第9話 「1時間55分後」
20170709公開
楓と水木が京香ちゃんの気配を感じず、その後も全く対応出来なかったのは多分だが未成熟だからだと思う。
そこに俺の本能が教えてくれる事を重ねれば、猫もどきの生態がある程度推測出来るし、今後の事も推測が出来る。
まず、猫もどきは食物連鎖の上位に居る可能性が高い。常に肉食動物に狙われている草食動物は生まれてすぐに立ち上がろうとする。のんびりとしていると食べられるからだ。
それに対して百獣の王と呼ばれるライオンの赤ちゃんは1週間くらいは目さえも見えない。
俺の本能も狩る事に関しては雄弁だが、逃げる事に対する本能が少な過ぎる。
次に、戦力として考えられるのが俺だけという事。
楓も水木も、現時点では自分の種族の武器を把握していないし使えない。
京香ちゃんも性格的なものも有るから期待が薄い。
猫もどきは成長しても大きくならない。
この事はハンデとなる。大きい方が有利な事が多いからだ。
猫もどきはどうやら他の種族とは違う『力』を手に入れて生き残って来た様だ。
今、俺が出した不可視の爪は、ナイフ並みに鋭いし、頑丈だ。
肉食動物が備える生身の爪よりも遥かに武器としては上のランクと考えて良い。
ちなみに、俺のズボンのポケットに入れているマルチツールは本来持ち歩く様なものでは無い。
実際に使ったのは家族でキャンプに行った時だけだ。
家を出る時に持って行く方が良いと何気なく思ったからポケットに入れただけだ。学校に着くまで職質されたら不祥事を起こす所だったが、虫の知らせだったのかもしれない。
まあ、こういう状況では、心強いのは事実だ。
そして、マルチツールには刃渡りが5㌢台の刃物部分が付いているが、俺が今出している不可視の爪の長さは20㌢は有る。
確か、あの熊でさえ爪の長さは10㌢程だった筈だ。
正直、この爪は生身で戦う場合は反則と言っても良いくらいの武器となる。
さてと・・・・・
もう1つの武器を試してから被災者の捜索に移る事にしよう。
自分が出来る事を確認する事は重要だが、遅くなればなるほど危険に晒される児童たちの事を考えると時間を掛け過ぎるのも良くない。
「3人とも、そこから動かないでいてくれるか? ちょっと危険かもしれないからね」
「お父ちゃん、危険て、何するの?」
楓がすぐに突っ込んで来た。
滑らかに喋られる様になったが、本来の声では無い為にちょっと不思議な気分だ。
まあ、元の声より少し高いくらいで聞き苦しくないから構わないけど。
いや、きれいな声と言って良いか? すぐに慣れそうだな。
「それは見てのお楽しみだよ」
「えー。お父ちゃんのケチ!」
地味に精神的なダメージが・・・
もう一度念押しをしてから、3人に背を向けて誰も居ない方を向いた。
標的が在った方が集中し易い気がしたので、50㍍先に落ちている直径1㍍位の丸っこい岩に視線を固定する。
顔の前に『力』が満ちる様に本能の命じるまま集中力を上げる。
十分に『力』が満ちたと判断する前に、腹の底に何かが発生した事に気付いた。
熱くは無い・・・
気が付くと声も出さずに吼えていた。
何かが食道で発生し、喉の奥で変換され、口から吐き出されているのを感じる。
熱くも眩しくも無い。
だが、確かに何かが岩に当たっている。それが証拠に赤い点が岩の上で踊っている。当たったところに沿って煙が出ているが、相変わらず俺自身は熱いと思わない。
1秒か2秒か・・・
更に、これまで以上の『力』が食道に満ちて、一気に放出された。
気が付くと口を閉じていた。
猫もどきに転生したと思ったら、俺は得体の知れない生き物に転生していた。
常識的な生物がドラゴンブレスもどきを口から放てる筈が無い。
岩は直径30㌢くらいにヒビが入って、中心には深さ5㌢くらいの窪みが出来ていた。
完全に人間を辞めている・・・・・
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