第一章3 『影との再会』
言葉が出ない、とはこういうことなのだろうか。
目の前に座っている少女には見覚えがあった。
一つに結ばれた赤い髪は、おそらく記憶にある少女と同じくらいの、腰にかかるくらいの長さであろう。そして藍色の透き通った瞳は、彼女のソレとよく似ていた。その顔は一生忘れることはないだろう。何せ、ナイトが初めて惚れた人の者とそっくりだったから。
「ちょ、ちょっと!何よ急に!いつの間に変態になったのよ、ザークは!」
少女は言葉を放つとともに、後ろに飛びのいた。焦った顔の少女は肩を少し上下に揺らし、ムスッとした表情で立っていた。
少女の身長は、さっきまで座っていたからわからなかったが、おそらく160cmとちょっとくらいだろう。幼さの残るその表情と比べると、少し大きめなのでは?と思うくらいだが、そんな疑問今は関係ない。
「ユギぃ…。ユギぃ…。おれ゛は…。おれ゛わぁぁぁあああ!!」
「ユキって誰よ!ザークってば!ホントにどうしちゃったの!?道端に倒れてたけど…もしかして頭でも強く打った!?…あんなに辛そうに…その…うなされても…いたし…」
ナイトは、その弱々しい体を引きずるようにして少女のほうへと迫ってゆく。
少女は彼をとても心配している。ナイトにその声は届いていないようだが、少女は彼のことを知っているようだ。そんな時だ。前にもあったような展開で、脳内に声が響く。
『ナイトさん!ナイトさんってば!やっと起きてくれたと思ったら僕の体で急に変なことするのやめてもらえますか!?』
ザークの声で目が覚める。そう、起きているのにもかかわらず、ずっと見つづけていた夢から。そしてナイトは、今の状況をやっと認識する。
「俺は…いったい…。…ここはどこだ?あと、こいつのこと知ってるみたいだけど、お前こいつの知り合いか?ってか名前は?」
「ぇ…。あなた…だれ?ザークは?ザークをどこへやったの…?」
勢いで自分がザークではないとわかってしまうようなことを言ってしまった。その言葉に、その少女はすぐ、彼がザークではないことに気づく。
『…ナイトさん?それって言ったらまずいことなんじゃ?僕たちの正体って誰かに知られたらまずいのでは…?』
「あ、やべ。…まぁ…いいか、バレても。…それにこいつには…知られても大丈夫な気もするし。あとこいつ、お前の知り合いなんだろ?」
『こいつこいつって…。こんなんでも一応その人僕の…その…、初恋の人なんです…よ?』
彼の突然の告白と、彼の燃えるような赤面する顔は青春のにおいを漂わせていた。しかし、その言葉にナイトが驚くことはなかった。
「さっきから何ぶつぶつ独り言言ってんのよ!気味悪いじゃない」
「悪い悪い、ちょっとザークと話してたんだ」
「やっぱりあなた…ザークじゃないのね?」
隠す素振りは一つも見せず、ナイトはナイトらしさ丸出しで話をする。そして、ザークの体を借りているナイトは、その流れで自己紹介を始める。
「そうだ、俺はザークじゃない。俺はナイト、シライ・ナイトだ。ちょっとした理由でこいつの体を借りてる。でも心配するな。ザークは無事だ。あいつは今俺の心の中にいる」
「正直言ってる意味が分かんないんだけど…。要するに多重人格ってこと?」
「まぁそれでもいい。それで納得してくれるなら」
『ちょっとナイトさん!変な設定作るのやめてもらえます!?一応それ僕の体なんですよ!もし元に戻ったら、変な奴だって思われちゃうの僕なんですよ!』
ザークの声が脳内で響くが、ナイトはそれを完全に無視した。そしてナイトは次の段階に入る。
「ところで、お前の名前は?それと歳は?…あ、言っとくけどこれナンパじゃないからな」
「…フフフ、ザークよりも面白いのね、あなたって。いいわ、教えてあげる。私の名前はセフィア・スノーレンス。あと歳はもう一人のあなたと同い年よ」
同い年と言われても、ナイトはザークから歳すら聞いていなかった。リンクしているのだからてっきり同い年だと思っていたが、今では同い年であったら逆に困る理由がある。
それと、さっきからザークがすごい顔で睨んでくる。そんなにも自分より面白いと言われたことが悔しかったのだろうか。そんなことは全く気にせず、彼女との会話を再開する。
「…すまないが、そのザークから歳を聞き忘れてな。今あいつ拗ねてて話聞いてくれそうにないから、教えてくれるか?」
「…そうなの。まぁザークらしいけど。…教えてあげるわよ…。私は今年で十五歳になるの。ザークも先月十五歳になったばかりだし。グラムにだって通ってるのよ。それくらいは聞いたでしょ?」
「まぁ一応」
ザークと出会った頃に疑問に思った単語がようやく理解できた。年齢から考えて、おそらくグラムというのはこちらの世界での中学校を指す言葉だ。疑問に思ったとき、もっと早く追及しておけばよかったとナイトは心の中で後悔する。
あと、年齢について。彼女の答えは、ナイトの想像していたものと全く同じだった。それは、ナイトの心をいっそう傷つけるものでもあって。だが、ナイトはその中に一つの希望を見出していた。
「…よし、だいたい理解できた。いろいろと聞いてすまなかったな。あと、俺を助けてくれてありがとう」
「ちょっと待ってよ!まだ安静にしてなくちゃ!それにナイト!あんたにはまだ聞きたいことが山ほどあるんだから!」
彼女の声は心に響くほどよく聞こえた。が、ナイトはその言葉すら置き去りにして彼女の家を後にする。彼女が家を飛び出して、追いかけてきているような気がした。だが、振り向かずに。
少し歩いた。彼女の家からある程度離れたところで、彼女が追ってきていないことを確認し、ナイトはザークに話しかける。
「一度家に戻ろう。日もいいくらいに落ちてきてるし。あと腹も減ったし。…それに…少し話したいこともある。大事な話だ」
『大事な話ですか?今じゃダメなんですか?』
「人に聞かれたらまずい話だから」
ナイトの言葉はやけに真剣だった。その真剣さは、ザークにも伝わったようで、いつもとはちがいやけに素直に彼の言うことを聞いた。
そして家に到着する。
ザークの部屋にて、目の前には二つの世界を繋いだ大きな姿見がかかっている。相変わらずその姿見には自分の姿は写っておらず、姿見の向こうには小奇麗に整頓された自分の部屋が写っているだけ。
二つの世界を繋ぐトンネル。こちらの世界に来てしまったときは、どうにかして元の世界に帰りたかった。しかし、今の彼にはそんな気持ちはほとんどない。
『それで、大事な話って何ですか?ナイトさん』
ザークはおもむろに、気になっていたことをダイレクトに聞いてきた。その質問に対し、ナイトは『驚かないで聞いてくれ、』と前置きをして、深呼吸した。そして、
「もうじきセフィアは『死ぬ』」
彼は先ほどまで喋っていた少女の死を宣告した。
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ナイトには分かっていた。こちらの世界のセフィアが、元の世界のユキとリンクした同一人物だということを。そして、そのユキはナイトが中三の時、つまり15歳の時に死んでしまったということを。
彼はこの二つの事柄から、ある一つの大きな真実を導き出した。
まず第一に、こちらの世界は元の世界よりもおよそ三年遅れているということ。このことは、セフィアの年齢とザークの年齢、そしてナイトの年齢から推測した真実の扉の一つ目のカギである。
そして第二に、あの事件が起こってしまうのが遅くともあと7日ということだ。現世界での今日の日付は2018年6月25日の月曜日である。そしてナイトの誕生日は5月31日。おそらくザークの誕生日も同じだろう。そして事件が発生したのは2015年7月1日~7日までの七日間。単純に考えたら、三年前の6月25日がこの世界の今日にあたる。しかし、先ほど彼女の家を出る前にカレンダーらしきものをチェックしたが、自分の世界の物とは全く違っていた。見方も、文字すらも。だからナイトは、この世界の日付を現世界のもので特定することができなかった。ただ、先ほどの彼女との会話から、ザークの誕生日が先月行われたことが分かっている。そこからナイトは、この世界の今日の日付が、6月の25日前後だと推測した。これが、真実の扉の二つ目のカギである。
そしてこの二つのカギが揃うとき、真実という結論に至った。
その真実とは…、
『もうじきセフィアが死ぬ』
ということである。
しかし、彼はそれと同時にもう一つの可能性を見出していた。二つの世界の影響力は強い。運命の影響力なんかは特に。だが、こうは考えられないだろうか。二つの世界の凄まじい影響力、その片方を力ずくで捻じ曲げることができたら、セカイはどうなるのか、と。
ナイトは、セフィアを救うことで、元の世界のユキを救うことができるのではないかと考えていた。時のズレを利用して、異世界に閉じ込められたことを利用して。
ナイトは三年間の間ずっと後悔していた。涙を流し続けた。自分の過ちを悔いていた。そして、ずっとユキのことを諦めていなかった。止まっていた三年という時間を、今動かそうと思っていた。だからナイトは諦めない。二度と同じ思いをしたくないから。
それに、ザークに自分と同じ気持ちを味わって欲しくなかった。ザークの今の姿は、自分が捨てた三年前のナイトの姿とよく似ていたから。夢に現れた光、未来を追いかける白い姿はおそらく彼の姿だ。そして黒かったオレ。彼を俺みたいな黒に染めたくない。だからナイトは諦めない。彼の朽ちていく姿を見たくないから。
声が響く。
『--運命に、抗え。』
と。
『辛い未来に、悲しき過去に、運命に、抗え。絶望に、希望に、恐怖に、歓喜に、全てに抗え、全てを掴め。』
と。過去の俺が俺にそう叫んだ。そして俺は過去の俺に後押しされ、
『行ってこい!オレ!待っててやっから!!』
いっそう真剣さを増した表情になり、一言つぶやいた。
「…………行かなきゃ。ユキの待つセカイへ!」
そういうと、ナイトの姿は少しずつ白さを取り戻していった。
回想のところはプロローグネタです!気になった方はチェックしてみてください!