次章前座 『灰色の街』
――また、ここか……。
俺はまたこの場所に立っていた。真っ暗で何もない空間。澱んだ空気で息苦しいこの空間。今度こそ俺は死んだのか、俺はそう思い込まされていた。
衝撃的だったのは異世界に来てしまったこと。しかしそれ以上に衝撃的だったのは、犯人が担任だったということだ。ただ、俺があいつに殺されてしまったと考えると少々しゃくだと思う。
前に来た時の記憶をたどり、俺はゆっくりと前進する。手掛かりとなるものは一つもないものの、一種の野生の勘というものを頼りにしている。俺自身、勘には自信のある方だから、と自分に言い聞かせてとにかく進んだ。
暗くよどんだ空気。そこに見える景色は、俺のかつての心の中を物語っているかのようだった。しかし、以前のように、そこの中に一つの輝きが見え始めていた。
「元の世界で最後に見た夢に似てんな」
俺はあの時と同じように、光に向かって走った。
ふと気が付くと、そこは今までからは考えられないほどの白世界で、空気先ほどまでとは違い清々しい。
空間は、多少の黒さを含んでいるものの、灰色掛かった混沌だ。言葉で言い表すのは難しいが、その空間は「感情の全て」を含んでいるような気がした。
白い空間、暗闇の空間、そしてその二つが混濁した灰色の空間。その世界は不安定で、俺の進むべきゴールは、光を目指していたさっきまでの俺とは違い全く分からないモノになっていた。
「うぅ……、吐き気がする……」
いくつもの感覚が次々に襲い掛かるこの曖昧な空間は、俺の心と体を少しずつだが蝕んでいった。この感覚は、魔力を使い果たした時の感覚に似ていた。俺はそう思っていた。
意識が遠のいていく中で、ふと視界に飛び込んできたものがある。それは、床にしゃがみ込み涙を流す白髪の少年の姿だった。
『嘘つき! 嘘つきウルゲイン!!』
『ペテン師やろうが! このオオカミ少年!!』
『異世界? カラクリ? そんなものあるわけないだろ。何バカなこと言ってんだよ頭おかしいのかよ嘘つき野郎が!!』
ふと頭に響いたその声は、俺に対する言葉ではないのはすぐにわかった。そしてそれと同時に、しゃがみこんだ少年と、この白だったり灰色だったりする空間の意味がようやく分かった。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……」
「嘘なんかついてないもん……。全部ホントのことだもん……」
ここは俺の心の世界やザークの心の世界が混ざり合った死境の世界、『灰色の街』なんだと。
――なんだよ、まだ何もないじゃんか――
そして、その時の俺はまだ気づいていなかった。俺たち以外にもう一人、この街に迷い込んでいる存在がいたということを――。