第一章10 『光の子』
たくさんの人混みを空から見下ろす者がいる。その者は、何かに気づかれないようにと自らの顔を隠しているようにも見えた。
「あぶねぇあぶねぇ。おっさんに気付かれるとこだったぜ」
空に浮かぶその者の正体はナイトだった。店主に気付かれそうになった瞬間、とっさに自分の体を宙へと浮かせたのだ。だから現在彼は、上からすべてを見下ろしていた。
「まぁでも、あの子がしっかりとオヤジのもとに帰れてよかったぜ」
『ほんとそうですね!いやーよかったよかった!』
誰かの助けになれたからか、ザークはとても嬉しそうだった。それにつられてナイトも笑顔になった。少し照れてはいたけど。
久しぶりに誰かのために動いた。普段の生活では、絶対にそんなことするはずがなかったが。しかし、そのあとで味わえる喜びの温かさも久しぶりに感じ、案外悪くないとも思った。
彼はザークと出会ってから、明らかに何かが変わった。否、何かを取り戻している。
いろいろあって、彼は自分の目的を思い出す。
「あ、こんなことしてる場合じゃねーじゃん。はやく第一学校にいかねーと」
腕時計を見て分かったことだが、少女の物探しとオヤジ探しにおよそ2時間ほどかかっていたことに気付く。そして、現在の時刻が12時を越えている。
「めんどうだ、このまま飛んでくか」
そういうと、彼はそのままぶっ飛ばして目的地へ。
およそ30分かかるはずだった距離を、空を飛ぶことで5分にまで短縮できた。正直そのせいでヘロヘロになったが。
「…はぁ、はぁ…。ここが第一学校か…。第三よりデケェしキレイじゃねぇか」
『無理言わないでくださいよ。ここはこの前大工事したばっかりなんですよ!』
タコのように膨れながらいうその言葉は、この学校に対する嫉妬心のようにも思えた。しかし、今はそんなこと関係ない。
「そんなことどーでもいいんだよ。それより早く例のがきんちょにあわなくちゃ」
『そうでしたね。それに今ならたぶん昼休みの時間帯ですし。接触するなら今のうちですよ』
「そんなことはわかってんだよ」
彼はザークの助言に対し、初めからわかっていたようなことを言い放った。
校門は開いてはいたが異常なほど厳重そうだった。もし閉まっていたら、忍び込む自信はなかった。それに、空中からの侵入であっても、砲台のようなものが目に入ったためおそらく撃ち落されるのがおちだ。
彼は、第三学校との格の違いに驚きを隠せなかった。
学校の中心には大きな噴水が、それに見たことのない設備がおそらく10以上はあった。それに学校の生徒も意外と大勢外に出ていた。
「あのドーム型の建物はなんだ…。見るからに魔法学校らしくないなかなかハイテクそうな感じなんだけど…」
『あれはおそらく…魔力研究施設ですね。自分の持つ魔力や相魔属性を調べたり、新たな魔法の研究をしたりしているんですよ』
「でも第三学校にはないんだよな」
『それは言わないでくださいよぉ…』
学校の設備に対して、ナイトは鋭く突っ込みを入れる。それに対しザークは何も言い返せないような状態だ。
「でもよ、何でこんなに格差があんだ?工事したって言っても金的な問題でいろいろあるんじゃねーの?」
『それなんですが…第一学校の総校長が先日交代なされまして、新しく成られた総校長がちょっとした資産家で、学校のすべてを改築なさったんですよ』
「要するに、公立から私立に成り代わったってことか。食えねー話だな」
彼の話した内容は、元の世界でも起こりうる話だ。資産家が学校を買い取るなど、容易に起こりうる…。
-----そんな馬鹿な!そんなわけあるかい!
そもそも元の世界にそんな資産家など存在しない。だからこそ現世界と異世界との違いを大いに感じるのだ。
「…こっちの世界もいろいろと大変だな…」
『そんな哀れんだ目で見ないでくださいよ!』
ナイトは少しバカにしたように話した。
学校内に潜入した彼らは、そのまま校舎内へ。時間帯は予想通り昼食のようだ。
「えーっと…?あいつのクラスはどこだ…?一年のクラスだとは思うんだけど…」
『第一学校のことは僕もよくわからないですね…』
『役立たずだな』と思うナイト。だがそれはあえて口に出さず、そのまま平然とした顔で調査を続ける。
調査をするにあたって、被害者となる人物の最低限の情報がいまだに不足している。だからここでも聞き込みをしなければならない。
「あのー…ちょっとよろしーっすか?聞きたいことあるんすけど…」
「なんなりと」
ザークよりも年上そうな少年だったが、おそらくザークの方が年上だろう。その少年は快く答えてくれた。
「その子でしたら…一学年のロトくんですね。この学校では光属性保持者として有名な少年です」
「そうか、サンキューな!」
「いえいえ」
充電の回復したスマホで顔写真を見せ、それによってや衣装の素性がはっきりした。その情報をもとに対象に接触を図る。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あーすみません、今手がつっかえてますので後でいいですか?」
彼は意外とあっさり見つけることができた。しかし、どうやらけが人の治療をしているらしく、それにてこずっているようだ。それこそが、彼がこの学校で有名人であることのゆえんなのだろう。
15分ほど待った。治療待ちの生徒は10名程度だったが、彼は慣れた手つきでそれらの傷を治していった。
「すみません…今日はいつもよりも少し多かったので…」
「いや、いいんだ。それより…」
彼は、ひと段落ついてほっとしている少年にこの先起こりうる実態を吐露する。
「…そうですか…。いまいち信じがたいのですが…まぁ気を付けておきます。おそらく…僕にとってはそんなこと起こりうるはずもありませんが」
「慢心やめろやガキんちょ。まぁでも気を付けといてな」
「は、はぁ…」
少年の慢心的な発言に説教をし、『よいしょ』と一言。そしてそのまま立ち上がり、
「じゃあな、オレは行くから」
と、一言かけてそのまま立ち去ろうとした。しかし、それを引き留めようとする。
「ちょっと待ってください。背中見せてもらえますか?」
彼はナイトの背中を指さしながら言った。そこは以前骨折をした際に治療してもらったところだ。
「やはり…完全にくっついていないようですね…」
「なにが?」
「骨が」
どうやら彼には見えるようだ。彼のケガの不備が。人の肉体的痛みの原因が。
「…しかし一度治療された跡も見えますし…。いったい何があったのですか?」
「ちょっと前に…その…背中を骨折してよ。そん時に小学…ルグの生徒に治療してもらったんだよ」
「ルグですか…それでこんな雑に…」
小学生にあたるルグの生徒は、まだ年も幼いためかそれほど力を使いこなせないようだ。だから彼のけがは中途半端な形で現在を保っているらしい。
「とりあえず…繋ぎ合わせておきますから。ふん!!」
「いで!」
「我慢してください。痛いのは最初だけですから」
彼は治療を始めた。治療というよりも何か光のようなものをあてられている感じだ。
「あれ…この感覚どっかで…」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでもない」
それは以前に感じた安らぎとよく似ていた。だが、彼はここまで出た記憶をいまだに掴めずにいるのだった。
5分ほどで治療は終わった。彼の中途半端だった傷も元通り完璧に治っていた。
「これで終わりです。しっかりと元通り」
「おぉ、なんか動きやすくなった気がするぜ」
「それならよかったです」
彼の行為で癒されたその傷には、彼の魔力がこもっているのが分かった。温かさを感じた。
「んじゃーオレ行くわ。治療ありがとな」
「いえいえ、気を付けてくださいね」
「それはこっちのセリフだよ」
危険を知らせた相手に今度は忠告されてしまった。そんな状況に彼はあっさりと反論した。
そんな、帰ろうとしていたその時であった。
「あ、それとあと、背中以外にも治療をされた跡がありましたが…どうやら僕以上にすごい治療師と知り合いのようでしたね」
「………?…あ、あぁ。そうなんだよ。ははは」
一瞬彼が言った言葉の意味がつかめなかった。彼がこちらの世界に来て治療を受けた回数は今回を含めて2回のみ。一度目は背中の骨折の時だった。
だが、その事実と彼の発言には矛盾が生じていた。だからこそ彼は疑問に思ったのだ。
しかし、彼はそこである真実に気付く。その矛盾の謎に。
そして、そのまま学校を出た後、ナイトが口を開いた。
「ちょっと…聞いてもいいか?」
『何ですか?』
そして、その疑問を口に出す。
「セフィアってさ…医療魔法使えたりとかするの?」
『使えたりしますけど…それが何か?』
ザークは不思議そうだった。しかし、ナイトは何かに確信を持ったようにまた口を開く。
「やっぱりか」
と。