第一章17 『絶望<殺意』
---…ろす……。
「……は? なんだ?」
「---こ……してやる…」
男の顔が明らかになった瞬間、ナイトの感情は絶望から別のものへと変わった。そう、絶望から殺意へと。
男はいったい誰だったのか、何のための行動だったのか…。
「殺すとね。そんな言葉づかい先生は認めてないぞ? ウルゲインよ」
先生と名乗る男。この世界において、元の世界においても彼に先生と名乗る人物はそういない。まして、現在ザークに対して先生と名乗るのはヤツしかいない。
「てめぇはぜってーに殺してやる。オレの手で」
『きさまは絶対に殺してやる。僕の手で』
「絶対に殺すとね。なるほど面白いよ。やってごらんよ。さぁ早く」
縛り上げられたナイトに対し、男は余裕の顔で挑発する。ナイトが身動きが取れないと思ったのか。相当に余裕そうだ。だが、ナイトは殺意をいっそうあらわにする。
「はぁやぁまぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」
『フォォオオトォォォォォオオオオオ!!!!!』
やつの名前を恨み、殺意をのせてことごとく叫びあげた。そう、やつは麓山だ。
殺意を表した理由は、やつがフォートだったからという理由もある。だが、それ以外の理由の方が大きい。
今現在の犯人がフォートということは、元の世界の事件の犯人も麓山ということになる。そしてやつは自らが犯人ということを隠し、事件後ナイトと接触、そして彼の心をどん底へと突き落とした。
--おまえのせいなんだよ! ナイト!!
という言葉で。やつはナイトが堕ちていく姿を面白おかしく見ていた。それを楽しみにしていた。
もともとその言葉で精神を落としたナイトだ。それが殺人犯による策略だとわかった以上、彼の感情は殺意以外のなにも受け付けないのだ。
ザークとしても近い思いがある。以前から信頼していたフォート。もともとナイトが麓山に抱いていた感情とよく似たものだ。そんな彼の感情は、180度違った現実によって簡単に壊れ果てた。
それは、初めにナイトが麓山に裏切られた時と同じ感情だ。だからこそ、その時と同じ恨みや負の感情、絶望が膨大なる殺意へと変貌したのだ。
「ハヤマ? それはだれだ?」
「殺す殺す殺すぅぅぅううう!!!」
『殺す殺す殺すぅぅぅううう!!!』
殺意しかない。殺意しか。純粋な殺意だ。
その殺意は一層大きく膨れ上がりやがてすべてを飲み込む。自分の姿を変えてしまうほどに。
「ザーク? 大丈夫なの? ねぇザークってば!」
「おおっとこれはこれは……。すごいぞ、ありえんな。私が後ずさっちまうとはな」
「殺す」
『殺す』
ナイトとザークの意思、感情は完全に一致している。いつも以上に。殺意という強い感情によって。
「さっきからそれしか言わんではないか。早くやってごらんよ。さぁさぁ!!」
「るぉぉぉぉおおおお!!!!」
『るぉぉぉぉおおおお!!!!』
ふらふらと宙を揺れるナイトの体は、その勢いを増している。しかし、手首に巻きつけられた縄や天井から垂れ下がるそれを切ることはできない。
「なにをしても無駄なこと……。くだらんあがきはよせ。見苦しい」
「…くぉろす、殺す殺す殺す……殺すぅ!!! てめぇだけはなにがあってもこの手で…!!!」
『…くぉろす、殺す殺す殺す……殺すぅ!!! おまえだけはなにがあってもこの手で…!!!』
殺意の一言はみるみる増していき、その意思は、その感情はもう以前のナイトたちからは考えられない。もはや彼らは今、人間ではないのかもしれない。
それほどにまで殺気立っているのだ。
「……フフフ、器が一つしか集まらなくて少し困っていましたが……その代わりに面白いものがみられるとは。貴様の絶望に、殺意に、全てを捨てて負の感情に駆られる貴様の姿に、私は歓喜するよ。実に滑稽だ。実に麗しき光景だ。あぁ何とも……何とも言えぬこの快感……素晴らしいぃぃぃいいい!!!」
「……こ……ろすぅ……」
『……こ……ろすぅ……』
フォートは涙を流しながら不気味に笑い、こちらにその不快な面を向けている。
そしてまた話を続ける。
「……そしてその殺意は……どうやら貴様の魔力の影響を受けているようだ。さっきから黒い闇が貴様の体から異様な殺意となって放たれている……。私も貴様の担任を務めていたが気づけなかった。ただのできそこないのガキかと思っていたがどうやらそうでもないらしいなぁ」
「…………」
『…………』
フォートはつらつらと話をつづけた。ナイト、ザークはもはや『殺す』という言葉さえも言えないほど力が停滞していた。
「……あと……そうだな。貴様からはほとんど殺意しか感じられない。だが、その殺意の中には、なにか冷たい感情や哀れな感情も感じられる。そしてその感情のすべてを繋ぎ合わせ、それらの幹として確立している殺意と対立した感情……いや、希望のようなもの。それは異様なほど白く光り輝いている。今貴様から感じられる魔力と感情の波のすべてはそれだなぁ」
「…………」
『…………』
フォートはまたしても訳の分からないことを言い出した。
だが、それらを簡単にまとめだす。
「まぁ要するにだ……貴様は光と闇、白と黒の魔力をあわせもった灰魔、それこそが私が最も追い求めていた『器』なのだよ」
「…………」
『…………』
すべてを話し切ったかのように、フォートはそのまま上を見上げてただニヤニヤとしていた。
そんなおり、
「……さっきから聞いてれば……訳の分からないことを。ちょっとあんたね! 何なのよさっきから! 器とか何とかって!」
縛られて身動きのセフィアだったが、なかなか強気な感じで突然話に入ってきた。ふつうこのような状況の人間なら何も言えずただ怯えているだけだが、どうやらこの少女に限ってはその常識が通用しないようだ。
「おやおやおや、これはこれはセフィアさん。あなたのことを少し忘れていました。申し訳ない」
「そんなことはどうでもいいのよ! とにかく説明しなさいってば!!」
やはり強い。相手がどんなにいかれた殺人犯だとしても彼女の根っこの部分は全くぶれない。
「……そうですねぇ……。ちょうど彼にも聞いてもらいたかったところですし、まぁよいでしょう」
「あっそう。それで?」
「私が君たちをここへ連れてきた理由は……とある儀式の生け贄とするためでした」
「----?」
「生け贄はもともと光の魔法使いが七人必要だったのですが……なぜか私の計画とは異なり結果的に一人しか捕まえられなかった。ですが、そのおかげで素晴らしい者と出会うことができました。だからこそ、もう生け贄は七人も必要ない。彼一人が、七つの大罪の器となれるのだから!!」
「……どういうこと……?」
フォートは自分の話に酔っていた。すべて話し終えたと思ったらすぐにまたニヤケ顔だ。正直もううんざりだ。
「所詮君たちにはこの素晴らしさはわからないだろう。だがそれは仕方のないことだ。神がこのセカイを割ったのは、私たちのような素晴らしい世界を求めることを嫌ったから。神も哀れだ。だが、それを認めなかった全ての民も哀れだ」
「……あなた……頭悪いわね」
「どうとでも言えばよいさ。しかしだ、貴様にはどのみち死んでもらうがな」
フォートの目はぎらぎらと輝く。口をニターっと開き歯を見せながら。
そして、再びナイトの方を向き話し始めた。
「では、そろそろ始めましょうか。貴様の殺意を最大に引き出すには……」
ナイトに対してわざとらしく言い放つ。
そして、
「君の目の前で……救えるはずの彼女を救えなかった、救いたかったもの全てを失ったという絶望を味わってもらうしかありません。ですから、殺させていただきますね? セフィアを」
そういうと、麓山は再び彼女に近寄り、魔法ではなく今度は手元から短剣を取り出した。
そしてそれを彼女に突き立てる。
だが、
「……そうでした……。君に見てもらわなくては意味がありませんね」
そう言って、フォートは指を鳴らす。それと同時に縄はくるりと時計回りしナイトはやっとセフィアの姿を目に入れることができた。
「……ユ……ギィ……?」
『……セ……フィ……?』
「……もとから頭が……おかしいのはつまらないですが……まぁ良い。とにかく殺します」
手に持った短剣が上空へと振り上げられる。そしてそれはセフィアの胸元めがけて……。
そんな時である。フォートの背後から異常な光と闇が吹き寄せ、そのまま短剣ははじけ飛んだ。
「どうなっているノですカ? 何が起こったと?」
「ユキ」
『セフィ』
フォートが振り返ると、そこには灰色の髪をした黄金の瞳の少年が立っていた。