第零章1 『早すぎた目覚め』
--生…きて…。
いつも通り目が覚める。そう、いつも通りうなされて。ベッドには黒髪で、いかにも寝不足そうな顔つきの、目の下にクマのある男が横になっている。
朝日がやけに眩しい気がした、が、多分気のせいだろう。日々の日常があまりにも変わらなさすぎるから、何か変化を見つけたいのだろう。
だが、特にこれといった変化は起きることはなく。
「まだ9時じゃねーか。二度寝…いや、寝れねぇわなぁ…。なんで目ぇ覚めたんだろ。昨日はほぼオールでゲーム三昧だったのに、いつの間にか俺って健康的な生活に戻っちゃってたりするのか?」
--それは断じて否である。
いつも通り、テレビゲームや漫画、ラノベに浸る日常。本当ならば学校に通って勉学していなければならない年齢なのに、いつも通りのダラダラひきこもり生活に明け暮れる日々。
「んなわけねぇか。まぁ3年もひきこもりやってりゃ、たまには生活に変化が起きてもおかしかねぇわな」
今の黒髪の男の発言には、少々間違いがある。『3年』という発言があったが、実質は2年と2ヶ月程度である。だが、彼のひきこもり生活の始まりは15歳の終わり、要するに中学校の卒業後すぐにということである。そして今の彼は18歳になったばかり。
年齢から逆算したのだろうが少々あさはかであった。
「まぁそれはよしとして、今日って月曜日だっけ?」
スマホのカレンダーを簡単にチェックし、
「やべ、やっぱそうじゃんか。ラノベ買いに行かねーと!あぁーでもめんどくせー。けど、『パラドックスワールド』の続き気になるしなー。……しゃーねぇ、よし!俺様いっちょコンビニに降臨してきまっか!」
訳の分からない台詞を残して、黒髪の男は重たい足を持ち上げて、コンビニへと向かうのだった。
先ほどの彼の発言にもあったが、巷では『パラドックスワールド』というラノベが流行っているようだ。
彼が外出を図るのは、今回のラノベ購入という理由一つである。ほとんどの食料は家にある菓子など。それを彼はひとりで食いつぶしてしまうのだ。だからほとんどが屋根下生活。完全に引きニートである。
コンビニに到着、だが彼は入店を少々ためらっている。ラノベが買いたいと思う以上にそれを引き止めようとする何か。その理由は---
「なんでいるんだよ、よりにもよってあいつが…。しかもこんな時間に、教師っていう立派な仕事があるんじゃねーのかよ…、クソが」
それは彼が今までの人生で一番会いたくない人物だ。彼をこのような状況へと導いてしまった張本人。中学時代の担任、『麓山』である。
彼が麓山に気づいて、じっと睨みつける。その視線を察したのか、コンビニの入り口の外に立つ俺の方に目を向けた。そして麓山は『はっ!』というような驚いた表情を浮かべ、彼から目をそらす。しかし、そらしはしたがやはり気になったのだろう、もう一度見返して今度はこちらへと近づいてきた。そして退店とともに彼に「白井ー!」と声を掛けて、
「おまえ今何をしてるんだ?先生心配だったんだぞ。突然学校にも来なくなって、卒業式くらいしか顔出さなかったじゃないか。高校にも行ってないそうだし、それがおまえのしたかったことなのか?」
--おまえのせいなんだよ!………!!
この男から発せられた過去の言葉が、白井と呼ばれる男の脳裏を過る。憎い、憎い、憎い、憎い。悲しい、苦しい、辛い。あの頃の負の感情とともに奴に対する卑劣なる怒りとなって蘇る。
この男に彼の何がわかるというのだろうか。過去のこの男の言葉は、彼の心を閉ざしてしまう原因の1つだというのに。やはり2年と少し経っても、この男の『人をわかろうとしない態度』は変わることはない。
そんなことを黒髪の白井と呼ばれる寝不足顔は思うのであった。
そして、蘇ってきた負の感情が、今の彼の表情、行動、言動に現れ、
「だれ?てメェ、」
「----ッ⁉︎」
「今更先生面とかマジないっすから。俺、一生恨むんで。」
「----」
「用がないんならどいてくれますか?俺コンビニ入りたいんですわ。てメェに関わってる暇ないんで。」
「おいちょ、待て!ナイ………!」
会話の途中であったが、軽く舌打ちをし、彼は突っ切ってコンビニへ。そしてその男は『はぁ…』とため息をつきながら彼を追うこともなくどこかへと消えてしまった。
麓山が『ナイト』と呼んだ気がする。ずっと白井と呼んでいたのに、突然で相当慌てたのか。奴の慌てふためく様子が思い浮かぶ。それを考えるだけでいい気味だとも思っている。
そういえば奴からナイトと呼ばれるのは初めてではないような気もするが…、思い出すだけでも無駄だと感じたようで、彼はそれ以上は考えるのをやめた。
苛立ちを隠しながらコンビニで目当ての物を購入し、早足で家へと向かう。無論、さきと同じようなことが起きないようにするために。
「今日は厄日だ。ちきしょー。思い出すだけでイライラしてきやがる。マジでうぜー、クソが。また思い出しちまったじゃねぇか…」
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家に着いても、さきの酔いはさめず、それよりかもっと増したようにも思えた。
俯き、ポタポタと涙を流すその姿は、いつものナイトからは考えられない姿である。普段のナイトならば、何に対しても無感情、無関心であったのだが、そうなる前のナイト自身の感情が、麓山との再会という実に最悪な形で蘇ろうとしたのかもしれない。
--人間の皮を被った無感情の人形。
ナイトの存在は、もはや人形のようなものであった。だが、2年と少し経った今ではどうだろう。悲しい、苦しい、辛い、憎いといった感情が湧き出してくる。やはりナイトは人間なのだ。
『あの時、俺ならなんとかできたんじゃないのか。なんで目の前にいながら、何もできずにただ倒れこんで、ただ叫ぶだけだったんだろうか。……あの時、あの瞬間にユキを救えたのは俺だけだった。でも俺は………救われちまった』
心の内で、秘められていた何かが爆発する。ナイトは自分で自分をひどく追い詰めていた。あの時、あの瞬間に感じてしまった辛い気持ちを、負の感情を、自分の所為だと責め続けた。そして、
--「俺に力があれば、『魔法』とかが使えれば、何か変わったかもしれない…」
ふと、口からこぼれ落ちた言葉。ナイトにとってはほんの些細な言葉なのだろう。追い詰められた心を逃がすために、自分が非力であったことを今となって再び見返す。そして、その力を無意識に、具体的に魔法と置き換えていた。それは、ナイトがマンガやラノベにハマっているからこその自然な発想転換なのかもしれない。
だが、その言葉は、ナイトの考えていることとは全く別の、想像を絶する結果を生む。
「…………なたは……れですか………?」
目の前には、ナイトそっくりの顔立ちで、白髪の少年が鏡の中に立っているのが見えた。