足を使った攻撃と投げや絞め技が無かった事はラッキーだとしか言えない。レスリングのタックルを切るには膝蹴りが有効だが、俺のは素人よりはマシ程度でしかない。
もし、それらの攻撃を使われたら、正直なところ苦戦するのは確実になる。
最終的に同じレベルのテクニックでの攻防に引きずり込まれるからだ。
それと、これまでの攻防で確信したが、バーサーカーの生体エネルギーの守りは硬いが、クマモドキ程では無い。
厚みがまるで違う。
クマモドキは、剛毛層、皮膚、脂肪層、筋肉層の全てがネコモドキとは比較にならない厚みが有った。
それ自体が強みとなっていた。厚みが吸収して中までダメージが浸透しないからだ。
だから、生体エネルギーの位相をなんとかするまでは攻略に苦労した。
ネコモドキの場合、表面上は攻撃が効いていなくても、厚みが無い分、内部にダメージが通る。
それが蓄積して行く事でスタミナも奪えるし、動きも抑えられる。
だから、敢えて左ボディを集中的に叩いて来た。
そろそろ効いて来てもおかしくない筈だ。
さて、バーサーカーはどう出る?
答えは意外なものだった。
ヤツの顔面の前に力場が形成された。
ブレスに走ったのか?
撃たれる前にこちらも撃とうとしたが、想定していない早さで発射まで持って行かれた。
躱そうとしたが、連続したブレスだった為に左肩を掠った。
この痺れるような痛みは想定以上の威力だった事を示している。
自衛隊で使っている89式5.56ミリ小銃並みかもしれん。実際に喰らった事が無い為に当て推量だが、多分近い威力だろう。自衛隊が俺の色んなブレスの威力を調べる為に協力してくれたので、ある程度は合っている筈だ。
速度が2.5倍くらいに上がっているので、計算上、高速化と威力の増大は合っているしな。
分析をしながら、俺は距離を詰めるべく前に出た。
距離を潰せば、飛び道具は使えまい。前に出て潜り込むのはリーチで大きく劣る場合の定石だ。
それに連発出来るとも思えない。0.5秒も連続で放つブレスなど、1回のブレスで消費する生体エネルギーが大き過ぎる。
それでも顔面前の力場が維持されている事から、次弾にも備える必要が有る。
3㍍詰めた段階で念の為に左にサイドステップしたら、バックステップをしたバーサーカーがブレスを放って来た。
オイ、誰が連発出来まいと言った?
撃って来たぞ!?
顔付近を狙って薙ぎ払ってくれたおかげで、ダッキングで躱せたが、危なかった。
オイ、誰がヤツの手の内は全て分かっていると言った?
むしろ翻弄されてないか?
バーサーカーが想定以上に厄介過ぎて、顔がニヤケて仕方が無い。
絶対にここで仕留めないと、ヤバ過ぎて、顔がニヤケて仕方が無い。
さすがにこの距離でもろに全て喰らうとシャレにならないので、ヤツが第3射を撃つ前に勝負を決める。
これまで封印していた慣性制御を使う事にした。
更に加速した俺の動きについて来れないのか、目の焦点が俺の後方にずれた。
左ボディ14発目は完璧な角度で決まった。
ブレスを撃つ事に気が行っていた事、生体エネルギーもそちらに回していた事、俺の動きを捉え損ねたせいでボディが無防備になっていた事、それらの全てがバーサーカーの運命を決めた。
返す刀で右フックを顔面に叩き込んだが、そのまま吹き飛んで行った。
俺も力を入れ過ぎて態勢を崩したので、強引に慣性を弄って追撃を掛ける。
ここで殺し切らないと、禍根を残す。
10㍍以上飛ばされたのにも拘らず、立ち上がったのはさすがバーサーカーと言うしかない。
だが、意外な形で決着が付いた。
意識を失いながらも立ち上がったバーサーカーに小さな影が飛び掛かった。
特徴的な2本の角の右側がバーサーカーの心臓を貫いていた・・・・・
お読み頂き、誠に有り難うございます。