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二人で一つの物語  作者: 雨白狐
第一章 縛りと影
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第一章4 『信』

--『セフィアは死ぬ』



 その言葉が飛び出したとき、ザークの頭の中は真っ白になった。平凡で、何の変わりのない日常を淡々と過ごしてきた彼にとって、その言葉の真意が初めはわからなかった。否、信じられなかった。



『………何の…冗談ですか…?ナイトさん…?』



 彼がそう思うのも無理のないことだ。誰かが『死ぬ』ということを宣告されたとき、『はいはいそうですね』と簡単に納得する者はまずいない。彼もそのうちの一人なのだろう。平和ボケによる『死』への違和感なのだろう。そんな人間に、無理やり『死』という現実を押し付けたとしても、反発が起こるのは目に見えている。



「冗談なんかじゃないさ。全部ホントのことだ。セフィアと話して確信した。あの子は確実に死ぬ」



 まだ15歳であるザークにとって、それを受け入れることはまず無理だ。仮にこれが、以前のナイトであったとしてもきっと同じ反応を見せただろう。そんな彼を納得させることは極めて困難である。



『…何でそんなことが…わかるんですか?…ねぇ…ナイトさん!!』



 荒れた彼の感情が、全てに現れている。表情、行動、言動に。焦りからくるものなのか、瞳が少しうるんでいるようにも見える。



「…それは…、俺が未来の人間だからだ」



 ナイトはあからさまに、現状の真実を吐露する。『未来』という表現を使って。そんな言葉には、当然納得するはずのないザークは、



『未来の人間?急に何言ってるんですか!訳のわからないこと言わないでくださいよ!』



 と、まるでドラマのシナリオなどでよくある、信じてくれない反応を見せた。否、わからないという反応を見せた。



「…要するにだな…、こっちの世界と俺の世界とじゃ3年くらい時がズレてるんだよ。何でそんなことになってるのかはわからねーけど。でも絶対ずれてる。…それであの子、セフィアはオレの世界じゃユキって呼ばれてたんだよ。でも、オレが十五の時に死んだ。俺のせいで…」



 ナイトは今まで人に話したことのない話をザークにした。彼としては、正直言いずらかった。言うのをためらっていた。だから初め、『未来から来た』と言って少しごまかしたのだ。



『でもその…ユキさんが亡くなったとしても、セフィが死ぬとは限らないじゃないですか!』



 身勝手な発言だった。彼のその言葉は、ナイトの心を傷つけた。だけど、ナイトは今までとは違った。彼にとっても、ユキが救われることを願っていたから。気を落とさず、諦めなかった。



「今存在するこの…二つの世界は、お互い引きあっている。影響しあってる。過去も、未来も、運命さえも。それは今までいろんな人と話してきてわかったことだ。…だからあの子は確実に死んじまう」


『もう聞きたくない!それ以上話すのなら…僕は…!』



 そういうと、彼は心の中から姿を消した。そしてナイトは一言つぶやく。



「青いな」



 と。




 少し時間がたった。腕時計の針が20時を過ぎたころ、日は完全に沈みあたりは真っ暗だった。異世界であるから、電気などはあるわけもなく、灯りらしきものはあったがその使い方すらわからない。彼はザークの小さな部屋で、真っ暗な時を過ごしていた。だが、ザークが心の内に戻ることはなかった。



「これじゃまた誰も救えねぇ。どうすればいいんだ…」



 心から出たその言葉は、今のナイトの現状をあからさまに伝えた。そしてそのまま俯いてポタポタと涙を流していた。ザークと出会ってからこれで何度目の涙だろうか。強がっていた言葉も、威勢のよかった態度だって、今はほとんど感じられない。素の自分を、失った過去の自分を、少しずつ少しずつ取り戻しているのかもしれない。

 本当は弱い自分を、一人では何もできない自分を、一つ一つ思い出していった。許せなかった。自分のそんな姿が。情けなかった。自分のそんな過去が。だから彼はそんな自分を捨て、偽りの皮をかぶって、この三年間を生きてきた。


--人の皮をかぶった人形。


 まさしくこの言葉が彼には当てはまった。辛かった。憎かった。だからこそ今は諦めたくなかった。救いたかった。救いたかったのに…。

 彼はまた涙を流した。



 そんな時のことである。涙と弱々しい姿に小さな声が囁かれたのは。



『……イトさん。ナイトさん。あの、僕…』



 弱った心に弱々しい言葉が。それは姿を消したはずのザークのものだった。



『…少し考えてみたんです。仮にナイトさんの話したことが真実だったらって。もしかしたらそんな辛い運命も、変えることができるかもしれないのではって。…それでわかった気がします。ナイトさんが僕に何でそんなことを教えてくれたのか、それはナイトさんも、セフィやユキさんを救うことを信じていたから…。そうなんですよね…?』



 彼の言葉はぎこちなかった。しかし、思いはナイトと同じだった。ナイトの心は揺れる。しきりに大きく。涙が止まらなかった。でもその涙はさっきとは違うものだ。希望に満ち溢れた歓喜の涙だ。そしてナイトは涙ながらに、



「…ありが…とう……」



 と、言葉を置くのであった。




 3年前の2015年7月1日、七人の少年少女たちは一人の人間によって誘拐された。最年少では8歳、最年長では14歳のまだ幼い子供たちであった。そしてその七日後の2015年7月7日、七人の子供たちは、それぞれ異様な惨殺体として、とある廃工場で発見された。その中に、ユキは含まれていた。犯人の正体は不明、今も捕まらないまま事件は迷宮入りとなった。



 ナイトは彼にすべてを話した。過去に起きた出来事のこと。そして未来に待つ己の姿。絶望に埋もれ、堕落した未来の姿を。しかし、そんな話を聞くザークであっても、彼をバカにすることなく、表情からは真剣さが伝わってきた。ザークにとっても大切なことだから。



『今日を合わせて後七日…ですか…』



 ザークの言葉は、少し厳しそうだった。正確に七日なのかはわからないが、それでも残りの日が少ないというのは事実である。その現状を受け入れるには少ししんどいというものである。だが、何としてでも救わねばならないと心の内に思うのである。



「今日はもう遅いから、調査はできないだろう。明日以降のことは今のうちに予定を練っておくか」


『…そうですね。でも明日は学校ですし、学校で情報を集めるのもいいんじゃないですか?』



 彼の提案には一理あった。被害にあったのは子供たちだけであったから。犯人の素顔すらもわからないが、きっと手掛かりがあるような気がした。



「そうするか、でももしかしたら今後学校休むことになるかもしれないけど、それはいいよな?」


『それくらいは承知の上です。全然気にしないでください!』



 彼は快く了承した。家族はいいのかよ、と思うところもあったが、あえってそこには触れなかった。


 そしてナイトはまた思うのであった。



『腹減った…』



 と。


 そういえば昼に腹が減ったと思ってから今まで、結局何も口に運んでいなかったことを思い出す。だが、彼は1日になれないことがいろいろとありすぎて疲れたのか、そのままベッドに倒れこんだ。


 そして、異世界での初めての1日を終える。



 夢を見た。いつもと同じような夢を。でも今回の夢はいつもとは少し違っていた。それは、己の体に希望、未来という光が宿っていること。明るく真っ白に輝いていることだ。その違いは、他人から見たらどうでもいいことなのかもしれない。だが、彼にとってはとても大きなことだ。光に向かっていく自分。その姿は希望に満ち溢れている。

 一歩ずつ前進し、どんどん突き進む。嬉しかったんだ。諦めたくなかったんだ、と彼の心はそう呟く。


 そして、その光にたどり着いたとき、



『…ナイトさん、ナイトさん!起きてくださいナイトさん!』



 少年の呼ぶ声が、耳元で大きく聞こえた。




 朝日がやけに眩しい。それはどこの世界にいても同じことだ。ナイトは眠たそうに眼をこすりながら大きなあくびをした。そして、寝ぼけながらにも思うのだった。



「ここはどこだ?」



 寝起きのせいで、少し混乱している。だが、次の言葉で彼は完全に目を覚ますのだった。



『ナイトさん!寝坊ですよ!学校遅刻ですよ!』



 寝ぼけた顔は一変して焦り顔となった。家族に『起こしてくれてもいいじゃねーか』と思う節もあったが、我が家のモットーが『自立』だったことを思い出し、ドヨーンとした。

 そして、寝癖だらけだった髪を軽く整えて、魔法でパンとミルクを引き寄せながら制服に着替えた。身支度にかかった時間はおよそ5分程度。家族はみな仕事なり学校なりで家にいるのはナイト一人。家のカギのかけ方はよくわからなかったが、どうやら決められた魔力にだけ反応する扉のようだ。正直このシステムは現世界よりもハイテクだと思った。


 そんな後、彼は家を飛び出した。


 その後ろ姿は、白地に青のローブをまとった白髪の少年が、パンをくわえながら走るさまだった。



 腕時計の時刻は午前9時を超えようとしていた。



 事件発生まで、およそ後6日。


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