第零章5 『人形の片足』
こちらの世界で魔女狩りが行われていた頃、あちらの世界ではそれと全く反対のことが起こっていたとナイトは推測する。それはつまり、神機師を狩るような出来事。そんな彼の推測は大体的中しているのであった。
「そうですね…、あっ、ありました!異端審問が…」
推測通りすぎて逆に怖いと自分でも感じていた。しかし、その方がお互い話が進めやすいというもので、ナイトはあっさりと理解できた。
「だいたい俺の中でまとまった。これは俺の予想だが、おそらくその時にお互いの世界に魔法とカラクリっていう概念が漏れたんだ。それなら筋が通る。」
ナイトの推測は、思わず頷きたくなるほど的確だった。その推測にザークは、
「そういうことだったんですか!やっとモヤモヤが消えた気がします!」
と、嬉しそうに語る。お互いの理解は、十分な程に達していた。ナイトも、それ以上気になることはないようで、自分の推測に酔いしれていた。
しかし、そんな空気すら読まずに、『ところで、』とザークが繋ぎ話しだす。
「さっきからずっと気になっていたんですが、その右足はどうしたんですか?」
彼の口から放たれたこと、それはナイトの右足について。その言葉を聞いて、ナイトは唖然としていた。
ナイトは右足を三年前に失くした。リハビリを続け、ようやく義足で自然に歩けるようになり、傍から見たらわからない程度まで回復した。だから、彼は杖もついていなかった。しかし、走ることはできなかった。でも彼は、陸上の道を諦めてはいなかったため、毎日基礎トレーニングを欠かさずに行っていたのだ。
彼が唖然としたのは、彼の発言があまりにも無神経だったから、ではなく彼に自分の右足が義足だと見破られたからである。彼と出会ってまだ一度も疑われるような行動はしていないという自信が、どこからか湧いてくる。そんなナイトは、その自信を糧に、ザークに疑問をぶつける。
「お前、なんで俺が義足だってわかったんだ?」
「それは…その…魔力の流れがですね…右足だけ途切れていたので…」
彼の返答はいまいち意味がわからなかった。なのでそのまま言葉にする。
「は?意味わかんねーよ。なんだよ魔力の流れって」
「魔法を放つための力ですよ。魔力は基本、体の中を循環しています。ナイトくんの体にも魔力は循環しているんですよ」
彼の言葉をそのまま捉えると、それはまるでナイトも魔法が放てるように聞こえた。そして、ここで生まれたもう一つの疑問をナイトはぶつける。
「魔法使いってぇのは、みんな魔力の流れが見えんのか?」
「おそらくですが、僕だけです」
突然の自己専用能力持ち宣言に、ナイトはまたも唖然とする。そして、ザークが、ナイトの右足が義足だとわかった理由がなんとなく理解できた。と、そんな時である。ザークから『少々無神経かもしれませんが、』と一間置かれ、
「どうして右足を……?」
と、あからさまな質問をされた。
「-----」
ナイトは急に黙り込んで、何も話さなくなった。否、話せなくなった。そして、表情がだんだんと強張っていく。閉ざした記憶が、フラッシュバックして蘇る。
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少年はそこに倒れていた。辺りは真っ暗である。右足は既に失くなっていた。その暗闇の匂いは、嗅ぎ覚えがあった。オイル臭い工場の跡地。そこに倒れていたのは、少年と数人の子供たちである。
耳元で奴の声がした。
「ふ、面白い。お前に賭けてみよう」
と。
忌々しいその声は、ナイトの記憶に焼き付いていた。ナイトの右足は、奴の手によって奪われた。だが、右足くらいなら良かったと思っている。奴が奪ったのは右足だけじゃない。
---『生きる理由』さえも、奪ったのだ。
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姿見に腕を、そしてその上におでこを付けて俯いている。気付けば少し涙が溢れていた。昔のことを少しだけ思い出していたようだ。ポタポタと流れる涙は、ザークと初めて出会った時とは比べものにならないほど、人間らしく純粋であった。
「やはり少し無神経でした。ナイトくんの気持ちも考えないで。…すみませんでした…」
涙を流すナイトに、ザークは少し気を遣っていた。先ほど自分がされたように。そんなザークの行動が気に食わなかったのか、ナイトは少し強がった。
「大丈夫だってば。それに、お前に慰められる筋合いはねーぜ!」
返答をするナイトは、やはり強がっていた。だが、その強がりの中には、ザークに対する感謝が込められていることも感じられた。
だが、やはり辛い記憶は消えることはない。ナイトの心には深く刻まれた悲しき事柄だ。だから、そんなナイトは反射的にため息をついた。そして不意に、心の奥底の真の心を口に出す。
「やっぱり、『魔法』が使えればあいつを救うことだって……」
ナイトには、悔いがある。その言葉は、ザークを呼び寄せた時と似ている言葉だ。しかし、何も考えずに出た言葉がこれなら、これが彼の本当の願いだ。
そして、やはりそれは起こった。彼の心に反応したかのように、触れていた姿見が突然光を放ち始めたのだ。それには流石のナイトも驚いたようで、
「な、なんだよこれ。おい、どうなってやがんだよ!」
と、口から出せるだけの驚きを放ち続けた。そして、光に飲まれるようにしてあたりが真っ白になり、やがてその光は消えた。
そして、彼は気づくのであった。
「鏡の中に…俺の部屋だと………………!?」
そう、白井騎士(18歳)は、異世界に迷い込んでしまったのだ。
今、物語は始まろうとしている
誰かのための物語が
運命に抗う物語が
今、ここから始まる---------------
ようやく序章の零章が終わりましたね!
いやー序章にしては長かった!いよいよ第一章スタートです!