第101話 「94日目11時40分」
20180611公開
3頭のチビッ子猫もどきは気を失っている親を揺さぶって起こそうとしたが、残念ながら起きなかった。
あっさりと弾き飛ばしてしまったが、あの1発は最後の力を振り絞ったのだろうな。
まあ、俺も召喚直後に空腹を押してブレスを放って気を失う経験をしたので、同じ症状なのだろう。
その証拠に気配からは命の危険を感じる事は無い。
ただ、命に別状はないが呼吸の様子から飢餓だけでなく体調も崩しているみたいだ。
親は3頭と違って、薄っすらとしたベージュという感じの毛色だ。うつ伏せに倒れているから、チビッ子猫もどきたちと同じ様なワンポイントがあるのかは不明だ。
気になるのは、俺たちみたいに色が変わっている訳では無いが、明らかに長い毛が生えている。どう見ても髪の毛だ。
近くで見て分かったが、この親は女性だ。薄茶ワンポイントと同じ様な胸布を巻いているのはきっとそう言う事なのだろう。
ずっと親だと思っていたが、こうやって見るともっと若い様な気がして来た。
猫人種の年齢は分かり難い事は実感していたが(俺自身が他種族の目から見たら成人しているとは思えない外観だからな)、もしかすれば中学生くらいかもしれない。根拠は楓と水木よりは大きく、俺よりは小さい事だ。
まあ、召喚被災者とは成長の過程が違う可能性も捨て切れないが。
3頭のチビッ子猫もどきはどうしていいのか分からないのか、手にした肉に口を付ける事も無くオロオロという様子で揺すり続けている。やはり起きそうに無い様子なので、ゆっくりと近寄って行った。
俺が近付いている事に気が付いた3頭が困った顔をしているが、構わずに近付いて腰を下ろした。
うっかりしていたが、この仔たちに水を飲ませていないからな。
4頭とも飢餓状態だが、喉の渇きもかなり酷い。
森林兎のお肉を食べる前に水分を摂取させておいた方が良いだろう。
腰に下げていた即応用の水筒のヒモを外して蓋を引っ張って外す。
日本でなら、便利なペットボトルが自動販売機の横に置いてある空き缶回収用ボックスに捨てる程有るのだが、当然ながらこちらでは手に入らない。
自然素材で作ろうにも、材料としてすぐに頭に浮かぶ竹筒やヒョウタンの代わりになるモノが無かった。
最終的に何から作ったかと言えば、トリケラハムスターの胃袋だった。伸縮性に優れた上に丈夫で大体500㏄くらいの容量が入る。
原型は志賀之浦製の水筒だが、新堺製は中に塗る闇森特産の樹脂が優秀で味の変化と漏れが少なくなっている。
象人族のヤマさんもお気に入りで、一族で必要な分以外にも50個をまとめ買いしてくれた。渡り歩く先でプレゼントすると喜ばれるからだそうだ。
今日は日帰りなので、1人当たり3本の水筒を持って来ていた。1本はすぐに飲める様に腰にぶら下げているが、残り2本は背負子に入れている。もし野宿予定なら1人当たり10本は持って来ていただろう。
意外な事に和泉大森は飲用に使える湧水が少ない(地下水脈が和泉湖に直接つながっているせいかもしれない)。
そのせいで4頭が水の確保に苦労していてもおかしくない。
飲み口は草原鹿のメスの角を加工している。
水筒の握り具合で水の出る量が調整出来るので、他人から貰う場合は口を付けずに離して飲むのが礼儀だ。
俺は口を付けずに離した状態で水筒を握った。
中から水がピュッと出て来るのを舌の真ん中くらいで受け止める。
これ、慣れていない頃は鼻を直撃したり、喉の奥に当ったりしてむせたんだよな。
視線をチビッ子猫もどきに向けると、『キラキラ』としか表現のしようが無い目で見て来た。
そう言えば、目の色が3頭とも薄い緑色で濃い茶色の瞳孔をしている。
俺たち召喚被災者は全員が金色と黒色の瞳孔だ。
こういう所にも違いが有るのだが、理由は不明だ。
しかし、なんだろう、この懐き具合?
もしかして、俺の事をサンタさんとでも思っているのか?
もう1度、水を少し飲んでから見ると、3頭とも口を開けていた。
鳥の赤ちゃんが親から餌を貰う時に大きく口を開けて待っている図にそっくりだ。
こいつらは俺を萌え死にさせる気満々だとしか思えん。
きっとそうに違いない。
意地悪をして放っておくのも可哀想なので、黒ワンポイントから慎重に口の中に水を飛ばして上げた。
100㏄ほど飲ませたら、次は灰ワンポイントだ。飲み終わった黒ワンポイントがまたお辞儀をした。
その所作は、確実に文化と呼べるものを身に付けていると見て良い。
最後の薄茶ワンポイントに飲ませたところで、親(仮)が身じろぎをした。
チビッ子たちが再び身体を揺すると、仰向けに転がった後で薄っすらと目を開けた。
目の色は黄色に黒色の瞳孔だった。
目の焦点が俺に合うと、驚いて真上に跳び上がった。
うん、猫って驚くと真上に跳び上がるよね・・・
で、着地すると、真後ろに跳び下がるよね・・・
1㍍ほど後ろに着地したが、こちらを警戒して前傾姿勢を取っている。
ワンポイントは無かった。
睨み合いは1分ほど続いた。
≪ち、きゅ、の、ひと?≫
たどたどしいが、ちゃんと日本語に聞こえた。
「ああ、日本人だ。そう言う君は?」
≪お、か、さん、に、ほん、の、ひと、だた≫
召喚被災者2世という事か?
だが、この場にも、周辺にも、4人以外の気配は無い。
第一、彼女は過去形を使った。
「そうか。とりあえず、座った方が良い。身体の具合が悪いのだろう?」
そう言った途端に、親(仮)の腰が落ちた。
チビッ子猫もどき3人が一斉に親(仮)に群がった。
黒ワンポイントが自分の持っている森林兎のブロック肉を差し出した。
受け取ろうとした親(仮)だが、咳が出てしまって受け取る事が出来なかった。
「落ち着いたら、先にこの水を飲むと良い」
ゆっくりと近付いた俺は水筒を渡すべく手を伸ばした。
だが、水筒を受け取ったのは、黒ワンポイントの子だった。
黒ワンポイントが口をアーンとばかりに開けて、親(仮)を見詰めた。
やっと咳が止まった親(仮)が、意図を汲んで口を開けた。
彼女がまともに水を飲めたのは、自分で持つ様に言って直接飲ませた1分後だった。
その頃には口周りがびしょびしょだった。
ちなみに、1分の内30秒は、俺が背負子から2つ目の水筒を出す時間だった。
お読み頂き、誠に有り難うございます。