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第108話 「103日目19時15分」

20180706公開


 久し振りに大人数で摂った夕食は賑やかで笑顔に溢れていた。

 例え、それが新堺を立ち上げた頃の様な露天であっても変わらない。

 いや、むしろ開放的な雰囲気になれる分、相乗効果を生んだと言える。

 その証拠に、いつもは控えめな自衛隊のみんなも笑顔で輪に混じっている。

 ノナロクラユキルたちも高校生たちに囲まれて餌付けされていた。まあ喜んでいたから良しとしよう。

 山本氏けんじゃも黒田氏も、子供と一緒の夕食に顔が緩みっぱなしだった。

 俺も最初から最後まで笑顔だった。娘たちも喜んでいた。

 やはり愛娘と摂る食事は格別だった。

 



 そして、今は大人たちだけで現状の共有と今後の方針を話し合っている。

 司会は山本氏けんじゃに任せている。

 どうも俺が司会をすると会議っぽくなり過ぎる気がするし、議題に対する知識の蓄積が違うからな。



「そしたら、って行くだけなら、問題無いんや?」

「ええ、十分に食べていけます。想定していたよりも和泉大森いずみおおもりは豊かです。クリモドキ、山芋モドキ、ワラビモドキ、大根モドキ、人参モドキだけでも十分な量が獲れそうです。それと果物類に分類しても良いナシモドキ、ブルーベリーモドキ、イチゴモドキを見付けました。まあ、果物と言っても、夕食で食べて頂いた様に、日本で食べていた品種改良されたものとは違って甘みがささやかなものですけどね」

「いや、あれでも十分美味しかったで。涙出そうやったわ」


 金井和美さんの表情は、その味を思い出したのか少しうっとりとしていた。

 山本氏けんじゃの説明を聞いていたみんなの顔も大なり小なりうっとりとしている。

 もっとも、俺から見た場合、アレの事をまだ言わない山本氏けんじゃも結構人が悪い。


「果物モドキが食べれるだけでも、こっちに移住して正解やで」

「ただ、野菜で言う葉菜類はこちらでも発見出来ていません。キャベツやレタスに似た物が有れば良かったんですが」

「まあ、無い物ねだりは贅沢やな」

「無いと言えば、新堺で作っていた薬の原料となる植物は全く発見出来ていません。その他にも水筒の材料等に活躍している樹脂を得られる木もえていません。本来であれば新堺の方で作ってくれれば良いのですが、期待出来ないのが今後の課題です」


 山本氏けんじゃの言葉を聞いて、みんなの顔が曇った。

 何気に製薬と樹脂加工は、新堺では香辛料造りと並んで外貨獲得の手段として大助かりだったのだ。

 なんせ、簡易レンガ造りと違って、根気は必要だが力仕事では無いので、女性陣向きの仕事だったからだ。

 もちろん、自分達でも消費するのだから、なんとかしないといけない。



「香辛料の原材料も唐辛子モドキなどの一部は発見出来ませんでした。まあ、胡椒モドキとハーブモドキの新種を発見出来た点はラッキーですが」

「あ、やっぱり新種だったんですね。妙に美味しかったもの」


 室井静香さんが納得顔で発言した。

 室井さんの趣味が創作料理という事も有り、新堺で料理のレシピを大幅に増やしてくれた女性だ。

 レシピと一緒に香辛料を売り込む戦略は大当たりだった。

 

「薬と樹脂の原料調達の問題も有るので、闇森やみのもりに採集の為の遠出を考えざるを得ないでしょう。樹脂を除いて重量がそれほどでは無いのが幸いですね」

「そうですね。まあ、遠出と言っても走れば往復3時間くらいでしょうから、日帰り出来ますしね」


 山口直美さんが何気なく言ったが、日本では有り得ない発言と言える。

 新堺までは往復でだいたい60㌔の距離だ。その距離を3時間で走るという事は、背負子を背負った状態でマラソンの世界記録並みのタイムで草原を走り抜けるという事になる。

 まあ、山口さんは高校・大学と陸上部で長距離走の選手だったそうだから、他の人よりは長距離を走る事に忌避感が無いのだろう。


「でも、新堺に寄るのは避けた方が良いでしょうね。難癖付けられるのは嫌ですし」


 鈴木小枝子さんだ。


「その通りやな。絶対にイチャモン付けて来るで」

「有る有る」

「どうやって楽しようかって考えてるもんね。見返りになんかくれって言うのに、なけなしの100円玉賭けてもええよ」

「有る有る」

「ほんま、働けって言うねん」

「有る有る」


 金井さんの言葉に、みんなが口々に同意の言葉を上げる。 

 よほど、新堺で我慢していたんだろう。


「新しい拠点を設けるのも有りですね。休憩がメインですが、一泊出来る程度の施設にすれば十分でしょう。周りを馬防柵で囲んでおけば、いざとい時に逃げ込めますし。保存のきく食料も3日分を置いておきましょう」

「井戸も有れば助かります」

「分かりました。財前二佐、明日にでも打ち合わせをしましょう」

「了解です」


 シビリアンコントロールを守る為に発言を控えていた財前司令が初めて声を出した。


「それと、銅つくりに関してですが、今までに条件を変えて2回実験しました。まずまずの成果と言えます。志賀之浦から技術者の増員も来ましたので、今後は更に色々な条件を試す実験を繰り返してノウハウを蓄積後、年内には安定的な銅の精錬に移りたいと思っています」


 山本氏の言う通り、まずまずの成果は上がっている。

 最初の実験では選別した10㌔の銅鉱石を製錬し、一昨日おとついの2回目の実験では20㌔ほどの銅鉱石と錫石を投入している。

 それぞれ4㌔弱と7㌔ほどの銅が採れたからな。

 ただ、2回目の実験の結果、手間を省く為に錫石を同時に投入するよりも個別に製錬した方が良いみたいだ。

 そうそう、こちらの惑星でも鉄が銅鉱石に混じっていたと言っていた。

 証拠となる小さな鉄の粒を鍰(からみ。スラグとも)と呼ばれる絞りかすみたいな鉱滓こうさいから見付けたからだ。

 その鉄の粒を見せて貰ったが、妙に懐かしいという気持ちになったのはおかしなものだ。

 きっと最近の暮らしの中に、鉄製品がマルチツールくらいしか無かったせいだろう。

 ちなみに鍰を更に精製して行くと鉄になるらしいが、鉄の方が溶解温度が高いし、技術的に難しいので後回しにするそうだ。

 確かに融解温度の低い銅で鋼鉄並みの強度が得られるなら、敢えて鉄に力を入れなくても良いかも知れない。

 ただ、今後は溶かした銅を鋳型に流して銅器を造る工程に手を出して行くが、その際に合金にするなら撹拌する必要が出て来るので、その時に鉄器が必要になる可能性が有るそうだ。

 炻器で試作しているが、それが上手く行かない場合は鍰から集めた鉄の粒を叩いて鍛造で撹拌棒に仕上げるかもしれないと言っていた。

 『製銅はあまり詳しくは知らないんですよね』と言いながら、これだけの知識を持っている山本氏は本当に賢者を名乗っても良いと思うな。


「確認ですが、最初に造る銅製品は決まっているのでしょうか?」


 財前司令が質問をして来た。


「いえ、まだ決めていません。製錬した銅を溶かす為の坩堝るつぼは用意していますが、最終決定はしていません。一応候補としては斧と鉋などの工具を考えています」 

「もしよろしければ、シャベルを候補に入れて貰えませんか?」

「ああ、なるほど。そうですね、それは名案です。第一候補にします」

「有り難うございます」


 今の話の流れが今一掴めなかったのは俺だけでは無かった様だ。

 黒田氏が首を傾げながら山本氏けんじゃたずねた。


「シャベルがどうして名案なんだ? どこかを優先して工事する予定が有ったっけ?」

「あ、説明不足でしたね。実はシャベルって自衛隊にとって凄く重要な装備なんですよ。身を守る為に塹壕、まあ、身を隠す穴の事ですが、これを素早く掘るにはシャベルが必須です。今まで石器で作った少数のシャベルで代用していましたが、作業効率が悪くて苦労を掛けていたと思います」

「いえ、与えられた装備で最善を尽くすのは当然です」

「個人用の塹壕を掘る以外にも、すぐに埋められるトイレを造るにも必須ですし、武器としても使えます。例えばそうですね、突く、殴る、斬る、をこなせる訳です。あと、盾代わりに使ったりしたそうですし、兵隊さん1人1人が装備すべき必須アイテムです」

「なるほど。そう言われれば、重要だと思わざるを得ないな」

「財前二佐、形状とかも合わせて後日打ち合わせをしましょう」

「有り難うございます」


 ここで一旦、山本氏けんじゃが間を置いた。

 

「実は少量ながら、有望な植物を見付けました。米モドキです」


 みんなの反応は一拍遅れてやって来た。


「ほ、ほんまか? ブランドは? ササニシキか? コシヒカリか? もしかしてヒトメボレか?」


 金井さんの反応が面白過ぎた。

 思わず噴き出してしまった。

 山本氏けんじゃも黒田氏も目をパチクリさせている。


「いえ、日本のお米そのものでは有りませんよ。ただ、ごく少量だけ試食した限り、割とお米に近い味と食感でした。ただ、第1次と第2次召喚被災者の情報にも無かったので、本格的に食用可能かどうかは毒性の確認が必要です」

「そうやな、毒やったらあかんわな。取り乱してもうたな、ごめんやで」

「いえ、私も発見した時に喜んだのでお気持ちは分かります。一応、私が食べた後の身体の反応から考えると、食用になる可能性は有ると思っています」



 移住第2陣の移住初日の夜は、こうして将来への希望を抱かせて暮れていった。




お読み頂き、有難う御座いました。

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