第106話 「103日目16時20分」-9月24日 日曜日-
20180629公開
もうすぐ、新和泉に第2陣の移住者たちが到着する。
第2陣の人数は第1陣16人の3倍以上の52人だ。
これで近藤さんを除く第3次召喚被災者の全てが新和泉に移住する事になる、
実は、第2陣の移住前に幾つか揉めたらしい。
まあ、揉めたと言っても大したことは無いのだが・・・
まず、例の天田氏と仲間たちが荷物の持ち出しに文句を言い出したらしい。
曰く、新堺で造られた物は新堺の住人で使われるべきで、逃げ出す人間に渡す謂れは無い、と言い放ったらしい。
この話を、昨夜、打合せの為に新堺に行ってくれた黒田氏から聞いた時には、みんなからは呆れる反応と同時に笑いが起こった。
笑いと言っても、爽やかな笑いでは無い。苦笑だ。
もっとも、沢田來未君の笑いは嘲る様な笑いだった。
『うわ、最悪。ここで恩を売っとけば、将来、新堺が困った時にはウチんところからの援助を受けられるかもしれないのにね。外交というものを分かってないなぁ。外交は貸してなんぼ、借りてなんぼなのにねぇ。今なら利子も付いてお得なのに無能って怖い』
現役女子高生に政治絡みでバッサリと切られる大人って・・・ 同じ大人として溜息を吐きたくなった。
第一、第3次召喚被災者全員がこちらに来たという事は、新堺が最大の外交チャンネルを失ったという事だった。
『有希っちがこっちに来た事の影響を甘くみてるんだろうねえ。それでどうなったんですか?』
呆れ顔の來未君の問いに、黒田氏は苦笑を浮かべながら答えた。
ちなみに、この会話をしている間、來未君の手は自分の前に座らせたミラロクリカヌロ(黒ワンポイント)の頭を後ろから撫でていた。
カヌロも満更では無いのか、うっとりとした顔で目を閉じていた。
本物の猫ならゴロゴロと咽喉を鳴らしていそうな顔だった。
『衣類は持っているモノ全て持ち出し可。食料に関しては昼に食べる分の縄文クッキーの材料を備蓄から出す事で決着さ。備蓄分は俺たちが以前に収集した分だからな。何だったら、備蓄分全てを持って行こうか? と言って黙らせた』
相変わらず、天田氏らは絶賛正常運転中の様だった。
『まあ、天田代表の言葉に抗議してくれた人たちが多かったのは嬉しかったな。こちらに移住を希望する人間は着実に増えている様だし』
『そりゃそうですよ。日本と違って、こっちでは失政は生き死にに係わるんですからね。どっちが将来も安泰に生きられるかを考えれば、答えは自ずと明らかになります』
來未君の言葉に全員が頷いた。
分かる人間には分かるだろうが、新堺の生産性は今後は多分上向きになる事は無い。
何故なら、新堺の土台を作った第3次召喚被災者が居なくなるからだ。
だてに、手探りで生活基盤を作った訳では無い。そこに至るには様々な試行錯誤と失敗が積み重なっている。それらの1つ1つがノウハウとして積み上がって初めて到達した高みと言える。
それを、実際の作業の手順だけしか知らない人間が引き継いでも、改善しようにも知見が足りない。
失敗したくないから、改善自体を避ける様になるだろう。
待っているのは緩やかな衰退だ。
そんな事さえも、天田氏は分からないだろうな。
上空を警戒の為に飛んでいる黒田氏の位置からすると、そろそろみんなの姿が見えてもおかしくない。
飛び方ものんびりとしているので、脅威となる様な存在は周囲に居ないのだろう。
まあ、万が一、草原狼の群れに襲われたとしても、接近すら出来ないだろう。
こちらに向かっている集団には、猫もどき5人、ドラゴンもどき4人が居るのだ。
この集団を襲って無事に済む存在は考えられない。
強いて上げるとすれば俺くらいしか居ないだろう。
勿論、そんな事はしない。
いや、少しは試したい気も有る事は否定しないが。
うーん、一度、試してみようか・・・
ほら、猫もどきとかドラゴンもどきとかクマもどきとかのチートじみた種族がいるんだから、ひょっとしたら他にもチート種族が居るかも知れないからな。
万が一の遭遇に備えて、慣れておく必要が有るだろ?
などと、どうでも良い事を考えていると、微かに何かの動きが見えた。
数秒後には、何が起こっているのかを理解した。
楓と水木と中井沙倶羅ちゃんの3人が先行して走って来ていた(沙倶羅ちゃんは2㍍くらいの低空を飛んでいるが)。
真正面から接近しているから分かり難いが、ありゃあ時速70㌔くらい出ているんじゃないか?
その証拠に、2人の背後で足の蹴りに合わせて草が跳ね上がっている様に見える。
足の裏からも透明な爪を出せる様になったんだな。
我が娘たちも着実に『私TUEEEEE』化しているな。
1分足らずで3人の表情も見える様になったが、みんな嬉しそうだ。
100㍍まで接近したところで減速に入った。
うん、成長している。あのままの勢いで突っ込んで来られたら、さすがに身体能力強化と身体強化を掛けていても吹っ飛ばされるところだった。
5㍍まで接近する頃には時速10㌔くらいまでには減速していたが、そのまま2人ともジャンプして来た。慌てて身体能力強化を掛けて、なんとか受け止める事が出来た。
「お父ちゃん、来たよー」
「お父-ちゃん、久しぶりー。さびしかった?」
「寂しかったとも。やっぱりお前たちと一緒に暮らすのが一番だな」
「へっへええ。そうだよねぇ」
「すなおでよろしい」
水木、それは誰の真似だ?
そう思った俺は水木の顔を見たが、本当に嬉しそうな顔をしていたので取敢えず頭を撫でる事にした。
お読み頂き、誠に有り難うございます。