第105話 「101日目13時15分」-9月22日 金曜日-
20180627公開
「宮井さん、アイスマンって知っていますか?」
「確かヨーロッパのアルプスの雪の中で発見されたミイラだったかな?」
「ええ、そのミイラです。彼は5,300年くらい前の人物なんですが、結構面白い事実が有るんですよ」
山本氏がそう言って、こちらに視線を向けた。
その間も脚は相変わらず足踏み式ふいごを踏んでいる。
「彼が持っていた斧に使われていた銅製の刃の純度は99.7%だったんですよ」
「へー。なんか5,000年以上前にしては純度が凄く高い気がするな。日本で言うと縄文時代だよね?」
「確か中期に当たる筈です」
「ご先祖様が石器をせっせと作っていた時代に99.7%の純度の銅って、半端無いな」
「僕の記憶によると、現代では最終的に電気を使って純度を99.99%まで高めて初めて銅地金という製品になった筈です。確かにアイスマンが持っていた斧の銅の刃が凄いと言うべきなんでしょう」
「それで、今作っている銅の純度ってどれくらいだっけ?」
「多分80から85%くらいでしょう」
「うーん、今作っている銅合金の方が素材としては上だと分かっているけど、5,000年以上前の純度に負けているっていうのは、意味も無く口惜しい気もするな」
俺もぼやきながらも脚を動かしている。
火を入れてから3時間ほど交代で踏み続けているから、そろそろだろう。
不純物を取り出す為の穴は、もうとっくの前に開けている。
「まあ、大元が純銅より硬い素材の青銅ですから、それだけでも上なんですけどね」
事前に教えて貰った話では、銅器時代にも進化の過程が有るらしい。
自然に落ちてた銅そのものを拾って加工したのが始まりで、次は技術が進んで銅鉱石から製錬した段階。最後にヒ素や錫や鉛との合金の段階。
錫(はんだの材料)との合金は青銅と言って、日本でも鉛も加えて銅鐸に使われていたりした、らしい。
言われて思い出したが、確かに銅鐸の色って緑色という印象だった。
うん、まさかこんな異世界で日本史の勉強をするとは思わなかった・・・
あと、錫石という鉱物もこっちに来て初めて見た。
「今作っている銅も、錫石を10%くらい混ぜていますから、酸化銅鉱石の中に『ミスリル』が5から10%混じっていたら第1次召喚被災者が持って帰った例の短剣を上回る可能性が出るんですけどね」
「そう願いたいな」
政府が兵庫県に在る『SPring-8』で短剣を調べたが、その成分の中に俗称『ミスリル』と言われる未知の鉱物が有った。発表されている限りでは、その短剣には不純物が5%、銅が90%、そして5%のミスリルが含有されていた。モース硬度は7に達する。
銅ベースでそれなら、青銅ベースなら更に硬度が上がるかもしれない。
逆に脆くなる可能性も有るが、何事も挑戦しないと知見は深まらないからやる価値は有る。
俺たちの前には筒型の物体が鎮座している。高さは1.2㍍程だ。ふいごを踏む度に緑色の炎が噴き出ている。
山本氏曰く、大昔の日本でも使われた円筒竪型炉という形らしい。どこかの鉱山のホームページに写真が出ていたのを見ただけなので詳しくは分からないらしいが。
ここに作られているのは、志賀之浦に口伝で伝わっていた炉を再現した物だ。どこまで再現されているかは実際に製錬してみないと分からない。
新堺で試作した飯盒の様な形をした耐火レンガを基礎に、隙間を粘土で埋めて作ったが、強度は大丈夫だった様だ。
円筒部分の中に、水を使って選別した銅鉱石(銅の含有は30%以上は有るだろうという話だ)と錫石を砕いて混ぜた2㌢くらいの粒20㌔分と木炭は10回に分けて投入済みだ。
『ミスリル』は銅鉱石に含有されている可能性が高いらしい。
まあ、第1次召喚被災者が持っていた短剣の製造過程に、わざわざミスリルを入れなかったという話からの類推なので、確実では無いのだが・・・
しばらくしてから、足踏みは志賀之浦から来ている黒ポメ2人と交代した。
汗をかいたので水分補給をしていると、ついに満足したのか、焼物造部頭の大手佐彦が頷いた。
底の方の穴を開けると、オレンジ色に輝く液体がこぼれて来た。
「成功したって事でいいのかな?」
「多分、成功でしょう。大手佐彦、おへむ?」
大手佐彦が頷いた後で、部下たちに指示を出した。
この後は、熱を冷ました後に炉を壊して、明日の朝に炉底にこびりついている銅の塊を引き剥がす作業が残っている。
ここまでの所は順調の様だ。
明日の結果が楽しみだ。
お読み頂き、誠に有り難うございます。
難産過ぎて、いつもより短くなっています m(_ _)m