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005

 やばい、貴重な水が、涙になって流れていく……

 急いで涙を手で拭い、鼻をすする。

 狼が後ろからゆっくりと歩いてきて、俺の横に並ぶ。

 そして、涙を拭こうとしたのか、頬を舐めてきた。

 だから臭いってば!


 まぁでも心配してくれたんだな、その優しさは受け取っておく。

 ありがとうと心の中でお礼を言っておいた。


 さて……人を探そう、人里を探そう。

 空きすぎて痛くなっているお腹をさすり、痛い頭を手の平でトントンと叩いて紛らわして、痛みを遠ざけるように口からふぅーっと長く息を吐く。


 そして、狼に向き直り、背に手をのせて「伏せ」と命令する。

 今度はちゃんと伝わったようで、きちんと伏せの状態になってくれた。

 狼の頭を撫でてから背にまたがり、頭をぺちぺち叩く。

 それを合図に狼が立ち上がったので、草の生えていない道のようになっている場所を指差し、「あっち!」と声をだす。

 狼はわかったとでも言うように鼻を鳴らし走り出した。


 こいつとは良いコンビになれたような気がする。



 道に辿り着いたら今度は道なりに走らせた。もう辺りは暗くなっている。

 空を見上げれば一面星が散りばめられていた。

 宝石箱をひっくり返したような空っていうのはこういうのを言うんだろうな。

 綺麗すぎる夜空がここは異世界なんだと告げている。


 夜空を堪能した俺は、見上げていた首を正面に戻し、左右に首を振って辺りを見渡す。

 スライムや角の生えた兎、木の棒を持った二足歩行の子犬みたいな群れ、小動物サイズの蜂など、様々なモンスター的存在が見られた。

 それらは狼を見るや否や逃げるように遠ざかっていく。さすがうちの狼、貫禄が違う、走っている時だけ。



 狼の背に揺られることしばらく、遠くの方に外壁と門が見えた。

 門扉は開かれており、門の左右には明かりが見える。そして、門の前には鎧を着た兵士が立っているのがわかる。


 更によく見ると、兵士の頭には二本の角が生えている。明らかに人間ではなかった。

 アニメやマンガなどでしか見たことのないファンタジー特有の兵士に、不安と少しばかりの感動を覚える。


 そして、暗い中、かなり遠くだというのに、はっきりと見える視力にも感動した。兵士の方はこちらに気付いていないようだ。


 たぶん1キロ以上は離れている、更に夜ということで暗い、普通なら兵士側から俺を見つける事は不可能だろう。

 だが、ここはファンタジー世界、これ以上進むと兵士に見られる可能性がゼロとは言い切れない。


 俺は「ストップ」と言いながら狼の背を軽く叩く、それに気付いた狼はゆっくりと速度を落としてから止まり、それを確認した俺は狼の背から降りる。

 そして、狼の正面に立ち、頭を少し撫でた。


「お前とはここでお別れだ」

 何か察するところがあったのだろう、それを聞いた狼の眼が見開かれる。俺には驚いているように見えた。

 そして、狼は俺の体に擦り付けるように頭を寄せてくる。

 狼の頭に付着した血はカピカピになっており、触り心地は正直悪い。

 だが、それでも俺は狼の頭と顎を両手で撫で続けた。


「ここから先も俺にとっては未知なんだ。狼を連れた俺が街に入れるのかどうかわからない。入れないだけならまだマシだな。

 取り囲まれて俺もお前も殺されてしまう可能性だってある。この世界の常識が俺にはわからない。だから、ここでお別れだ。俺のためにも、お前のためにも。今までありがとうな」

 俺はそう言い、狼から手を離した。

 狼にどこまで伝わるか不安だったが、項垂れて森の方へと向き直るその動きを見るに、伝わっているようだった。


 俺はゆっくりと歩を進める狼を見送る。時たまこちらを振り向くその姿は哀愁が漂っていた。


 そんなに長い付き合いでもないのに、喰われかけた事だってあるのに、殺しかけた事だってあるのに、なんでこんなに泣きそうになっているのか。

 たった一日だけの関係ではあったけど、濃密な一日だった、命の危機がある中、あの狼に助けられたし何度も慰められた、好きにだってなる。

 それに加えてあんな寂しそうに去っていくとか、そんなん誰だって泣きたくなる……

 見えなくなるまで見送るつもりだったけど、耐えれそうにない。

 俺は狼とは逆の方向に体を向け、空を見上げた。


 はぁ……これでいいんだよな……本当にこれで良かったんだよな……?

 発散できないモヤモヤとした気持ちが心に残る。


 あの狼は俺に懐いているから安心だ、と説明したところで、他人に害を及ばさないという説明にはなりえない。

 人を簡単に喰い殺せるという見たまんまの事実だけがはっきりとわかり、隠せない。

 人は恐怖心から平気で生き物を殺せる。

 あの狼が人を喰い殺しているところも、目の前で死ぬところも見たくないな。そう考えればこれで間違いはないはず。

 自分にそう言い訳をして歩き出した。

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