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二人で一つの物語  作者: 雨白狐
第一章 縛りと影
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第一章6 『名犬』


 異世界には亜人が多く存在する。その中でも獣人族ビースは、人族ヒューマと快い友好関係を築いていた。そして、今目の前に立っているそれも獣人族ビースの一人である。



 約180cmの長身。好青年を絵に描いたような顔つき。その頭には人間のものとはほど遠いけもののような大きな耳。体格はナイトと同じくややがっちり。そしてその顔の中心を飾る鼻先は黒くて長い。それはナイトの世界での『犬』の特徴とよく似ていた。鼻の下を飾る優しそうな口からは、鋭い牙が輝いているのが見えた。体毛は黒く、毛並みはガサツでトゲトゲしていた。また、背中にかかった大きなバトルアックスは、人間など簡単になぎ倒せそうな力強さを漂わせていた。

 そんな、優しいのか怖いのかよくわからない姿は、ナイトの好奇心を最大限にまで引き立てるのであった。

 そして、その犬人間からの咆哮のような呼び声に対し、怪しまれないように返事を返す。



「お、おう!げんきげんき!」



 適切な返しなのかはわからない。ましてや彼がザークになりきることなど彼が自らのプライドを捨てない限り無理というものである。また、ザークと出会ってからまだ少ないというのもあり、しっかりと情報を共有していなかったナイトにとってはその犬人間がどのような立場にあたる者なのかなど、多くの疑問やそれに対する恐怖心を抱きながら、ぎこちない雰囲気を醸し出していた。



「そ、そうか…。それならええなやけど……………ん?」



 ナイトの雰囲気に飲まれたのか、その犬人間も少々ぎこちない。今気づいたことだが、どうやら関西弁のような話し方だ。

 そして、犬人間が言葉を放った後、何かに気付いたのか、犬のように彼の体を嗅ぎ出した。そして、少々険しそうな顔つきになってから口を開く。



「…お前……誰や?」



-----あっさりバレたんですけどー!?


 犬人間のその言葉に対し、ナイトは唖然とした。正直なぜバレたのかもわからない。だが、やはりその犬人間はナイトに疑いの眼差しを向けていた。しかし、そんな態度からは考えられない言葉が飛び出す。



「ザークのにおいの中に…なんかその…冷たいにおいがするから…。でもザークのにおいもするし…うーん…」



-----そこまでバレるか!!!


 鋭い牙をちらつかせながら、犬人間はズバリなことを次々に言い当てていく。ナイトとしては完全にザークではないと思われている、と思っていたため疑われすぎて最悪殺されるのではないのかと考えていた。だが、その犬人間はザークの体に二つの魂があることを間接的に察していた。



『ザークさん、あいつならバレても仕方ありませんよ。それにあいつにならバレても大丈夫です』


「…そうか」


「おぃ…ザーク…って呼んでもいいのか?てかホントお前誰やねん!」



 犬人間はやはり疑問で仕方がないようだ。

 自分の正体を明かすことに抵抗があったナイトだが、ザークの言葉もあってその犬人間には教えても良い気がしたので正直に話すことにする。



ナ:「…俺は…ナイトだ。顔はザークだが…その…わけあって今はこいつの体を借りている。だがお前も察しがついてるようだけど、この体にはザークもちゃんといる。もともとザークの体だしな」


犬:「よくわからねーけど…要するに多重人格ってことか?」


ザ:『だから何でそうなるの!?』


ナ:「まぁそういうことだ」


ザ:『…ってちょっと!ナイトさん!?』



 以前セフィアとの会話の時と似たような流れになったので、ナイトはその時と同じように多重人格設定にしておいた。当然ザークは、そんなの認める訳がないので。ナイトの方をじっと睨みつけるザークの姿を、ナイトは内心ニヤニヤしながら見ないフリ。



「…ってことで、名前教えてもらえねーか?さっきから何て呼べばいいか困ってたんだよ」


「なんや、多重人格っちゅうもんは記憶共有とかしとらんのか?」


「それな。俺も正直それ思ってた。でも俺ら一応それぞれ違う精神って感じだから記憶とかもそれぞれ」


「不便な体やな…」



 あっさり不便な体と言われ、それにはナイトも頷くしかなかった。その流れで名前の話題が消えかかっていたためナイトが再度聞き直す。



「ところで名前は?」


「おぉ、そうやったな。…わいの名前は『ラッシー』や。まぁこの名前はもう一人のお前さんがつけてくれたもんなんやけどな」



 彼の名乗った名前を聞き、ナイトは『まさか』と思う。その名前は、以前ナイトが付けた名前。元の世界の愛犬に。そしてナイトは思う。



『人間以外もリンクするのか』



 と。


 そんな中、先ほどの会話の中で彼を傷付けてしまったのではないかとナイトは思った。



「…なんかゴメン。そんな大切な名前をわからないとか言って。…おそらくだけどお前にとってその名前はコイツにつけてもらっためちゃくちゃ大切なもんなんだよな」


「せやな…。わいを拾ってくれたのはザークやったし…。今のわいがあるのもザークのおかげやしな」



 ラッシーは、ザークに対する思いを吐露した。そんな言葉を心の中で聞いていたザークは、顔を真っ赤にして涙を流していた。だが、ナイトはそのことをラッシーにあえて伝えなかった。


 こちらの世界において、ザークとラッシーがどんな関係なのかを聞いた。ナイトは主従関係だと思っていたがそうではなかった。彼らは友情関係(友達)にあたるらしい。



 異世界には契約と呼ばれる他種族同士の結びがある。基本は主従契約だが、互いの立場が平等である友情契約というものもある。そして、ザークとラッシーもその友情契約にあたる。

 契約が行われる条件は、片方がもう片方に名前を付けること。ザークがどんな理由で彼に名付けたのかはわからない。

 しかし、ナイトは自らの過去を振り返る。



 ナイトが8歳のころ、道端に傷だらけになって捨てられていた子犬がいた。ナイトは手当てのつもりでその子犬を家へと連れて帰った。当然、家族は子犬を連れ帰ったことに怒りをあらわにした。だが、ナイトは傷も治していないその子犬を手放すなんて絶対にできなかった。そして、家族に隠しながら手当てをし、渡す宛もなかったナイトはそのまま子犬を飼った。その子犬がラッシーだ。

 ラッシーと名付けた理由は言うまでもない、あの名犬ラッシーからとった名だ。

 その後、家族にラッシーを飼っていることがすぐバレてしまったが、ナイトの説得もあって何とか許しを得た。


 おそらくこちらの世界でも、それと同じようなことが起きたのだろう。



「それでなんだが、俺からって言うかザークからなんだけど、一つ頼み事してもいいか?」


「ええけどなんや?」



 ナイトは一つの頼みごとをラッシーにする。この頼みごとが、後に大きな結果を生む。



 まさか、ラッシーが本当に名犬になろうとは、まだ誰にも予想さえできない。




------------------------



『さっきの頼み事はいったいなんだったんですか?』


「ちょっとした保険だ」



 保険と話すナイトの目には、強い執念が宿っている。絶対に負けられないという強い執念が。そしてナイトはそのまま家へと向かうのであった。


 家についたころ、時刻はもうすでに18時を超えていた。腹を空かせながらヘロヘロのナイトは、家族が家にいるのかすらも確認せずにそのまま自分の部屋へ。


 そして眠りについた。



 目が覚めたのはおよそ二時間後。疲れのせいか、夢すら見なかった。

 リビングにて、晩飯らしきものがテーブルに並べられていた。また、置手紙のようなものもあったが、日本語ではなかったため読めなかった。おそらく異世界の文字だろうと思ってザークに読ませようとしたが、反応がなかった。おそらくザークも眠っているのだろう。

 そんなことを思いながら、テーブルに並べられた食べ物をとにかく食べた。おそらく異世界に来て初めての御馳走だ。あいにく現世界と異世界とでは、食べ物にそこまでの大差はなかったため抵抗することなく食べることができた。

 普通においしかった。むしろ元の世界の食べ物よりもおいしい気がした。そういえば引きこもってからちゃんとした飯を食べていない。3年ぶりの飯がこんなにおいしいものだったなんて、今までしっかりと食べていればよかったと今更になって後悔をした。


 異世界に来てまだザークの家族に会っていない。元の世界と同じ家族構成なら、父一人、妹一人、そしてナイトの計三人のはずだ。母は妹が生まれた時に亡くなったらしい。母との記憶は、彼がまだとても幼かったころのものなので覚えていなくても無理はない。だから、彼は母について深く考えることはなかった。


 そう考えると、晩飯を作ったのはおそらく妹だろう。父は昔から遅くまで仕事のため顔を合わせることすら珍しい。だから、父が作ったなんてまずありえない。だから、家にザークの妹がいるはずなんだが…。そんなことを考えながら、彼は食べ物を口に運ぶのであった。


 食事が終わり、またすぐに部屋に戻った。翌日の調査のためにある程度情報をまとめる。

 スマホの充電残量が10%を切っていることに気付いたが、もうちょっと頑張ってくれと充電温存のため電源を落とす。


 そして、二度目の睡眠に入った。



---ザークはまだ眠っている。



 事件発生まで、およそ後5日。


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