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二人で一つの物語  作者: 雨白狐
第一章 縛りと影
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第一章21 『運命は繰り返される』


 空気の境目がなくなったとき、彼らを包んでいた物体干渉ワームの壁がいつの間にか消えていた。



「なんや!? バリア消えたぞ!?」


「風が……冷たい……」



 壁によって遮られた空気がやっと肌にあたり、今まで感じなかった風や温度を感じる。そしてその香りは、先ほどまでと何ら変わらない血なまぐささが漂ってくるのを肌で感じていた。


 壁が消えたことに意識を奪われていた彼らは、ナイトがものすごい勢いでフォートに飛びかかっていったのを見ていなかった。だが、結局彼らは振り向くわけで。風を切る音、それが彼らを振り向かせたためか、セフィアはおろか、ラッシーまでもがナイトの狂気がかった拳の連撃に言葉を失っていた。



「ザ、ザークが……、ねぇラッシー……」


「ワイらが動いたところでザークに迷惑がかかる。せやけどあいつの魔法が何の理由もなく唐突に消えるとは……あいつ相当弱っとる」


「じゃあやっぱり……!!」


「アカン!! 今ワイらが行ったところでザークに余計な気を張らせてまうだけや。せやからザークが言った通りワイらは待つんや」


「…………」


(それに、この戦いには……ワイらには手出ししたらアカンような……男の因縁のようなものが感じられるんや。やから男同士の戦い、決着のジャマはしたらアカンと思う。ザークの親友としてな)



 力による威圧、圧倒感。それらがナイトから感じられる。だが、それらのすべてに善意ではないなにかも感じられるため、彼らはその光景に恐怖を覚えるのであった。

 繰り返されるいびつな打撃音。それをも上回るかのように、フォートの笑い声が響く。



「ニヒ……ニヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」


『てめぇがその名を語るんじゃねぇ』



 ナイトが拳を引き、今まで以上に力を溜め、強力な一撃を繰り出そうとしているのがわかる。だが、その時にはすでに遅く――。


 強い音だ。何かが砕かれたような強い音。瞬間的に音のした方を向いたが、初めはなんなのか理解ができなかった。だが、過酷なる現実は待っているわけでもないのにやってきてしまう。


 頭上からは瓦礫の塊、そしてフォートは『してやったり』と言わんばかりの不気味なにやけ顔。そこで『そうか、オレははめられたのか』と、ようやく気付くもそれはすでに遅かれしこと。


 それを後ろから見ていたラッシー、セフィアはおそらく『ヤバい』と感じたのだろう。二人の声が一瞬聞こえなかったから。だが、オレの予想も半分しか当たらないものなんだなと、後々思わされることになった。



「ヤバ……」



 ラッシーが唐突に口を開く。しかしその声はとても小さく、絞り出したかのようだった。一瞬の出来事に危険を感じたんだろう、無理はない。だが――。


 ラッシーが天井から視線をセフィアの方へ向けようとしたとき、すでにそこには、セフィアの姿はなかった。



 一瞬何が起こったのかわからなかった。オレの体は宙を舞い、それと同時に天井の瓦礫が山のように積み重なっていく。



(なんだ? 何が起きた? オレは潰されたんじゃ……?)



 地面に強く叩き付けられる。砂埃が酷く、周りが見にくい。それと目がいたい。

 右足に痛みを感じ、ふとのぞき込むと、瓦礫の破片が突き刺さっていた。傷は深く、もう少しで貫通してもおかしくないくらいだったが、体中傷だらけのナイトにとっては、足が持ち上がらない程度の違和感しかなかった。


 最後の瓦礫が地面につき、その衝撃で辺りの砂埃が吹き飛ぶ。そして周りがよく見えるようになり、ナイトは目を擦りながら今起きていることを把握しようと努めていた。そう、最悪な現状を――。



『うそ……だろ……』



 埃が晴れた瞬間、目を奪われるところがひとつ。そこを一目見ただけで、なにがオレを突き飛ばしたのかがすぐにわかった。

 瓦礫の山は、おそらく2m近く積もっている。重さもそれなりにあるはずだ。だが、問題はそこじゃない。

 瓦礫の隙間からヒラヒラと舞う赤い髪。その下からは、流れ始めたばかりであるとすぐにわかるような鮮血が。それは紛れもない、



『おい……、セフィア……?』



 ザークが愛した人のモノだった――。


 慌てながらも、その崩れた瓦礫のもとへと身を寄せ、ゴチャゴチャと鋭利な岩や瓦礫をあさった。片足は動かない。が、それでも彼は無理やり引きずりながら少女の姿を模索した。

 瞳の色は、いつの間にか黄金色からもとの紅へと戻っていた。爪は剥がれ、皮膚は爛れ、少女の鮮血と彼の鮮血が混ざり合っている。



『セフィア!! ……おいセフィア!!』



 いくらかき掃っても瓦礫の中からセフィアの顔が出てくることはない。また、かいてもかいても上から雪崩のように更に瓦礫や岩が降ってくるためきりがない。だが、岩の隙間から微妙にはみ出した赤い髪の毛をたよりに、彼はひたすらにかき続けた。少女の名を叫びながら、返事を待つように。


 しかし、彼を襲う脅威の存在を彼は一時的に忘れているのであった。



「……はぁ……やれやれ……。危ないところでした」



 もはや聞き慣れた嫌味な声が、あたりに響き渡った。



「いやぁ……アホでよかったですよ……彼女が……」



 特徴的な口調。不気味さを含んだ声。

 ナイトの背後でのっそりと立ち上がった、片腕を失ったにやけ顔は、いつも通りニヤニヤと他人をバカにするかのような表情でナイトの方に面を向けているのである。


 そう、狂人『フォート・セルウィン』もまた、ナイト同様にセフィアに突き飛ばされ一命をとりとめたのであった。

 だが、やつの言葉は、ナイトには一切届かない。否、今はセフィアを救いたいという気持ちで頭がいっぱいなのであろう。



「フフフ……哀れなる少女よ。無慈悲にも程があります。君を守ろうと命を懸けた少年に、君自身の命で応えるとは……皮肉なものですねぇ」


『セフィア……ユキ……』



 フォートは再び彼らを罵った。だが、ナイトはそれに反応を示さない。それに対して関心を持たないためか。少女を救いたい一心だからか。どちらにせよ、ナイトがやつの言葉に耳を傾けず、瓦礫をあさり続けている今の現状は変わらない。


 と、そんなナイトの姿が気にくわなかったのか、フォートは残された腕を一心不乱に瓦礫をあさり続けるナイトの方へと向けた。



「まぁとにかく、貴様の死が今この時点で明確になったのは事実です。そしてこの状況は私にとってもチャンスに等しい。ですので貴様の命……そろそろ頂くとしましょうか」



 フォートの向けた手には、ゆっくりだが魔法の球のようなものが形成されていく。それはやつが先ほどはなったものと同じものだ。

 そしてそれが、手のひらよりも少し大きくなったくらいで、やつは魔力を溜めるのを止めた。



「貴様には少し聞きたいことがありましたが……まぁよいでしょう。それでは、さようなら……」



 フォートが再び力を入れようとする。するとその球は輝きを増し、いかにも強力そうなオーラを漂わせた。それでもナイトはやはり振り向くことはない。だが、



 ジャキン!!


「のわぁ!!」



 巨大なバトルアックスが、フォートの残された腕に直撃し、その腕は曲がらない方向へと大きく曲がった。



「貴様の相手はワイや!! ザークのジャマは絶対にさせへん!!」


「ク……、小賢しい……。まだゴミが残っていましたか……」



 盟友ラッシー、ここに参上――。


★★


 掘っても掘っても少女の顔は出てこない。だが、彼は諦める素振りを見せることはなかった。と、そんな時である。

 バランスを保っていたはずの瓦礫の山が崩れ、髪の毛しか見えていなかったはずの少女の顔がようやく表に現れたのだ。



『セ、セフィア!! おい返事しろよ!! 今体んとこの瓦礫どかすから!!』



 ナイトはもはや手なのかもわからないような自分の手を、少女の体の上にのった巨大な岩に当てて精一杯の力で押した。だが、それはとてつもなく重たいせいか、一切動く気配を見せない。


『こんなモノ……!! どきやがれぇぇぇえええ!!!』



 と、その時、彼の灰色の髪が輝きを放ち、少女の上に圧し掛かっている岩々は全て四方八方に吹き飛んだ。まるでナイトが魔法でモノを吹き飛ばしたときのように。



『おい!! セフィア!! ……ちきしょう!!』



 セフィアが返事を返すことはない。だが、彼は諦めていない。

 少女の鼓動は、小さいがまだ聞こえていた。その事実がナイトにとって幸であるか不幸であるか。ナイトは血で汚れた両手を、彼女の純白のローブを赤く染めながら胸元に当てて強く念じた。



(頼む、何でもいい……。こいつを救えるのならなんだっていい。俺に力を。こいつを救えるだけの力を……。どうか……!!)



 彼の目からは涙が零れた。大粒の涙。それが幾度も幾度も。眉間にシワを寄せ何度も何度も願い続けた。



(オレは弱い……、だからあいつを救えなかった……。絶望した。泣いた。でも何も戻っては来ない。……今のオレもそうなのか? また同じ運命を繰り返すのか? 何でオレはここにいるんだ? 何をしに来たんだ? 何だ、何だ、何だ何だ何だ何だ何だ? オレは……何がしたかったんだ……?)



 過去の自分が問いかける。今の自分に問いかける。力を求め、希望を求めたオレに、何がしたいのかを問う。


 そんなの決まってんだろ――。



『おれはセフィアを……、ユキを救いたいんだよ!!』



 不意にナイトは大声を出していた。こんな大声出すつもりはなかった。だが出ていたのだ。強い思いがそうさせたのだ。そして、その大声とほぼ同時に、



『な、何だこれは……!?』



 彼らを暖かな光が包み込んでいた。

 安らぎの光は、少女に癒しを与えた。白く、まばゆいその光は、ナイトの手のひらを中心に放たれたもののようにも見える。そしてそれはまるで、過去に治療を受けたときと同じ感覚でもあった。



『光の……治療魔法……。でも何でオレが……?』



 主要魔法は一切使えないはずだった。強力すぎる物体干渉の力のせいで。だが、この光は間違いなく自分が放っているもの。しかも、少しずつではあるがセフィアのキズも癒えてきている気がする。

 そこで彼は、重要なことを思い出した。



『魔力が灰色って……。そういうことだったのか!』



 かつてザークに、ナイトの体から感じられる魔力は灰色だと告げられた。あの時は正直よくわからなかったが、その理由が今ようやくわかった。



『オレは、光と闇の魔法が使えるってことか』



 ザークにはなくて俺にだけある力。灰色の力。それこそが、今の状況の理由だった。


 オレだけじゃできなかった。ザークがいてくれたから今のオレがいる。二人の力はそれぞれ違うけど、その違う力を合わせたら……。そうさ、オレは一人じゃ何もできない。力不足だ。だけど、オレら二人が揃えば怖いものはない。だって、二人で一つなんだから――。


 光は次第に小さくなっていく。ナイトも限界が近いようだ。セフィア自身にもダメージは大きい。正直、死んでしまってもおかしくないような、そんな危ない状況なのは一目見ればわかることで。

 だが、そんな時だ。セフィアのまぶたがほんの少しだけ動いた。



『セフィア!? おい! 死ぬんじゃねぇぞ! 絶対に!!』



 ナイトは必死だった。自分自身力が弱まってきているのは分かったがここで諦める訳にはいかなかった。だが、正直これ以上続けたら彼の身が滅んでもおかしくない状況だ。だが、彼は諦めなかった。どれだけ光が弱まろうとも、魔力を振り絞って少女を助けようとしていた。自分の身を賭けて。


 セフィアはゆっくりとまぶたを上げた。目は半開きで、弱々しい。



『大丈夫だ、助けてやるよ! だからもう少し頑張ってくれ!!』



 セフィアに声が届くようにと、大声で叫び続けた。その声が届いたのか、セフィアの表情が少し和らいだように思えた。だが、それは間違いだった。


 ほんの少しだけ意識を取り戻したセフィアだが、目を少し開き、口を少し開くくらいが限界のはずだった。だが、彼女は垂れ下がった腕を精一杯の力で持ち上げてナイトの手に被せた。そして、



「……生…きて…」



 と、涙を流しながら精一杯の笑顔と声で言おうとした。

 まるでザークの身をあんじるかのように、魔力を使い果たして死んでしまうザークに、『もういいよ、ありがとう』というかのように。

 だが――。



 ナイトは少女の口を封じた。優しい口づけで。

 そして、長い間心に留め続けていた感情を少女にぶつける。



『言わせない……、絶対に言わせないから。お前はオレと一緒にこれから先もずっと生きるんだ。お前がいくら否定しても、オレが決めたんだから、絶対に嫌とは言わせない。だから、オレだけ生きるなんてごめんだぜ。お前と一緒の世界でオレは生きる』



 ナイトの表情は真剣だった。



 『……生…きて…』という言葉は、ナイトにとっては思い出したくない過去の言葉だった。その言葉を最後に、ユキは命を落とした。自分の命と引き換えに。だからこそ、その言葉は自分だけを置き去りにした悲しい言葉であり、彼にとって繰り返したくない罪でもあったのかもしれない。

 そして今もまた、その言葉で全てが終わろうとした。また自分が一人ぼっちになると思った。そして、彼女を救えないと思った。だから言わせなかった。あの言葉が、また彼女を連れて行ってしまうと思ったから。


 だが、ナイトが言葉を放ったとき、すでに少女の意識はなくなっており、また、一度回復しかけた鼓動も再び弱くなっていった。

 しかし、セフィアの表情は安心しきったような安らかな笑顔で、まるで眠っているようであった。


 ナイトの放つ光も、もうすでに力を失い、今にも消えそうだった。



『おい……待てよ……。ウソだろこんなの……。おい、オレ。まだいけるだろ? なぁおいオレよぉ? まんだ力出せるだろぉ?』



 わなわなと震える手を握り、ナイトは何度も何度も問いかけた。自分自身に。そして、彼の目にセフィアの顔が飛び込む。


 ユキの死に顔が、彼女の顔と被る。そして、死を感じる。絶望的な死を。彼女の死を。今まさに、それが訪れようとしているのだと。痛感した。直感的に感じ取った。運命は繰り返される。それが事実であるかのように、今目の前の光景が語りかける。


 『死』だと。



『――――ッ!!』



 その時、彼の中で何かが吹っ切れた。

 死を感じ取った彼は、自分の意志ではなく、本能的に力を開放したのかもしれない。

 いきなりの出来事で、一瞬何が起きたのかすらもわからないくらいだ。空間そのものが光りによって飲まれたのだから。

 ナイト自身、輝きを放ち、瞳からも、口からも、髪の毛の一本一本からも、彼の存在自体が発光した。


 そして、光はすぐに消えた。一瞬過ぎて、ラッシーたちすらもわからなかったかもしれない。



 だが、一瞬過ぎる光の存在は、灰色だった髪が白髪に戻り、全ての魔力を使い果たしてその場に倒れた少年の残骸が物語っていた――。

第一章完結です!!

いよいよ二章!!


投稿遅れるかも……。

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