第一章5 『魔法学校にて。』
昨日走っていた道を、今日は目的地も込みで走っていた。そう、死ぬくらいに全力で。午前9時の街はなかなかといってよいほど賑わっていた。人通りも多く、ぶつかるのも少々。正直飛んでいきたい気分だった。と、思っていたらいきなり体が宙に浮いた。
『ナイトさん、さすがにそれはまずいですよ!』
ザークが忠告したが、にやけ顔を見せつけながらそのまま全速力で空を飛んで行った。周りの人々には気づかれないほどのスピードで。最悪、見つかっても風属性魔法とでも言っておけばよいと思っていた。だから、全く気にせずにそのまま飛び続ける。
空を飛ぶ感覚は、生まれて初めてのものであり風がとても心地よい。異世界には飛行機などは存在しないので、遠慮せずにガンガン飛べる。とても幸せな時間だった。
普通なら歩いて30分はかかる距離だったが、空を飛んで行ったことにより約5分で着くことができた。そして、ザークの案内で自分の教室の前まで到着した。
しかし、時はすでに遅く、もうすでに1限が始まっていた。
「オザークのくせに、遅刻とは珍しいな。まぁ普段の素行がいいから許してやる。ささ、早く席に着きなさい」
下を向きながら教室に入り、空いていた席に腰を掛けた。入学式の時のようなワクワク感や不安があった。最初に彼に話しかけた男の顔を見るまでは。
その男の顔は、ひとめでナイトの心情を怒りへと変えた。ナイトは忘れていたのだ。中三の時の担任が麓山だったということを。そして、今目の前にいる人物は、こちらの世界の麓山だということを。
「オザーク、エリクシードの席で何やってる?お前の席はそこじゃないだろ?まだ寝ぼけているのか?お前の席はもう一つの空いてる席だろ?」
麓山らしきその人物は、ナイトに席を案内した。だが、彼の心情を知っているナイトにとっては、全てが疑う材料でしかなかった。
指示された席に着く。周りにいる生徒たちは見覚えのある懐かしい顔ぶればかりだ。だが、そんな懐かしさに浸っている暇はないと、心の内に思うのだった。
そんな心境に浸っている時、一人の少女がじっとこちらを睨みつけていたことに、ナイトとザークはまだ気づいていなかった。そう、まだ彼らは後に起こるきっかけの少女の存在に気付くはずもなかった――。
1限の授業は、『闇属性魔法に対する防衛術』の授業だった。いつぞやの魔法学校系映画にも、同じようなものがあったなと思うナイトであったが、今はそんなことを考えている暇はない。ナイトは、人に聞かれないようにこっそりザークに話しかけた。
「あの野郎の名前は?」
『急にどうしたんですか?』
「いいから、名前はなんだって聞いてんだよ」
『「フォート・セルウィン」先生ですよ。他には何か?』
「いや、それだけでいい。ありがと」
やつの名前が何となくだが気になったので聞いてみた。名前のわからない者に怒りの念を込めても、何か違和感を感じたから。そんな風に、授業を聞かずザークと話していたら、
「じゃあ…この問題を…オザーク、解いてみろ」
と、よくある感じにあてられて、またもよくある感じに答えられず皆に笑われる展開に陥った。
そんな感じで1限は過ぎていった。
今日の授業は6時間。どうやらこちらの世界には部活のようなものはないようで。ナイトとしてはその状況がありがたかった。いろいろと行動がしやすかったから。
「……そうか、ありがとうな」
休み時間を生かした調査は、想像していたよりもはかどらなかった。だから、そこまで手掛かりが手に入ることもなかった。だが、ある程度の事件に対する準備だと思いながらめげずに頑張ってみた。
ナイトが調査の材料としていたのは、被害者の顔と事件が起こる日づけについてだ。被害者の顔については、脳裏に深々と焼きついていた。だが、それは彼が本人の顔を見て判断しないといけないわけで。しかし、彼のスマホにはその事件の新聞記事の写真が保存されていたため、その顔写真を見せながら調査に回っていた。当然こちらの世界にはスマホがないため、みんなからは『なんやこれ』というような反応をされた。だが、『いいからいいから』とその疑問を完全に無視しながら話を続けていた。完全にスマホ頼りの調査だが、スマホの充電残量が危ういことにヒヤヒヤしていた。(残量およそ15%)
そして事件当日の犯人の行動。犯人の素性が分からなくとも被害者をしっかりとマークしておけば事前に事件を防ぐことができるのではないのかと思っていた。また、それで事件が起きてしまっても、迅速な対応ができると考えていたから。
2限、『補助魔法応用』。麓山から変わり女の先生だ。おそらくザークの得意分野なのだろう。さっきから授業を受けたそうなキラキラとした眼差しをこちらに向けてきている。だが、ナイトにとってそんなのは関係ない。とりあえず、先生の指示通り適当に魔法を弾いた。
「やはりオザークくんは素晴らしいですね~」
語尾をビブラートのように震わせながら話すその口調は聞き覚えがあったが、事件の関係性は一切ないと思い気にしなかった。実際、関係のないことは事実だ。
そして、そのまま授業は3限、4限と過ぎていき、昼食の時間になった。そのとき彼はある重大なミスに気付く。
「やばい、弁当忘れた…」
中学時代、学校は給食ではなく弁当持ち込みだった。当然中学に財布やケータイを持っていくのは校則に反するため禁止されていた。だから、購買もなければ自販機すらない。何かを買うこともできない。
ナイトが中学生の時、同じような事態に陥ったときは大体リュウギ頼みで、いつも助けられていた。しかし、彼と似たような顔をこちらの世界でまだ見ていない。記憶を探るも忘れてしまっていることが多く、彼がこの時期何をしていたのか覚えていない。だが、こっちの世界に来てまでリュウギに頼ってばっかりなのはさすがに悪いと感じ、ここは我慢した。
異世界に来て、まだちゃんとした飯にありつけていないナイトは、今晩の異世界料理に期待するのであった。
腹の虫が鳴くのを無理やりこらえながら、彼は残りの授業を受ける。今となって思うことだが、友達付き合いをもっとしっかりおこなっておくべきだったと今更になって後悔した。どこのクラスかはわからないが、セフィアを探して弁当を分けてもらうという手段もあった。だが、この年頃の男女というのはあまり人前で仲良くはしずらいもの。最悪変な噂(リア充関連の)を流されての彼女の鉄拳が予想されたため、あえてここは何もせずにただ耐えたのだ。
腹をおさえていると先生から、
「腹でも痛いのか?トイレなら行ってもいいぞ」
と、周りの反応もお構いなしに言ってくる。当然周りの奴らはクスクスといやらしい視線で嘲笑する。そんなナイトの姿を見ていたザークは、
『恥ずかしいからお腹おさえるのやめてください!』
と、ナイトの腹が鳴らないようにするための努力を完全に無視して口を挟む。だが、そんなことをしたら二次災害が起こることくらい予想ができていたナイトは、彼の言葉を完全に無視して腹をおさえるのを続けていた。
そして、ようやく5限、6限が終わり、彼は自分の腹の虫との激戦を勝ち抜いた。しかし、勝利の余韻に浸っているすきを突き、腹の虫は最後の攻撃を仕掛ける。そして教室中には腹の虫たちによる大合唱が鳴り響くのであった。
そんなことはさておき、本日の調査の収穫はほぼゼロに等しい。およそ二十人ほどの生徒に聞きまわったのだが、得られた情報は、被害者の一人がこの学校と同じ系列の小学校の生徒であるということだけであった。翌日にでもその子と接触できれば、何か被害者の共通点が分かるかもしれないが…。調査はいまだ難航である。一応聞き込みを行った生徒には、『後に何かわかったら教えてほしい』と頼んでおいたため、もしかしたら何か手掛かりがつかめるかもしれないと、極小の可能性を信じざるを得ない状況だった。
そして、時刻が16時を超えたころ、ようやく帰宅する許可が下りた。ナイトとしては、早く何かを口に入れたい気分だ。
街は相変わらず賑わっている。元の世界と違い、自動車がないためその辺に関する危険性はなかった。だが、こんなに腹がすいている状態では、空を飛んで帰ることすらできない。ましてや、昨日と同じ過ちを繰り返して挙句の果てには落下して死ぬのがオチである。
だから、彼はおよそ30分かかる道のりを歩く羽目になっている。
『ナイトさんが疲れていると僕も疲れるんですよ…。ですからあんまり無理しないでくださいね』
彼は、ナイトの心配を装って自分の心配をしている。それはナイトにもわかっていたことだが、今はそれにいちいちかまっている気力がない。だからナイトはそのまま我が家へと向かうのだった。
だが、その途中、思いもよらない生き物と遭遇する。
「おう、ザーク!元気か!?」
背後から大声で名前を呼ばれた。そして振り返るとそれはそこに立っていた。