7.その先は
「――ランティスか」
「問いに答えろ、アルバティス。そこで、何をしている」
エックハルト達に声をかけて来たのは、八番隊隊長ランティスだった。
細い体躯に鋭い切れ長の瞳。女性の様に長い黒髪は、細い編み紐で一つに束ねられている。
アルバティスと同じく、騎士とは違う立場の印象を強く受ける。
力より身軽さを売りにしている八番隊は、主に見張りや伝達、情報収集など他の隊を補佐する役割を担っている。
たしか、この旧物見塔の管理も八番隊のはずであった。
「我らの管轄する塔に何の用だ?」
「ちょっと調べたい事があってな」
「ならば私が調べて来よう――……何を、見て来ればよいのだ?」
「いや、自分の目で見たくてな」
「それは聞けぬ。現在、旧物見塔は完全封鎖している」
「気にするな、ちょっと見てくるだけだ」
「例外は認めぬ」
仲間同士の会話のハズなのに、空気はピリピリとしている。
一触即発とまではいかないが、気安い雰囲気とは程遠く、普段から仲が良いとは到底思えない。
その会話の外でエックハルトは、一人、押し黙っていた。
――ここは、夢で見た場所だ。
そう気付いたまでは良かったが、結局、何がどうなっているのか分からない。
すぐ傍では問答を繰り返す二人の隊長。
二人共静かに言葉を発しているが、どちらも譲る気はなさそうだった。
「――引かぬなら、覚悟は出来ているのだろうな?」
「そっちこそ。頑なに拒むって事は――……」
何か隠してんだろ?
挑発したアルバティスに向かって、ランティスが地を蹴った。すでに、剣は抜かれている。
「お、おやめ下さい!! 二人共!!」
すぐさま叫ぶが、聞き入れる者はいなかった。
突如として始まった剣戟にエックハルトは慌てる。
隊長同士の切り合いに、自分の入る隙はなく、言葉での制止はすでに意味がない。
旧物見塔は八番隊の管轄。
不当に鍵を持ち出し、塔へ侵入しようとしていたアルバティス。
それを頑なに拒み、実力行使に出たランティス。
事実だけを考えれば、アルバティスが他所の管轄へ無許可で侵入しようとしているのだ。非は、こちらに在る。
しかし。
夢とあまりにも重なり過ぎている景色は、エックハルトに躊躇いを生じさせた。
「行け!! ハルト!!」
「行かせぬ!!」
ランティスの矛先が自分に変わる。……が、そこに割って入るアルバティス。
彼はエックハルトを背に庇いつつ、目をぎらつかせたランティスの剣戟を受ける。すでに、代用品の篭手は傷だらけ。
ハッと目が覚めた。
アルバティスは強引で、人の話を聞かなくて。
人が気にしている事をずけずけと言う、無神経な所も沢山あるけれど。
――無為に、人を傷つけたりはしない!
アルバティスの篭手は美しい。
それは彼が強く、防具に傷をつけられる事が滅多にないから。
その篭手が、今、傷だらけなのは。
――防戦だから。
本気で戦っているならそれはあり得ない。
つまり、切りかかって来る相手を慮っている。傷つけたくないと思っている。
そこまでして、アルバティスが確認したいモノ。それが今、自分に託されている。
エックハルトは踵を返し、扉まで走った。
焦る気持ちを抑え、武骨な錠に手を伸ばすと、ゴトリと鉄の塊が落ちる。
すでに鍵は開いていた。
扉を開ける。
自分の意思で中へと身体を滑り込ませ、重い扉を閉めた。
中は奥行きがなく、高さだけがあった。
塔の中。灰色がどこまでも続く螺旋の階段と、積み重ねられた石の壁。窓はなく、登り続けても階層はよく分からない。
途中で足を止める。
薄暗い塔の中で懸命に目当ての物を探し、触れてみる。
石が、くぼんだ。
すぐ横の石壁が音を立てて動き出し、そうして現れたのは、人が一人通れるほどの通路。
エックハルトは胸を押さえた。
緊張している。
小さく声を出し、自分の声が耳に届いた事に安堵する。
不意に、篭手を見た。
大鷲ではない、王国のエンブレム。それはそうだ。自分はもう、五番隊の所属ではないのだから。
自分の意思で、歩みを進める。
暗く、良く見えないが、手を前に出し距離を測りながら進む。
しばらく歩くと、自分が出した物ではない音が、耳に届く。
まさか、という思いと。音は無かったという夢の記憶と。
両者がせめぎ合っている所に、伸ばしていた手が、何かに触れた。
壁ではない。
ひょっとして、これは――……。
鎧のたてる音が聞こえ、ボウと明かりが灯る。
オレンジ色の光がじわじわと、闇を喰い。
そうして明るくなった壁に在るのは。
「――ダグラス様!!」
痩せこけた、六番隊隊長。
彼はこちらを見て、ニッと笑った。
◆◇◆◇◆◇
秘密裏に、調査されていた事があった。
それは、六番隊隊長ダグラスの行方。
彼は一カ月ほど前から行方不明になっていた。
隊長の失踪など公には出来ず、かと言ってこのまま見過ごす事も出来ず。一部の隊員にのみ情報が公開され、調査が進められていた。……が、調査していたのは八番隊。指揮を取っていたのは隊長ランティス。
当然、捜査は難航。
情報収集担当の八番隊が手を焼くという現状に、ダグラス本人の意志による『失踪』ではないかという憶測が、関係者の中に広がる。
隊長クラスなら、八番隊を煙に巻く事ぐらいできるのでは。と。
しかし、そんな事はあり得ないと信じ切っていた男が一人。
五番隊隊長アルバティス。
個人的にも親交の深い彼は、消えかけていた可能性――事件性を排さず、独自に調査。
その後、旧物見塔に狙いを付け、偶然王都に足を運んでいた義兄兼元部下であるエックハルトを伴い乗り込んだ。と、いう事になった。
「……俺は、何も知りませんでしたけどね」
「ガハハ! まあ、そう言うな!」
状況をハッキリさせてから、情報公開する――そう決まってから、五日。
公開された情報の嘘にエックハルトは嘆息した。
「――まあ、お役に立てて何よりですけど」
満身創痍だったダグラスは順調に回復。むしろ驚異的な回復力で周囲を驚かせ、復帰もすぐだろうと言われている。
一方、捕縛されているランティスは完全黙秘。長丁場になりそうだと、アルバティスは言っていた。
先の事を考えると不安が募る。
直接関係が無いと言えばそれまでだが、騎士の端くれとしてこの事件は大きな傷を残すモノになるだろうと想像できた。
エックハルトは眉間に指を当て、ぐりぐりと押し込んだ。
シワが板についてからの癖であった。
「――大分良くなったな」
不意にそんな事を口にしたアルバティスに「何がですか?」と問う。彼は笑みを深め、自分の眉間をトントンと叩いた。
――なんだ。シワの話か。
またかと、ムッとして。
直前の言葉を思い出し、目を丸くした。
「後もう一歩。ってところだな」
まさか、という思いで窓に自分を映しこむ。
鏡ほど良くは見えないが、たしかに人相が改善されているような気がする。
そういえばさっき、通りすがりの人に微笑まれた。
きっと自分と同じ方角に居る誰かだろうと思い、そのまま通り過ぎたが。ひょっとしたら、自分に対してだったのかもしれない。
――ヤバい。
エックハルトはニヤける口元を押さえた。
人に微笑みかけられるという経験は、年単位で思い出してもわずか数人。主に家族と、最近では、アルフレアの彼女だけ。挨拶とはいえ、見ず知らずの人から笑顔を貰えるという経験はエックハルトの心を幸せにする。つまり、超嬉しい。
……と、そこで、あれほど話し込んでいたにも関わらず、自分が彼女の名前を知らない事に気が付いた。
「あの、アルバティス様」
「ん? 何だ、改まって?」
「実は、女神のお名前を教えていただきたいのですが」
直接聞くタイミングは逸している。
もともと自分は女性とあまり話した事がなく、今更、失礼なく名前を聞く勇気も無かった。
「は? 女神? って、あー……」
頭をガシガシと掻くアルバティス。
らしくない、歯切れの悪い答え。
それが意味する事は……と、嫌な予感が頭を過る。
「……つかぬ事を伺いますが、アルバティス様は女神とお知り合いなのですよね?」
「…………」
「違うのですか?」
問い詰めるエックハルトに、アルバティスは「あー……なんてゆうか、知り合いっていえば知り合い……のような?」と、言葉を濁す。
「――つまり、直接会った事はないと?」
「いや! 会った事はある!!」
「じゃあなんで知り合いって言えないんですか!?」
「会った事があるなら知人でしょう!」と問い詰めれば、アルバティスは「認定してくれないんだよ!! アイツが!」と叫ぶ。
「認定!? 許可制なのか!?」
「知らん!! 詳しくは本人に聞いてくれ!!」
「名前すら聞けなかった俺に、そんなこと聞けるわけないじゃないですか!!」
情けない事情を叫びながらも、エックハルトの頭の中には件の女性で一杯だった。
名前を知りたくて、会いたくなって。
結果からいって、長年の悩みが解決しそうな今。
元々取り留めの無い話ばかりしていた自分が、彼女に会いに行って良いのか分からなかった。
「情けない事を言うな、ハルト!」
「長年のコンプレックスは伊達じゃないんです!」
どうしても名前を知りたいエックハルトと、何故か口を割らないアルバティスの攻防は続き――……結局。
その戦いに敗れたエックハルトは、自分で名前を聞くという高難易度の任務に就く事となった。
お読みいただきましてありがとうございました!(*^_^*)