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003.血生臭い森の中、狼に出会った

 目の前にいる狼が牙をむき出しニヤリと笑ったように見えた。

 俺は右手に持っていたスライムを狼の顔面目掛けて投げるが、スライムが抵抗したためスピードが出ない。

 狼はそれを大げさにサイドステップで避けると、着地と同時に狼の口からよだれが垂れる。


 嫌だ! 死にたくない! こんな死に方嫌だ、狼に食われて死ぬなんて、餓死より最悪! 狼はすぐに俺を殺してくれるのか!? それとも生きたまま少しずつ食われるのか……

 やだ、やだやだやだやだやだやだやだ!


 俺は恐怖のあまり立ち上がることが出来ない。狼は今にも飛びかかろうと前傾姿勢になり、尻尾は左右に揺れていた。

 俺は反射的に目を閉じ顔を伏せうずくまる。そして、痛みを感じる前に殺してくれるように祈るしかなかった。


 しばらくそうしていたが、一向に衝撃も痛みもこない、途中何か鳴き声が聞こえたような気もする。

 まだ目の前に狼がいるんじゃないかと思うと顔をあげるのが怖いが、このままずっとこうしている訳にもいかないので、何がどうなったか確認するために顔をあげる事にした。


 真っ先に視界に入ったのは、口から血を流し横たわっている狼の虚ろな目だった。

 よく見てみると狼の胴体は前と後ろで真っ二つになっており、そばには狼より少し大きな化物が立っていた。

 その化物はカマキリの上半身にムカデの後ろ半分をくっつけたような姿で、鎌の部分は日本刀のような切れ味を持つのではないかと思わせるぐらい鋭く、体のほとんどが深緑の甲殻で覆われておりテカテカとしていた。


 それを見た俺は正気を手放し悲鳴を上げそうになる。しかし、開けそうになる口をなんとか歯を食いしばって持ちこたえ、襲ってくる吐き気も押さえ込んだ。

 恐怖で体が震えて止まらない。右手で口を抑え、背けたくなる目を化物に向けて隙を伺う。


 化物は鎌を器用に使い、狼を更に細かく切っていた。そのたびに地面を濡らす血の量が増えるのが見える。化物は血に濡れるのもお構いなしに、細かく切った肉に鎌をぶっ刺して持ち上げ、口元まで持っていった。

 狼を喰っている……

 やばい、ここにいたらやばい! 速く逃げないと、速く!

 俺は立ち上がろうとするが腰に力が入らない。

 あれ……? え、これは? どうしよう、どうすれば!? え、なにこれ、やばいやばいやばいやばいやばいやばい!

 いや、落ち着け落ち着くんだ、俺! 立ち上がれないなら這って逃げればいい。ゆっくり音を出さないように逃げれば大丈夫、きっと大丈夫! 大丈夫じゃなきゃおかしい、こんな非現実認められるか!

 俺はうつ伏せになり、咀嚼音を背に匍匐前進で進んでいく。音を出さないように慎重に、そして迅速に。




 体感でかなりの時間匍匐前進していたように思う。ゴスロリの服は所々破けているのか、肌に土のひんやりとした感触が伝わってくる。

 もうそろそろ良いだろうと判断し、うつ伏せの状態から転がり仰向けになる。そして、深呼吸を何度かしたところでやっと腰に力が入るようになった。

 ゆっくりと上半身を起こし、目の前に何もいない事を確認するが、震えは未だに止まらない。


 左手がなんだか生暖かいので見てみれば、全ての指が真っ赤に染まり、流れた血がぽたぽたと落ちて、服を更に汚す。

 恐怖のあまり手を強く握りしめていたため、石が手に食い込んでいたようだった。それを見て、忘れていた痛みが戻ってくる。

「痛い……生きてる……生き、生きて……る……う、うぅ、うぐっ……」

 俺は泣きながら右手で左手の指を一本一本開いていく、そして血で真っ赤に染まった石を右手に持ち替え、優しく握る。何か武器になるようなものを持っていないと落ち着かず、石を手放すことなんてできなかった。


 一つ大きく息を吸って吐き出す。そして、自分に言い聞かせるように呟く。

「逃げなきゃ、光は四つだった。もう一匹狼がいる……こんなところにいたらいずれ見つかる……逃げなきゃ、大丈夫、まだ生きれる……」

 諦めの悪い呟きとは裏腹に、頭の中は諦めの言葉が嵐のように次々と浮かんでは心を蝕んでいた。

 歩きだすも足取りはフラフラで、木に手をつきながら進むのがやっとだった。


 音を出さないように歩くなんて器用な真似、もうできそうになかった。足が思うように動かない。

 自分を騙し、偽りの希望を胸に抱き、それでもとにかく前に進んだ。


 しかし、それも終わりを告げようとしていた。

 血の香りがする。目の前から獣臭さと一緒に近づいてくる。


 あぁもうこれで終わりなのか……

 逃げる気力はもう無かった。


 最初に黄色の光りが二つ見える。そして、次に赤を塗りたくった白い牙が見え、最後に黒い毛並みが露わになった。

 狼は口の周りの血を舐めとるように舌舐めずりをすると、こちらに走ってくる。


 明確な死が迫ってきているからだろうか、死から目を逸していないからだろうか、時間が引き伸ばされていく、思考だけが加速していく。

 もしかしたら、これが走馬灯の正体なのかもしれない。


 なんでこんなことになったんだろう……

 なんで! なんで! なんでだよ! なんで! こんなんどう考えてもおかしいだろ! 無理ゲーにもほどがあるわ!

 クソ! クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!

 誰がこんなところに送り込みやがったんだ! なんで狼なんかに喰われなきゃいけないんだよっ!

 いやだ! このまま何もせずに死んでたまるか! こんなクソみたいな死に方してたまるか! 死んでたまるかああああああああああああ!


 俺は怒りを発散させるように、右手を大きく振りかぶり、血だらけの石を狼の顔面に向かって投げる。一連の行動は投げた俺自身が驚くぐらい速かった。

 飛びかかる段階に入っていた狼はその石を避けることは出来ず、その飛びかかる勢いも合わさり、鈍い音と血しぶきをあげて半回転し、背中から地面に落ちた

 狼はしばらくピクピクと動いていたが、やがて動きを止める。

 俺はまだ自分が生きているという事に、あんなに大きな狼相手に石一個だけで勝ちを収めたという現実感のない結果に、ただ呆然と立ち尽くしていた。


 しばらくして気を持ち直した俺は、狼が本当に死んだのかを確認するため、狼の頭が見える位置に移動した。

 狼の頭のほとんどは血で赤く染まり、右半分は陥没しており、血に染まったつぶれた目が飛び出ている。

 あぁ、終わった。生きてる。ざまぁみろ。ははっ……

「ははは……」

 俺は頬に伝う涙を手で拭い、乾いた笑いを残し、その場を後にした。




 気力は少しばかり回復したが、それでもやはり体力は限界に近かった。

 何も食べていない、何も飲んでいないという状況で、これだけハードな体験をさせられれば仕方がない。

 他よりも太い木を見つけると、その近くに座り、寄りかかった。しばらくここで休もう。

「はぁ……」

 息を吐いて目を閉じる。遠くで聞こえる鳴き声が子守唄のようにも聞こえる。遠くだから安心できた。



 浅い眠りに入り、夢を見る。

 今日は五連休の最終日、何をして過ごそうかと考えながら、だらだらしているだけの夢だった。

 ただそれだけの夢だった、それなのにそれがものすごく幸せな夢のように感じる。このままずっと続けばいいのに……



 しかし、それはそう長くは続かなかった。

 何かを引きずるような音がかすかにする。意識が現実に引き戻された。


 目を開いて辺りを見回す。すぐに音の原因を発見した。

 今の俺の体であれば丸呑み出来そうな程大きな蛇が、舌をチロチロと出し、視線を俺から外すことなくスルスルとこちらに近寄ってきていた。

 近寄る速度はそこまで速くなかったため、焦りもせず逃げるために動こうとする。


 だが、その考えはこの森で生きるには甘すぎた。


 え? あれ? 体が動かない! また腰でも抜けたのか……

 腕も動かない……手も動かない! 足も、どこも、動かない!

 え……動け! 動け! 動いてくれよ!

 声も出ない……大蛇から視線を外せない。

 涙だけはとめどなく溢れてくる。


 なんで……俺、頑張っただろ……

 頑張ったのに! 狼だって倒した! 頑張った結果がコレとか、蛇に丸呑みされる……とか……

 やめてくれよ! 嘘だろ。嘘に決まってる、まだ俺は夢を見ているんだ、絶対そうだ!

 嫌だ、生きたまま消化されて死ぬとか嫌だ、それだけは嫌だ、狼に喰い殺されてもいいから! それだけは嫌、嫌、やだああああああああああ!


 大蛇は俺の気も知らずに近づいてくる。スルスルという音を立てながら。

 チロチロと出したり閉まったりしている大蛇の長い舌が俺の頭に当たる。それぐらい近づいたところで止まった。そして、大蛇は顎の関節を外し大きく口を


 開けようとしたところで、目の前から消えた。


「あっ……う……あ……」

 声にならない声が俺の口から漏れる。

 大蛇の視線から逃れたからだろうか、体に自由が戻っていた。

 ただ精神的な問題で、まともな声がでない。


 大蛇はどこに行ったのかと視線を彷徨わせる。

 滲む視界が黒と黄色の斑模様の大蛇と、黒に所々赤と白が混じった影を捉えた。

 影からチラリと見える白色が大蛇の首に突き刺さっているようにみえる。

 大蛇はもがき苦しんでいるようだった。影に絡みつこうとジタバタしているが、上手くいっていない。

 骨が削られるような、砕かれるような音がする。大蛇の動きが少なくなってきた。


 そして、大蛇は完全に動かなくなった。影は大蛇をドサっと落とす。白色からポタポタと赤色が落ちていた。


 影がこちらを向き近づいてくる。死角になっていた影の左半分が見えた。

 黄色の光が一つだけ灯っている。その周りは真っ赤だった。

 そこでやっと働かない思考でも影の正体が掴めた。


 さっき俺が殺したはずの狼だ。

 なぜか陥没していた頭は治っているけど、間違いない。

 俺に復讐しにきたのだろうか……

「は……あ……」

 息を吐くも喉につかえる。

「も……い、い……かっ……てに……して……」

 俺はそう言って、目を閉じ意識を投げ捨てた。

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