第一章7 『ルグ』
何も考えていない。何も思いつかない。彼はまたしても一本の道をただまっすぐに歩いていた。しかし、今は前の時とは少し違ってはっきりとしたゴールに向かって歩いていた。そんな彼の後ろ姿は白い輝きを放っていた。
目を覚ます。いつもと同じ感じで。
寝癖の着いたその白い髪はいつもとなく原形をとどめていない。
「…もしかしてまた俺寝坊した…?」
腕時計の針は午前十時を指していた。それは、学校の二時限目の授業を指す時刻だった。しかし、ナイトはそれほど慌てる様子はなかった。
「そっか、今日学校休んだんだったわ」
『第三学校の小学校に行くんでしたよね?』
ザークは唐突に、得意げな感じで話した。
ザークからルグについての話が出た。しかしそれはナイトのことを驚かせたようだ。
「お前にそのこと話した覚えねーんだけど…」
ナイトの疑問は必然的なものだ。昨晩ザークは心の中で眠っていた。だから寝ているザークにナイトの声は届かない。そのザークが本日の予定を知るはずがない。しかしザークは知っていた。
『目が覚めた時に…聞こえたんですよ。今日の予定を考えているナイトさんの声が。でもですね、一人であんなぼそぼそ喋ってたらさすがに怖いですよ』
ザークから怖いと指摘を受けた。独り言に対しての指摘に、ナイトは赤面した。
考え事をするとき、独り言を言ってしまうのはナイトの昔からの悪い癖だった。だからその癖は人前ではできるだけ出さないように努めていた。しかし、ザークの狸寝入りかつ盗み聞きという悪い癖でその努めはまんまと壊された。
「うるせ、黙ってろ。そんなこと今はどうでもいいんだよ!」
恥ずかしさを隠し切れないナイトは大声で怒鳴っていた。その顔はやはり真っ赤だった。
「そんなことよりも…だ。今すぐルグに向かいたいんだが案内してくんね?」
ことを早く進めたいのか、彼は少々せっかちな面を見せた。その言葉にザークは強く答える。
『もちろんですよ!ナイトさん!』
と。
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「ところで、何で俺はまた追いかけられてんだ?」
またしても彼はやらかした。
授業中の学校に乗り込むというのは、当然不審者と勘違いされてもおかしくない。だが、ナイトは堂々と正面からルグへと乗り込んだ。そして、当然ながら追われるはめになった。その行動は何気に冷静なナイトとしては少々浅はかに思えた。
彼の行動の原点は、事件に対する焦りからか、はたまた絶望に対する恐怖からか…。
「待ちなさい君!」
「止まりなさい!そこから先は行き止まりだ!」
数人の魔法教師に囲まれた。ナイトであっても大人数の大人を相手にするのは少々分が悪い。しかも魔法使いときたもんだからどんなことになるのか予想すらできなかった。
学校の生徒たちはおそらく体育館に避難したってところだろうか。ナイトが乗り込んでから生徒とはだれともすれ違っていない。そんな状況にナイトは『意外と避難訓練しっかりやってんだな』と少し感心していた。
しかし、そんなことを思っていても今の状況が良くなるはずがない。
「ちくしょー、魔法使うっきゃねぇのかよ!」
『ナイトさん!それはまずいですよ!』
「うっせー!今はそんなこと言ってる場合じゃねーだろが!」
ナイトは遠慮なく魔法をぶっぱなった。自分の体など関係なしに。
そして、魔法教師の体は宙に浮く。
「な、なんだこの魔法は!なぜ我々の体が浮く!?」
「ッチ、同時に浮かせられるのは3人が限界か」
彼の魔法が同時に影響させられるものの総量には限度がある。それを初めて知ったのはこの時点だった。魔力の限界値を超えたら、その時点で気を失う。それは過去にナイトが経験したことから立証されていた。だからそれ以上の力を使うことはできなかった。
だが、当然魔法の影響を受けていない者もいるため…。
「覚悟しなさい、君!」
「ルドフィール!!」
「ぐ、ぐわぁぁぁあああ!」
魔法教師の一人は中威力の風属性魔法を放った。その力は、風圧は彼を拘束した。壁に叩きつけられ身動きすら取れない。それは初めて身に受けた魔法だった。使っているだけではわからない、魔法の脅威を身をもって体感した。
「う…ぐぅ……うごけねぇー…」
そのまま彼は魔法教師たちによって連行された。
魔法教師は彼に問う。
「どうしてここに侵入したんですか?」
と。
ナイトは背中の痛みを我慢しながら話を聞いていた。魔法教師たちにはナイト(ザーク)の素性が知られていた。だから彼らは、ザークの通うグラムに連絡を取ろうと魔通書を送ろうとしていた。だが、ナイトの言葉によってそれは阻止される。
「サラ…サラ・ブレインに会うために訪れた。だが俺としたことが…こんなミスを犯すとは。迷惑をかけてすみません」
「サラ・ブレインですか…。その言葉を信じるのは少し困難なのですが…」
話題をサラという少女に変えたことによって、彼らは連絡することをやめた。それはナイトの言葉を信じてでの行動か、はたまた彼の存在に興味を持ったのか。どちらにせよ彼にとっては都合がよかった。
「そのお兄ちゃんは私の友だちです」
「君はサラ・ブレイン!でもどうして…。生徒はみな避難させたはずなのだが…」
そんな時である。ナイトの言うサラという少女が姿を現したのは。
サラ・ブレインという少女は、後に起きる事件の被害者の一人である。少女の情報は学校にて手に入れたもの。年齢はまだ8歳。140cmほどの身長で、髪はやや長め。幼さとはほど遠い優しくて気配りのできる性質を持つ。
そんな少女は、ナイトをかばうようにして教師たちに話した。教師たちは半分疑いを持っていたが、少女の強い言葉に押され何とか納得してくれた。
そして、少女との対談の機会を得た。
「何で俺を助けてくれたんだ?俺はこの学校に突然現れた不審者だぜ?」
あからさまなことを聞いてみた。しかし、少女はそれに対して真剣に答えた。
「背中に…ケガをしてたから…」
それは、ナイトが先ほどのゴダゴダで負ったケガについて。ナイト自身痛みには気づいていたがそれがなぜなのかはわかっていない。おそらく壁に叩きつけられた時の影響だろうが…。
「そんなことのために俺をかばってくれたのか?」
「そんなことなんかじゃないよ!」
そんなことよりも気になったことがあった。少女はナイトを救うためにナイトをかばったのだと。またしても誰かに救われたのかと、自分を哀れに思っていた。
「背中の骨がちょこっと折れてるんだよ?」
だが、事態は思っていたよりも深刻だった。軽いケガだと思っていたその痛みは、実は骨折によるものだったのだ。それにはさすがのナイトも驚いた。
「骨折か…でも何で君はそれに気づいたんだ?」
「いいから!とにかくそこにうつぶせになって!」
少女の強い言葉に押されてナイトはその指示に従った。
そんな時のことである。背中には前に感じたことのあるような心地よい安らぎが感じられた。
「これは…なんだ?」
「治療だよぉ。光魔法くらいわかるでしょ?」
光魔法というのはおそらく回復魔法のことだろう。少女の回復魔法は彼に安らぎを与えた。そして彼のキズはみるみるうちに回復していった。
今起きていること、それは少女の優しさによるもの。そのことをナイトはしっかりと把握していた。
そして、そんな安らぎの時間がゆっくりと過ぎ、ナイトのキズが完全に癒されたころナイトは本題に入ろうとしていた。
「ありがとう、おかげで痛みもなくなったぜ」
「私はただ自分のできることをしただけだよ~」
「ところで…なんだけど。俺がなんで君に会いに来たかわかる?」
「----?」
唐突な質問だった。少女は少し戸惑っている。それも無理のないことだ。少女にこの先訪れる結末を知っているのはナイトだけなのだから。
「…なんて言ったらいいかわかんないけど…そうだなぁ…君に伝えたいことがあってきたんだ。うん、これだな」
「なにを伝えに来たの?」
「今日から一週間以上、一人にならないように注意してくれ。…もしかしたらだけど…ちょっと危ないことが起きるかもだから」
ナイトはまだ8歳の少女にこの先起きる悲劇を少し濁しながら伝えた。それに対し少女は、幼さからか意外とあっさりとわかってくれたようだ。
「うん、わかったよ!気を付けてみる。でももしなにかあったらおにーちゃん、今日みたいに私のこと助けに来てね!」
少女の表情は幾度となく晴れ晴れとした笑顔だった。
事件発生まで、およそ後4日。