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第113話 「141日目9時5分」-11月1日 水曜日-

20180723公開


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 宮井隼人氏たちに連れられて向かった先には黒い毛をした同類いぬにんげんが集落を築いていた。

 ざっと300人くらいは住んでいるそうだ。

 あちらこちらで火が使われている光景を見たが、その事で火をおこせなかった自分たちが情けない存在に思えた。

 住居も、木造ながらも高床式の立派なものが並んでいた。

 志賀之浦しかのうらと呼ばれる集落の人たちは、俺たちをバカにする事も無く歓迎してくれた。

 この志賀之浦では、第3次召喚被災者の高校生たちを保護した事が有り、その縁で宮井氏たちと交流を始めたそうだ。

 それと話す言葉はなんとなく聞き取り出来そうな気もするが、残念ながら言葉は分からなかった。



 そして、何と言っても昨夜は久し振りに人間らしい食事と睡眠を味わえた。


 火が通った料理など、こちらに来てから初めて味わった。

 どういう運命のいたずらか知らないが、俺たち37人は誰一人としてライターを持っていなかったのだ。8人も喫煙者が居たのに、だ。

 詳しくは知らないが、電子タバコとやらは火を点けなくても吸えるからライターを持つ必要が無いらしい。

 火を熾す手段はもちろん知っていたし(木の棒を手で回して摩擦熱で火を熾すなんて誰でも知っている)、実際に火を熾そうとした。

 だが、適した材料が手に入らなかったのだ。約2カ月間居た水場の周りに生えていた木ではいくら擦っても、煙さえ出なかった。

 正直なところ、結局最後まで火を熾せなかった俺たちは、石器時代の原始人にも負けた気分だった。


 宴会で出された料理は、香草と胡椒で香り付けと味付けがされた肉を焼いた料理が中心で、その他にも沢山の種類の植物を煮込んだスープなども出て、本当に豪勢なものだった。

 空腹だったことも有り、俺の人生で1番美味うまい食事だったと断言出来るくらい美味おいしかった。

 体調を崩していた5人も夢中で食べていたから、みんなにとっても本当に美味しかったのだろう。

 食べながら、涙を流していた仲間も居たが、誰もそれをからかう事は無かった。

 食事で幸せになった後は、少量だが酒も出た。

 ブルーベリーに似た果実で造るワイン風の酒で、度数はさほど高くないが、それでもアルコールだ。

 屋根の下で眠れた事も嬉しかった。

 たった1日で、石器時代の原始人以下の文明が一気に数万年進化した気分だった。

 

 それと、宮井氏たち被災者と同盟関係にあることも知った。




「本当にお世話になりました。いつかこの御恩のお返しをさせて頂きます」


 志賀之浦の代表をしている額に三日月型の傷がある『黒ポメ』のおさにお礼を言いながら、頭を下げた。

 俺の後ろでもみんなが頭を下げた気配がする。


「かまなならくにさぶらう。おたかうさむさぶらく」


 おさは日本語の様な、そうでない様な言葉を返してくれた(通訳をしてくれた人物で茶色い毛をした同類いぬにんげんの山本氏から古代の日本語を基に変化した言葉だと教えて貰っていた)。

 ちなみに今言われた言葉は、昨日から何度も聞いたが、気にするな、という意味だ。

 宮井氏と山本氏がおさに親しげに言葉を交わした後で、志賀之浦を離れた。



「しかし、あれぽっちの小銭で、全員に行き渡るだけの服を貰って良かったのでしょうか?」

「俺もよく分からないが、そういう価値観なんだろう。きっと金属製の貨幣が珍しいんだろう」


 志賀之浦を出て30分ほどした頃に、部下の角田巡査が話し掛けて来た。

 角田巡査が言う様に、俺たちがそれぞれで支払ったのは各自小銭で数十円くらいだ。

 たったそれだけで、替えの服と下着類を貰ったのだから、彼が気にするのも分かる。

 会話が聞こえたのだろう。歩きながら宮井氏と何かを打合せていた山本氏が、こちらに向いて教えてくれた。

 彼とは昨日からの付き合いだが、気配りの出来る人物という評価は俺たちで一致した意見だ。


「日本の硬貨は、彼らにとっての勲章として使われている他に、褒美というか年金代わりにも使われているんですよ。まあ、宮井さんが持ちかけた制度なんですが、思ったよりも効果が有るらしく、我々もかなり恩恵を受けましたよ」


 そう言って、山本氏は宮井氏の方を向いた。

 宮井氏は肩をすくめただけだ。


「なるほど。だから新堺で小銭を求められたのですね?」

「ええ。もっとも彼らが持っていても宝の持ち腐れなんですがね」

「どうしてですか?」

「志賀之浦が受け取らないからです。現在のところ、新堺と志賀之浦は断交状態ですからね」

「そうですか。それでも小銭を欲しがった事には意味が有るんでしょうか?」

「自分たちでは価値の有る物を産み出せないから、今後の交渉材料として欲しがったんでしょう」

「なるほど」


 昨日は時間が無くて訊けなかったが、新堺と新和泉の関係を知っておいた方が良い気がする。

 冷静になって思い出すと、明らかに新堺の建物は人口に比べて多かった。

 あれでは維持をする事も難しいだろう。

 角田巡査も気になったのか、山本氏に訊ねた。


「山本さん、教えて欲しいのですが、新堺の住人って20人ちょっとしか居ないのですか? 集落の規模に比べて人口が少ない様に思えるのですが?」

「元々新堺には我々289人の召喚被災者全員が住んでいたんですよ。ですが、将来の発展を考えた時にあの場所は地政学的に不利なので、引っ越ししたという訳です」

「なるほど。でも、捨てるのも惜しいので、管理する人間を置いているのですね?」

「いえ。新堺は残った住人に対する餞別代わりです」

「えーと、それはどういう事でしょうか?」

「もう、我々の中では新堺は無くなったという認識です。廃れようが栄えようが、どうぞご自由に、という感じですね」


 感情的になる事も無く、天気の事を話すくらいの軽さで言われた内容は驚くべきものだった。 


「山本さん、それはどういう事ですか?」

「警部補、腐ったみかんを見捨てない条件は、相手が子供の場合です。腐ったみかんが大人の場合、見捨てても構わないと思いませんか?」


 日本で同じ様な発言をすれば、バッシングを受けるだろう。

 だが・・・


「ここは生き残る為には甘えが許されない場所です。3カ月以上生き残る事に苦労された警部補は嫌でも理解している筈ですよ」


 一旦、間を開けた山本氏だが、再び口を開いた時の声音は熱というものを感じさせなかった。


「我らがリーダーは優しいので餞別をプレゼントしましたが、その温情にも気付かない様な腐ったみかんに更なるプレゼントをするのは、腐っていないみかんに対する裏切りだと思いませんか?」 



 その言葉の意味が分かったのは数日後だった。



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お読み頂き、誠に有り難うございます。

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