第116話 「156日目10時10分」-11月16日 木曜日-
20180802公開
和泉平野はあと半月もすれば、冬を迎える。
それに伴い、和泉大森は冬という季節へ向けて、急ピッチな衣替えが進行中だ。
具体的には、日本の紅葉に慣れ親しんだ俺たちには違和感しか無いが、種類ごとに濃淡が違う緑色をしていた樹木の葉が白くなり始めた事だ。
こちらの世界では、白くなったそれらの葉が落ち切った頃から冬に入ったと認識されている。
日本には縄文時代と言う、世界的に見ても特異な時代があった。
火焔型土器や(どうでも良いが、最初に出土した土器だけが火焔土器と呼ばれる。それ以外は火焔型土器と呼ばれる)、宇宙人みたいなSFチックな遮光器土偶など、『どうしてそうなった?』と言いたくなるデザイン性も特徴の一つだが、文明自体が特異だ。
何が特異かと言えば、狩猟採集文明でありながら三内丸山遺跡の様な大集落を長期に亘って維持した事や、12,000年以上も同じ文明が続いた事だ。
大陸で花開いていた農耕文明に移行する事も出来たのに、それを選択しなかったのだから徹底している。
確かに生産性の高い国土・気候という恩恵は有った。放って置いても植物が生えて来る様な、温暖で降水量が豊富な上に明確な四季が存在する地域など珍しい。
そんな国土だから、春には山菜などの『春の恵み』を採集し、夏はサバなどの魚などの漁をし、秋はクリなどの『秋の恵み』を採集し、冬はウサギなどの動物を狩猟する事が可能だった。
縄文時代の日本は見事なまでに季節ごとの『自然の恵み』を得ていた。
そして、この和泉平野は、縄文時代の日本並みに『自然の恵み』を俺たちに齎せてくれる。
特に和泉大森は狩猟と採集の両面で豊富な資源を誇る。
この調子なら、2カ月間ほどの冬に向けた備蓄は十分に間に合うなと山本氏と話していると、朝の偵察から戻った黒田氏から、無視出来ない情報が齎された。
『単独で行動する猫人種を発見した』というものだった。
「朝9時の位置はここだ。移動方向はこの方向で、ゆっくりと移動しているから時速とすれば毎時3㌔ほどだ。このまま行くと今日の夕方にはキラ村の近くまでやって来ると見た方が良い」
緊急に召集した会議の冒頭で、黒田氏が和泉平野の地図上のある地点からある地点をなぞる様に動かしながら、偵察の結果を発表した。
キラ村は新和泉村から北西17㌔程の距離に在る人口100人ほどの小さな村だ。当然だが、キラ村にはすでに新和泉に大至急避難する様にという連絡は終わっている。
ノナロクラユキルたち4人を保護した後に、もしバーサーカーと化したネコモドキが現れたらすぐに新和泉に避難出来る様に訓練をしてあるから、今頃はこちらに向けて出発している筈だ。人的被害は発生しないだろう。バーサーカーの進路と迎撃戦の結果次第だが、いざとなれば彼らは更に避難をする事になる。
『バーサーカー発見』を意味する赤色の狼煙はすでに上げている。
更には念の為に、近隣の村と志賀之浦には直接人員を派遣して、報せを伝えている最中だ。
ここら辺の対応は事前に決められていたのでスムーズに実行に移せている。
「予定に変更が無ければ会議が終り次第、佐藤先生と交代する予定だが、変更は無いな?」
「ああ。疲れているだろうが、よろしく頼む」
「問題無い」
俺はみんなの顔を見渡した。
初期のメンバーの内、不在なのは現在偵察中の佐藤先生だけだ。
初期メンバーの他には第4次召喚被災者代表として前川教授、古川氏、大西氏、大野警部補、そして自衛隊から財前司令が出席している。
「予定通り、まずは自分が対応します。財前司令、接触する場所はどの辺りが良いと思いますか?」
「そうですね、このポイントが無難でしょう。ここに陣取れば、丘の頂上ですから進路が多少逸れても見逃す事も無いでしょう」
「なるほど。分かりました。そこに陣取ります」
精度をワザと落とした簡易版の地図は各村に渡していたが、今俺たちが使っているこの地図は黒田氏を擁している新和泉村でしか作成が不可能なほどの正確さを誇る。
空中から地形を観測し、更に実際に現地に赴いて手作りの道具で計測した成果が出ている。
特にバーサーカーが現れると考えられていたキラ村の方向は念入りに調べられている。丘の情報も当然だが盛り込まれていた。地図には丘の頂上の位置と平地部分との境目、その高低差が書き込まれていた。
日本に居た頃はコンビニでも精巧な地図を売っていたが、実際に自分達で地図を造った後では、昔は地図も軍事秘密だったという理由が納得出来た。
有ると無いとでは作戦を構想するのに雲泥の違いが有るのだ。
「彼の能力は不明な点も有りますが、我の能力は把握出来ています。これまでにも図上演習を何度もして来ましたので、それを基に迎撃作戦を立てています」
そう言って、財前司令は木を彫って造った駒を俺が向かう丘の場所に置いた。
意味も無く精巧な猫の上半身が彫り出されていた。
財前司令に教えて貰った軍事的な考えの中に、野獣と人類の大きな違いという項目が有った。
それは、知識だ。
野獣は他の個体に自分が経験した事を伝える能力はそんなに高くない。強いて上げれば子供に狩りの仕方を教えるくらいだ。
それに対して、人類は言葉を持つが故に他人に知識を容易に伝える事が出来る。
更には地図の様な高度な伝達手段も持つ。
その事により、伝えられた情報を基に事前に計画を立てる事さえも出来る。
実際に、迎撃作戦の計画を立てる上で、ゾウモドキのヤマさんから教えて貰った127年前のバーサーカーとの戦闘の知識がとても役に立った。
「宮井村長が万が一取り逃がした場合、第2陣として特科部隊・・、失礼、遠距離攻撃部隊として竜人種4名、猫人種3名が遠距離から叩きます。待機する場所はココで」
そう言って、財前司令は何故か俺の駒よりも小型のドラゴンの駒と猫の駒を少し離れた場所に置いた。
俺の駒から300㍍くらい離れた丘の麓だ。
「状況により布陣する場所はココとココとココの3ヵ所を想定しています」
そう言いながら、3ヵ所を指し示した。
3ヵ所はいずれも小さな丘の頂上だった。
万が一、俺が止めきれなかった場合、自衛隊の2名のドラゴンもどきに加えて、楓と水木と中井沙倶羅ちゃんに清水有希君、それにノナロクラユキルも加わった遠距離攻撃部隊が第2陣として参戦する。
ユキルの素の能力を基に、本来のネコモドキのブレスの威力と射程距離を算定し、それに安全マージンを加えた距離から叩く計画だ。
本当ならば未成年の人間(その内2人は愛娘だ)を駆り出したくはないのだが、背に腹は代えられない。
使える戦力を集中的に運用しない方がむしろ被害が出る可能性が上がる。
俗に言う各個撃破だ。
ネコもどきはあと3人の子供が居るのだが、そちらに関してはブレスの能力が弱過ぎて、前線に出す訳には行かなかった。
むしろ、ブレスの能力を大幅に伸ばせた楓と水木の方が異常なのかも知れない。
きっと天才なのだろう。
いや、この意見は親バカだからでは無い。客観的な意見だ。
現実にユキルの能力の伸びよりも大きかったからな。
「遠距離攻撃部隊の直掩には第1普通科中隊21名を付けます。もし、彼の標的になった場合、それぞれこの位置に伏せた部隊が伏撃を掛けます」
第1普通科中隊は他の部隊に先行して銅製の槍先を備えた槍が装備されている。
そして、やはり磨製石器を使った槍よりも強度と鋭さが上がった事で、同じ力で突いた場合、刺さる深さが向上した。
実際に俺も使用して両者を比較したが、銅製の方が槍先が重く、威力が大きく上がっているのが実感出来た。
これに関しては、石と銅の比重差が3倍以上有るのだから当然なんだが、実際に振るってみないと気が付かない事だった。
会議は半時間後に終了した。
さあて、久し振りの実戦だ。
ましてや相手は強敵だ。
オラワクワクシテキタゾ
お読み頂きまして、ありがとうございます。
8月5日追記
本日、評価者の増加数とポイント増加数から考えて、文章評価2 ストーリー評価2 という評価を頂いた様です。
その様な評価を頂いた理由を考える時間を頂きたいと思います m(_ _)m
8月6日に予定していた更新は順延になる公算が高いので、先にお詫び致します m(_ _)m
8月9日追記
皆様のおかげをもちまして連載を再開致しました。