第零章3 『カラクリ』
--「お前は一体何者なんだ?」
彼の疑問は言うまでもなかった。今まで彼らは、お互いの素性すら全く分からないまま会話をしていたから。彼らにとってのお互いの情報は名前のみ。疑問が生じても無理はない。
そして、その疑問に対しザークは、
「正直僕もそれ、ものすごく気になってました。あなたが何者なのかって」
と、ナイトの質問に対して答えることなく、自らの疑問を吐露した。そんなザークの言葉にナイトは少々怒り口調で聞き返す。
「おい、俺の質問の答えになってねーぞ。お前が疑問に思うことくらいわかる。けどそれは後で俺からも説明してやっから、まずはお前が説明しろや。」
「…すみません。説明します…」
ザークはため息をついて、ナイトはが知りたがっていることを話そうとしていた。しかしザーク自身、ナイトの態度が少々気に入らないようで、話出そうにもそんな気分になれないでいた。
話しださないでウジウジとしているザークの姿を見ているナイトは、さっき思ったことと同じことを改めて思い、ついには口に出していた。
「やっぱりコイツ、めんどくせぇ…」
「…え?」
「…ッチ、何でもねーよ。それよりさっさと説明に入ってくれ」
ナイトの言葉一つ一つには、何か苛立ちのようなものが感じられたが、ザークはそんなナイトの反応を軽く受け流しながら説明を始めるのだった。
「…わかりました。では説明を始めましょう」
「おう」
「僕はアルテミス領立第三魔法学校のグラムの一人です」
ザークの言葉には謎がかったものがいくつかあった。まず一つ、魔法学校。そしてもう一つ、グラム。そんな謎めいた言葉を前にして、ナイトにとって反応しない理由はなかった。
「お前…まさかとは思うけど、魔法が使えるとか言わねーよな?」
「えぇ、一応使えますよ。一応ですけど」
「やっぱり魔法使えちゃうのか」
正直信じがたい話ではあるが、ナイトは若干の疑いを隠してその話に納得した。無論、鏡に映る自分そっくりの奴が話しかけてくる時点で現実離れしているため、最早何が起きても動揺することはなかった。若干の疑いを晴らす証拠となるものはないかと、ナイトは辺りを見渡し一つため息。
しかし、そんな一息もつかの間、鏡の中に理屈では説明できないものを発見する。明らかに宙に浮いている謎のオブジェがある。形は全く違うが、あれは確かに地球儀だ。彼の直感がそう囁く。そして、それを言葉にして問う。
「あの浮いてる…クリスタルみたいなのはなんだ?地球儀か?」
「チキュウギ…と言うものはよく分かりませんが、あれは浮遊水晶型大陸図です。こちらの世界の地形が明確に記してあるんですよ」
「やっぱそーゆー系のヤツね」
自分の推測があながち間違っていないと確信し、ナイトは少し嬉しかった。だが、例のそれが浮いている原理がわからない。だからこそ、魔法を信じざるおえないような気もした。だから、あえてそこについては質問しなかった。その時、ザークからも質問が返ってくる。
「さっき言っていたチキュウギって何ですか?」
「お前がさっき説明してくれたその、ファントマーティカだっけ?それとほとんど同じようなヤツな。でも浮いてないけど」
ナイトのその回答に、ザークは納得するように首を上下に振り頷いた。
ここで、話をまとめる。ナイトの昔の頃とよく似た顔立ちの少年、名前をザークというこの少年は、魔法学校の生徒であるということ。ザークの世界では魔法が存在するということの二点がザークの口から説明された。
ナイトにとって、ザークという存在は、なんとなく納得がいった。が、ザークとしてはまだ山ほど疑問が残っているようで。今までの話に節をつけるように『それでは、』と繋げるザーク。とうとう俺の番かとめんどくさそうに思っていると、
「次はナイトさんおねがいします」
と、後押しをし、ナイトからの了承すら待たずにナイトに説明を始めさせようとした。そんな彼の態度にイラつくナイトであるが、今更そこにツッコんでも面倒なだけであるから、ナイトは苛立ちを隠しながらあえてスルーした。
「俺は東部高校理工学部3年の白井騎士…って、名前はさっき言ったか」
学校名を名乗ると共に、流れでまた名前を名乗ってしまう彼の顔は、照れ隠ししながら少し頬を桃色に染めていた。しかし、そんなことは全く気にしていない様子のザークは、ナイトの発言に対して質問を投げかけた。
「コウコウ?それはなんですか?」
彼は、高校というワードを知らないようだ。彼の世界に学校という概念が存在することは、先ほどの話で理解できている。しかし、学校の種類について、細かいことがこちらの世界と色々と異なっているのだろう。げんに、彼の発言にあったグラムと言うものも、いまいちはっきりしていない。だから、彼が疑問に思うのも無理はないのだ。
「高校ってのはなぁ……要するにこっちの世界の学校の一つだ。まぁこっちの世界にゃ魔法学校なんかはねーけどな」
「さっきから気になっていたのですが…、そちらの世界には魔法が存在しないのですか?」
ザークにとって、魔法とは存在して当たり前の概念。しかし、ナイトにとっては存在することに疑問を抱く現実離れした概念。
ここからわかることは、お互いの世界に存在する理論、文化、秩序、概念、それらが全く異なると言うこと。ナイトの世界では、魔法は理論上あり得ないとされている。また、それを信じるものは異端視され続けている。だが、ザークの世界ではそれが全くの逆なのだと、改めて感じる。
「まぁ…、存在はするんだけど、使えるやつなんて一人もいないぜ?げんに、魔法とかそういう類の話になってくると、こっちの世界じゃ頭おかしいだの厨二病だのって、色々と冷たい目で見られんだよ」
「不便じゃないんですか?魔法が使えないと」
彼からズバリな質問をされ、一瞬背筋が凍りついたが、気を取り直して話を続ける。
「不便じゃない…って言ったら嘘になるけど、別に困ってはねーよ?これは俺の予想なんだけどさ、
そう言うと、ナイトはポケットからスマホを取り出し、彼に見せつけながら話を続ける。
そっちの世界じゃこんなもんねーだろ?俺たちにはな、魔法と並ぶくらい便利な道具が山ほどあんだよ。だから別にそこまで不便じゃねーし困ってもねぇ」
そう言うと、ナイトはとてつもないニヤケ顔でザークにしてやったりと言わんばかりに彼の方に面を向けていた。ナイトとしては、ここでザークから『すごいですね!なんですかそれ!?』などの言葉が感動とともに飛んでくると思っていた。しかし、彼はそんな予想とは全く違う反応を見せた。
「やっぱり神機は存在したんだ………!!」
そう話す彼の表情は、先ほどまでの薄っすらとした笑みも消えて、次第に無表情になっていった。その無表情のなかに浮かぶ瞳は、涙で潤んでいるようにも見えたが、ナイトはそれに気づいていない。そしてその無表情がだんだんとくしゃくしゃになっていったと思ったら、今度は俯き何も話さなくなった。
「なんだよ急に」
と、少し笑い口調で問う。ザークが驚きと感動による反応を見せると予想していたナイトは、彼のその行動を、『予想していた感情』によって言葉に表せなくなっているのだと思っていた。
俯く彼の瞳から、輝く雫がこぼれ落ちるのを見るまでは。
「グスン……よがっだ……やっばり……グスン…あっだんだ……グスン…」
彼のその言葉は、涙でグチャグチャだった。しかし、そんなふうになるほど、彼にとっての『カラクリ』という存在は、非常に大きいのだと悟った。
そうなるきっかけは、あえて聞かないようにした。それがナイトなりの優しさであり、気遣いであったのかもしれない。
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涙を流すザークを優しく見守っているうちに少しの時間が流れた。流石のザークも、いい加減落ち着いてきた様子だ。
「そろそろ落ち着いたか」
「あのえと、僕……」
「大丈夫。それ以上言わなくていい。俺だって泣きたくなる時くらいある。そんときゃ我慢せずに泣けばいい。だからもう何も言わなくていい」
ナイトは彼を慰めた。以前自分がされたかったことを、彼はザークにしてあげたのだ。そんな彼の慰めの言葉は、ザークの心にもしっかりと届いたようで、
「……すみません。…ありがとう……ございます………」
と、謝罪と感謝の言葉を述べる。涙で埋もれていた彼の表情は、先ほどと同じ薄っすらとした笑顔を取り戻していった。
先ほどにもあったが、ナイト自身、こちらの世界とあちらの世界では全てが全く逆なのだと感じている。それを踏まえた上で考えると、こちらの世界での魔法はあちらの世界でのカラクリ、つまり、カラクリはあちらの世界では異端視される。要するにカラクリによってザークが過去に何か心に傷を負ったのかもしれないとナイトは推測した。しかし、そんなことを口に出してもザークを余計傷つけてしまうのは容易にわかること。それをわかっていた彼は、あえてそのことについて詮索しなかった。
ナイトの世界においてカラクリとは、行動の全てがあらかじめ決められた機械のことを指す古い言葉である。しかし、ザークのいうカラクリとナイトの知っているカラクリとでは何らかの違いがあるのではないかと思うのであった。「そんじゃー、改めて。」と繋げ、
「『カラクリ』って…。お前こういう類のやつ知ってんの?」
先ほどよりも強くスマホを見せつけながら、ナイトは再び聞き返す。
「見るのは…初めてです。実際こちらの世界には存在しませんし。でも知ってます」
「存在しないけど知ってるって…、いまいち言ってる意味がよくわからねーけど。何で存在しないものをお前は知ってんだ?」
ナイトは、ザークの話の中での矛盾を問い正す。存在しないものを知る手段など存在しないはず。そう考えたための質問である。
「およそ10年ほど前の話です。親友に連れられて魔導館を訪れたのですが、その時に誤って立ち入り禁止の区域に入ってしまいまして。そうとも知らずに本を探していたんですが、その時手にとった本の中に見慣れない言葉がありまして。気になってそのまま調べていくと、『かつて消滅した技術:神機』と示されていました」
彼の話の中には疑問に思う点がいくつかあった。が、そんな疑問すら関係なく、彼はどんどん話を進めていく。
「カラクリと共に、キカイという言葉も示されてはいましたが、正直よくわからなかったのでそれ以上調べるのはやめました。ですが、カラクリを実際に実現できたら………」
「ハイ終了。長くなりそうだから。聞いてて疲れてきたし」
彼の感情のこもった話は、ナイトにとっては馬の耳に念仏で、むしろ興味どころか疲れを引き寄せたらしく、それが耐え難かったようだ。そんな彼の対応にザークは、ムスッとした顔で反応する。そんな彼にナイトは、先ほどの話を端的にまとめて、自らの理解を証明しようとする。
「要するにカラクリのことを本読んで知ったから興味が湧いて、んでそれを実現させたかった。だから知ってるってことだろ?」
「……まぁ…、そういうことですが…」
的確な彼の言葉に、ザークは少し不満げそうに答えた。彼としてはまだ話し足りないのかもしれないが、グダグダと話を聞いていても拉致があかない。しかもめんどくさい。そんなことをナイトは考えていた。そして、ナイトは質問を続ける。
「んで?お前の世界にはカラクリの存在を知ってる奴は一人もいない、と。でもだとしたらお前よくそんな本見つけ出せたな」
「正直僕も、なぜあんなものがあったのか疑問でした。カラクリという言葉すら知られていないのですから、いったい誰がなんのために残したのか…」
無いものが記された本、それが意味するものはナイトにも分からなかった。しかし、それを自分の世界に置き換えて考えたら、なぜ自分の世界に魔法という概念が存在するのか、ということが引っかかった。
そんなことを考えながら、自分の記憶を遡っていく。神話、科学論、小説、そして歴史。
己の歴史に関する知識を、隅々まで思い出していく。その中の魔法に関する事柄を一つ一つ舐めるように確かめる。そしてある事柄に手をかけた時、一つの結論に至った。
「魔女狩り、か…」
記憶の片隅に置かれた世界の歴史の一部。彼は己の記憶と共に、忌々しい世界の過去を思い出していた。