第一章18 『保険』
灰色は輝く。今もまた。
紅の瞳はもういない。今あるのは光を失った黄金の瞳だけだ。
彼は、自分の過ちと、男への殺意によって……。
黒髪と白髪の少年たちの感情や意思の全ては今まさに一つとなったのだ。
荒々しい風が吹き荒れる。それは彼の威圧によるものか否か。
「なんだこの力は!? いったいどこからこんな力を……それになんだ。この忌々しい圧迫感は」
フォートはナイトの突然すぎる変わりように驚きを隠せないでいるようだ。
腕に巻き付いていたはずの縄は粉々に崩れている。体中から出血し、血まみれになった服は真っ赤に染まって、足元は血の池のようだった。
だが、彼は今そこに立っていた。
先ほどの殺意丸出しの、眉間にしわを寄せた怒り顔とは異なり、今の表情は無表情に等しい。
「……ユキ……?」
『……セフィ……?』
「さっきからゴチャゴチャと! なんだそのユキとは!? 私を愚弄しようというのか!?」
フォートは少しタジタジだ。今起こっている状況をいまいち理解していない。いや、理解できないのだろう。
それも無理のない話だ。
(いったい何が起こっていると言うの……? ザークがさっきユキって呼んでたけど……もしかして今いるのはナイトなの? でも何だか……声出せない……なんだか怖い……。ナイトからかわからないけど嫌な気配がする……)
セフィアはナイトの変化を察し、そして彼の殺意に満ちた声を聞いたせいか、もう言葉を出すことすらできなくなっている。先ほどから自分が何度か殺されそうになっていることもなんとなく察しがついていたため尚更だ。
倒れこんだセフィアに焦点を合わせていたナイトであったが、フォートの言葉により再びやつに目を向ける。
そして、またしても表情は強ばっていった。
「……殺す……殺す殺す殺す…テメェは……殺さなきゃいけねぇ……!」
『……殺す……殺す殺す殺す…お前は……殺さなくちゃいけない……!』
「----ッ!」
ボグォォォォオオオン!!! メリメリメリィ…
ナイトが言葉を放ち、そのままフォートをにらみつけた途端、フォートは何かを察したかのようにとっさに後ろへ飛びのいた。
そして、もともとフォートのいたところの床は直径約5mくらいの円形のくぼみが。
へこみ方と音からしておそらく相当の力がかかっている。近くに落ちていた金属片や研究材料などが粉々になってしまうほどなので、仮に人間がそこにいたら……と考えると恐ろしいものだ。
(…へ? なに? 何の音?)
「……危ないですねぇ……危うく死ぬところでしたよ。……しかし……私が本能的にさがってしまうとは……。やはりあなたは面白いですねぇ」
フォートはナイトを称賛するような言葉を投げるが、その中にはナイトのことを見下した意が感じられた。
「殺す」
『殺す』
ナイトはまたその言葉を口に出しながら、フォートの方へ一歩、また一歩とどんどん近づいていく。
純粋な殺意、それと怨恨、絶望など、様々な感情が入り混じる。だが、先ほどまでの殺意とは少し違うようで、その中には『決意』のようなものも感じられる。
殺したいと思う感情。初めはそうだった。単純に殺した意だけ。自分がされたこと、自分の味わった気持ちをぶつけたかったから。それだけのための殺意だった。
だが、セフィアの姿をはっきりと目にしたこと、それからセフィア自信が死ぬ寸前であったことを認識したナイトは、過去の自分の過ちを再び思い出したのだ。
幼い少女を救えなかった。大切な人を見殺しにしてしまった。自分は人殺しだ。
己の過ちは、またしても彼にのしかかっている。だが、もう一つの希望についても思い出した。
繰り返される運命。その歯車を力ずくで捻じ曲げることできっと未来は変わる。
過去のトラウマがフラッシュバックして絶望し、ヤツに対して殺意を抱くナイトは、今まさに変わったのだ。
一つの、たった一つの希望のために。すべてを救うために。彼はここにいたのだ。
救いたい。守りたい。そうさ、わかってたさ。だからこそ抗うんだよ。
そういったすべての感情が、全ての希望が、彼の決意の理由だ。それこそが彼の決意そのものだ。
そしてそれはザークも同様のこと。
ナイトとザークの姿が変わったのは、それぞれが大きな決意をしたためかもしれない……。その影響で、彼は今ここに立てているのかもしれない。
フォートがこちらに左腕を向けている。
「仕方がないです。私も少し本気を出すしかありませんか」
手のひらには先ほどの風の塊よりもはるかに大きく、複数の色に輝く球体が。
「風だけでは君を吹き飛ばすことはできない。かといって粉々にしてしまっては器にすることができなくなってしまいますので。とりあえず半身だけ吹き飛ばすことにしましょうか」
球体はますます大きくなる。そして、直径が約1mを超えたくらいでその巨大化は収まった。
「見なさい、この輝きをこの強大なる魔力を。あぁ何とも麗しきことだ」
そして、その球体が依然となく光を強めて、
「さぁお別れの時です。残念ですねぇ。ですが貴様の体は丁重に扱わせていただきますからご安心を。それではさようなら。……魔球炎旋流!!」
魔法が放たれる。巨大な魔法が。おそらく威力は計り知れないほどのものだ。この建物ごと吹っ飛んでもおかしくはあるまい。
だが、
「殺す」
『殺す』
「----ッ!」
その魔法は、やつの腕ごと大きなバリアによっておおわれていた。
「な、なんだこの魔法ゎ…ぐわぁぁぁあああ!!!」
そして、バリアはやつの左腕ごと圧縮されそのまま消滅した。
『グチュ』という嫌な音を立てながらやつの左腕はちぎれてなくなった。
「おい!! ザーク!! 大丈夫か……ってえ? どうなっとるんや?」
ラッシーが現れたのはちょうどそんな時である。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「一つ頼み事してもいいか?」
ザークの姿をしたナイトと名乗る男は、ラッシーにそう告げた。
「ええけどなんや?」
その男の言葉は少々信用しがたいというのが本音だったたが、姿そのものは自分が最も大切に思っている人だから、その頼みに乗ることにした。
「今日から大体一週間くらいなんだけど、その間この体から血の匂いがしたらすぐにオレのところに来てくれねぇか? おまえ鼻は利くんだろ?」
ナイトはストレートに依頼してきた。
だが、そんな依頼、理由すらもわからないため簡単には信用できるはずもない。
「確かに鼻は利くしザークのにおいならわからんくもないけど……何でそんな依頼を?」
「まぁ……なんていうかその……ちょっとした事件に巻き込まれそうなんだよ。それで最悪死人が数人でるかもしれないからそれを何とかするためってかその……なんだ、とにかくおまえの力が必要なんだよ」
ナイトは詳しくは話さない。話すつもりがないのか、それとも本当は巻き込みたくないのか、詳細は不明だ。
「……そか、まぁダチの頼みっちゅうことなら当然協力させてもらうけどな」
「本当か!? 恩に着るぜ! ……だけどもしそんな事態になったらおそらくめちゃくちゃ危険だと思うからそれなりに装備は整えといてくれよ? あと、無理はすんな」
「それはこっちのセリフやわ。……依頼はシカと聞き入れたで。せやからまぁ……せやな、安心しといてくれや!」
「マジでありがと! 持つべきものは友だぜやっぱり!」
「まぁワイはザークのダチなんやけどな。この際どうでもええか」
ラッシーは笑顔で答え、そのまま二人はわかれるのであった。
完全に信用しているわけではない。だが、もし万が一が起こったら悲しむのは自分自身だ。だからこそ彼はナイトの言葉にうなずくのである。
何日か経ち、いつも通り街へと出る。
獣人であるラッシーにとって、若い盛りというのは働くための絶好の機会だった。
そう、彼は今街でちょっとした仕事をしていた。
今日もいつもと同じ平凡な日だと思っていた。だが、そんな予想は簡単に壊れた。
日が落ちかけているころ、特有の刺激臭がラッシーの嗅覚を襲った。
「……? これは……ザークの…しかも血の匂い……。それに何だか冷たい香りも……ナイトのものか!」
匂いの正体は、おそらくナイトが流した血の匂いだ。
「……ってことは……ザークがあぶないっちゅうことか! はよぉいかへんと!」
ラッシーは職場を突然飛び出した。周りの者たちは唖然としていた。
路地を抜け、大急ぎで匂いのもとまで走る。
あいにくバトルアックスは常に持ち歩いていたため、ナイトの忠告はしっかり守れた。要するに、戦闘態勢は万全ということだ。
時間も時間なので、朝ほど人はいない。だがにぎやかなのに変わりはなかった。
そんな街中をぐんぐんと突き進んでいく。
街のはずれ、元魔法研究施設が立ち並ぶ区域。匂いはそこからしていた。
寂れた雰囲気で手入れがされていないため雑草はぼうぼう、ガラスは割れて金属片やガラス瓶など様々なkrン旧材料が転がっていた。
日は完全に沈み灯りはなかったが、匂いを頼りにやっとナイトのいる倉庫のような場所の扉の前にたどり着いた。
「ここか……」
大きな扉は固く閉ざされており、人力では開けることすらかなわない。だが、ラッシーは背負っていたバトルアックスでその扉を……
ボッガーン!!!!
ぶち破った。大きな音とともに。
そして、目の前には血まみれで立っているナイトの姿、それから片腕がもげてなくなった男、ナイトの背後で目隠しをされて横になっている少女の姿を目撃した。