第一章19 『彼、風船の如く』
久しぶりの投稿です。少々時間を頂いてしまい申し訳ないです……。
ナイトくんとザークくんが一つになって、今までステレオチックな感じの会話だったけどセリフを一つにまとめました。それを踏まえたうえでお願いしますね笑
暗闇に潜む紅の鮮血。
辺りはとてつもなく血なまぐさい。半分犬であるラッシーにとってこの環境はとてつもなく苦痛だった。
魔力の波が乱れ、そこは異常なほどにまで嫌な空気を漂わせている。力による圧迫感、臭いによる不快感、それらは彼らの現状をことごとく蝕んでゆく。
「いったいどうなんとるんや!?」
「おやおや、お客さまですか……。本日は賑やかですねぇ」
フォートはちぎれた腕のあたりをおさえながら不気味な笑みを浮かべていた。血はやはり止まることを知らないようで、大量出血で死んでしまってもおかしくないほどだ。しかし彼はそんなこと全く気にせずにナイトをにらみつけていた。
『殺す……救う……!!!』
「おいザークよぉ!? 何が起きとるのか説明して……」
『ラッシー!!!! ……セフィアを頼む』
「おやおや……ようやく『殺す』以外の言葉を話したと思ったら……。私がそんなこと許すはずないじゃありませんか」
ナイトがラッシーの方を向きながら言い放った。その表情は今までの彼とは比べものにならないほど真剣さを漂わせていた。
「……お、おう。わかった」
そんなナイトの姿を受けたラッシーは、多くの疑問を抱えながらも『相当やばい状況』だということは雰囲気的に分かったようで、ナイトの言葉にそのまま従う。
そしてそのまま、倒れこみ縛られて目隠しをされていたセフィアのもとへと近づいた。
「……愚かな獣人よ……貴様の死によってその罪を償うのです」
フォートは残った腕をラッシーの方へと向けていた。そして先ほどと同じ三色の魔法球がその手の平で形を形成していった。
「なんやあれは!! あんなもん食ろたらわいとてただもんじゃ済まんぞぇ!」
背負っていた大きなバトルアックスを盾に、ラッシーはその魔球に耐えようとしていた。
「そんなもので……まぁよいでしょう。貴様はここで死ぬのですから」
フォートはそう言いながら魔弾を放とうとする。
「さぁ、食らいなさ……っぁあ?」
バッゴン、という嫌な音とともにフォートの体は地面へとたたきつけられる。まるで真上から何百キロもある重りが降ってきたかのように。
「ぅぐ! がはぁ!」
当然そんな状況のフォートは身動きも取れず、作っていたはずの魔球はもうすでに消えていた。
『てめぇの相手は俺だっつの…ラッシー! 早くしろ!!』
「すまねぇザーク!」
ラッシーはナイトの、ナイトはラッシーの手を借りて現在の状況を良い方向へと導こうとしている。
「やはり……その力は厄介ですね……。身動きすら取れなくなってしまうとは……」
『…………』
ナイトがフォートを押さえつけている間にラッシーはセフィアのもとへとたどり着いた。
「ワイが来たからにはもう安心やぞ! ほら、縄ほどくでな」
「あなたは……ラッシー?」
「おぉおぉ、よー声だけで分かったなぁ。せや、ワイはラッシーや」
「でも何であなたが……?」
「何でって……。そりゃ頼まれたからに決まっとるやろうが」
ラッシーはこれまでに起こった出来事を大体把握したようだ。そのうえでナイトから頼まれたことを簡単に、腕と足の縄をほどきながらセフィアに伝えた。
「…………なんやいきなり!」
「……っえ? なに? 何が起こったの?」
彼らの周りを半透明の球形の壁が包み込んだのはそんな頃あいである。
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『さぁ、続きをしようぜ? オレはまだ殴り足りねぇんだ。これくらいでバテてもらっちゃオレの気が済まねぇんだけどよぉ?』
押しつぶされて身動きの取れなくなっているフォートに対して、ナイトは挑発的な言葉を放っている。しかも彼はやたらと『殴る』ことにこだわっているようでもあった。
魔法を使えば簡単にとどめを刺せるのに、彼はそれをしようとはしない。
「……なぜ私にとどめを刺さない……?」
そのことについては、フォートも同様に疑問に思ったようで。だが、ナイトはそれに対しては『……オレが殺らなきゃ意味がないから』という一言だけを残してそれ以外は一切答えようとはしなかった。
『----ッ!』
そんな会話が繰り広げられている中、彼はフォートが苦難の表情からひっそりとあの忌々しい笑みに変わるのを見逃さなかった。そして彼は身の周りの異変にやっと気づく。
そして、何かから守るかのように、ナイトはラッシーたちの方に手を向けた。そして、彼らを壁が包み込むとともに、ナイト自身の体が膨張し始めたのは言うまでもない。
「な、なんやいきなり!? しかもこの壁……って、ぇ……」
「…………ッ!!!!????」
バリアの中に閉じ込められた彼らが目にしたのは、風船のように膨れ上がって今にも爆発しそうなナイトの姿だった。そしてその体のあちこちからは、傷口を通して大量の血液が滝のように流れ出していた。
その光景は、今まで目隠しをされていたセフィアにとっては、この場所で初めて目にしたものだった。ラッシーの姿を見るよりも先に……。
彼女は驚きが隠せなかった。さっき感じていた血の臭いは、今目の前で大量に血を流しているザークのモノ。口調は怖かったけど、必死で男に立ち向かっていこうとしていた声はやはりザークのモノ。そんなザークが、訳の分からない状態の中で必死に戦ってくれていること。そんなことが、ようやくすべて理解できたからこそ驚きが隠せない。
セフィアは両手で口をおさえながら、瞳に涙をためてナイトの方を見ている。そんな彼女からは、言葉一つない。否、言葉一つ出ない。
おもむろにナイトが口を開いた。
『テメェ……何を……』
「フフフ……素晴らしい光景ですねぇ。人間が爆発寸前になる姿はいつ見ても美しいものです」
『っざけん……ぁ……』
不快な笑みは、刻々と彼の脳内に焼きついていく。不気味な笑い声とともに。だが、そんな笑い声も、次第に小さくなっていく。霞んでいく。
(なんだ? 声が出ねぇ……。いや違う、音が響いてねぇ。……無性に息苦しいしめまいが……。体が膨らんでるからっていう理由だけじゃねぇ。……まさか!!)
風を感じなかった。匂いを感じなかった。音を感じなかった。息ができなかった……。これらが意味する今の状況は、もはや言うまでもあるまい。
『……空気を……消しやがった……?』
(でもそんなことが可能なのか? 物質を消すなんて理屈的にも不可能なはずなのに……)
彼の周りからは、そこにあるべきはずの空気が消えていた。
現実世界の理屈では、そこに存在する物質を消失させるのはほぼ不可能。物質を形作る原子そのものは、分裂もしなければ拡大もしないし、ましてやそれ自体が消滅することはありえない。
仮に消失させたのではなく移動させたのだとしても、現在彼らのいる場所は密室であるから、移動先はこの室内のどこか。空気量が普通よりも多くなってしまった場所では何らかの変化が起きてもおかしくないがそんな変化は見られない。
だからこそ、この世界では、『……現実世界での理屈すらもはや皆無。魔法ってのは何でもありなのかよ……』と、改めて思わされてしまう。
しかも、そんな事象とは正反対に、物理的な理屈が彼の体を蝕んでいる。『気圧変化』による身体膨張という形で。
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「……んじゃぅ……」
今を知った少女は、口を手で押さえながら何かをつぶやいた。
「……え?」
「……ザークが……」
涙を含んだその言葉は、曖昧さも含んでいた。そして、少女の心情の不安定さも。
「ザークが死んじゃうよ!! ラッシー。ねぇラッシーってば!! ザークが……。ザークがぁぁああ!!」
「お、おい待てやセフィヤン! ワイに何とかしろ言われても……、今はあいつを信じてやれやまぁ。あいつとて、ハンパな気持ちでここにはおらんやろ。それにあいつはワイの認めた親友なんやぞ?」
「でも……」
セフィアはの言葉にはやはり不安さが残っている。しきりに涙を浮かべながら、セフィアは膝に手を当ててしゃがみこんでいる。ナイトの作り出したバリアの中で。
「さぁどうしますかぁ? そんな風船みたいな体でさぁ? 私を殺るとかほざいていたさっきまでの威勢のよさはどこへ行ったのですかぁ? ……まぁ声が出ないようじゃ『殺す』すらも言えないでしょうがねぇ」
フォートが何かを言っているのが口の動きで分かる。内容は聞き取れないが、だいたい言いたいことは分かる。今の奴が言うことは無抵抗の自分を蔑み愚弄する内容だ。だが、奴の言葉は的を射ている。実際、ナイトが何もできないことは事実。彼は正直言葉が出なかった。今の環境のせいでもあるが、精神的な理由の方が強い。
フォートの口の動き、奴の方を向いていた時に、ふとそれは目に入った。
(あいつの後ろ……なんか光入ってきてね?)
音がなくて気付かなかった空間のひずみにナイトが気付いたのは――