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偏食家のバクと夢見の悪い騎士  作者: 大鳥 俊
第一章:アルフレアの女神編
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6.夢喰い

 

 




「――なんでよ」



 視界も、音もなく。

 棘のある声だけが静かに響く。



「どうして、――――なのよ」



 苛立ちを隠さない声の矛先は、何故か自分の様な気がした。

 

 エックハルトは問われている意味が理解できず、弁明も否定も出来ない。

 それどころか、自分が今いる場所や時間、そして、相手が誰なのかすら分からない。



 ――ああ、そうか。



 これは夢なのだ。


 視界も、気持ちも、全て曖昧で。

 自分の境界線が分からない。夢。



「――ちょっと。今、ホッとしたでしょ?」



 ギクリ。

 夢の住人のくせに、自身の心を見透かした発言。反射的に背筋が伸びた。



「『夢は夢。取るに足らない些細な事』ですって?」

「なっ!? なんでそれを……!」

「バッカじゃないの? 『夢』に関して、私に隠し事が出来ると思ってんの?」



 今にもフンと鼻を鳴らしそうな言い方には若干苛立ったが、夢相手に怒るのもバカらしく、気持ちの上で首を振った。



「言い返さないわけ?」

「自分の夢相手に怒るほど、俺は子供じゃない」

「なによ。無駄に悟り切っちゃってさ」



 夢は不服そうに言い、「あーあ、つまんない」と、呟いた。


 姿は見えないが、なんとなく、積み上げられたレンガの壁に腰かけて、足をぷらぷらさせる姿が想像された。

 

 ここに来てエックハルトはこの声の主が女性なのだろうと想像する。

 子供ではなく、年配者でもなく。きっと同年代――……それは、隠れた自分の願望なのかもしれない。



「……スケベ」

「はっ!?」

「歳の近い、たーくさんの女の子と話したいなんて、そんな奴だとは思わなかった」

「た、沢山!? 俺はそんな事思ってない!!」

「女の子と話がしたいは否定しないんだ?」



 まるで浮気を(とが)めるような言い方にムッとして「悪いか!?」と、強気に返す。すると彼女は、何も言ってこなくなった。


 沈黙が流れる。


 自分は決して悪くない、むしろ正常だと、開き直っての発言だったのに、この静寂に責められている気がする。自分の夢なのに、ものすごく居心地が悪い。理不尽だ。



「……だったら、夢を喰ってもらえばいいのに」

「夢を喰ってもらう……? バクにか?」

「そうよ。そうすれば、憂いは晴れて、沢山女の子とお話出来るわよ?」

「まだ引っ張るのか!? 結構根に持つタイプだな、君」

「失礼ね。記憶力が良いと言いなさい」

「記憶力なら、俺だって悪くないぞ」



 ここで張り合ってもしょうがないのに、エックハルトはついついそんな事を口にした。


 彼女が微笑んだ気がした。

 楽しくて、というより、寂しげに。


 その笑みに心が(きし)む。

 姿が見えないのに、そんな事を思うのはおかしくて。なのに心は間違いなく締め付けられている。


 ――なんだ、この気持ちは。


 呼吸が一瞬止まって、慌てて空気を取り込むように。苦しさと満たされる思いが同時に心の中へと広がってゆく。


 苦いのに、甘美。

 どうしてと問うても答えはでない。ただそれでも、この想いが気のせいだとは思えなかった。



「なあ、君――……」


 

 名前は? と、切り出そうとしたら、彼女が「そんな事より」と、声を被せてきた。


 

「今はゆっくりしゃべっている場合じゃないの。早く、悪夢を差し出しなさい」

「悪夢を差し出すって……? どうやって?」

「アンタ……さっきの記憶力云々の話はどうなったのよ?」



 呆れた声を出す彼女からは、もう寂しげな雰囲気は感じられない。

 それに何故かホッとしている自分がいて。同時に、その想いへ首を傾げる。



「…………『この夢を、バクにあげます』。ハイ、復唱!」

「なっ!? 強制的!?」

「急いでいるって言ってるでしょ?」

「だからって……」

「つべこべ言わない!」



 有無を言わさない彼女は、もう一度おまじないを繰り返す。唱えた後には悪夢を思い出す事と、指示をしながら。


 多分反論しても、勝てない――……


 情けないやら、懐かしいやら、良く分からない気持ちになる。

 そんな事情など知らない彼女は、「早く」と、急かす。随分、強引だ。


 エックハルトは観念し、スッと息を吸い込んだ。



「――この夢をバクにあげます」



 脳裏に焼きついた、悪夢を呼び起こす。

 背中に冷たいモノが走り、鼓動が速くなる。


 この感情は恐怖。


 見えた景色に怖れ、何もできない自分に絶望し、そして、現実じゃないと恐れた自分を無かった事にした。

 しかし実際には、その感情が心の奥底に根を張っていた。


 それが、今。端の方から崩れてゆく。



 ――バクが、夢を喰っている。



 重そうな鉄の扉。

 嫌な音を鳴らした心臓。

 背筋の冷えた、思い。


 想像した景色がどんどん薄れてゆき、その時の思いが抜け落ちてゆく。

 なのに、悪夢を見た記憶だけは残っているという、不思議な感覚だった。


 ――悪いな、こんな苦い物を喰わせて。


 夢喰いは甘党。

 本当ならもっと楽しい夢を喰いたかっただろうに。


 凝り固まった恐怖が消えてゆくのをぼんやり眺めながら、ふと、そんな事を思えば。



『私は苦味が好物なの』



 バカねぇと、呆れた声が聞こえた。



◆◇◆◇◆◇



 目を開けるとそこは白い天井だった。

 自分に用意されている部屋ではない事だけは分かり、慌てて身体を起こす。エックハルトはソファーに寝かされていた。


 コンセプト森を著しく無視した所謂(いわゆる)、普通の部屋。たしか、客間だけは改装を阻止したと執事から聞いたので、ここは客間という事でいいだろう。


 エックハルトは軽く頭を振り、記憶を辿(たど)った。



「確か朝起きて、ちょっと話したアルバティス様に何故か追いかけられて……」



 そうだ。その後、オオワシの剥製(はくせい)が倒れてきて。そして、現在に至る。



「…………」



 思い起こした記憶に違和感を覚えた。


 本当に、それだけか?

 他に、何もなかったか?


 何か、大事な事を忘れている気がする……が、全く思い出せない。

 しかもそれが仕事なのか、私情なのか。それすらも分からずいた。


 しばらくぼんやりと腰かけていたら、ドカドカと慌しい足音が聞こえて来た。



「ハルト!! 目ぇ覚めたか!?」

「アルバティス様!! お、落ち着いて下さ……」

「俺は落ち着いているが、急いでいる!」



 たしかに拳を握りしめてはいない。だがアルバティスは何故か、鎧を着ていた。



「い、今から登城ですか??」

「ああ! ハルトもついて来い」

「え?」



 エックハルトはすでにアルバティスの部下ではない。

 それは揺るぎない事実なのだが、そんな事を論じたところで、この元上司兼次期領主様が聞くとは到底思えなかった。



「ハルト、三分で準備しろ」



 ギリギリである。

 どんな早技を使っても、これ以上は無理という時間。


 だが、アルバティスの表情は真剣だった。

 元部下であるエックハルトはその鬼気迫る表情にごくりと喉を鳴らした。



◆◇◆◇◆



 宣言通り三分後に屋敷を出たエックハルト達は、城に到着していた。

 いつ見ても美しい庭を通り抜け、磨き上げられた床を鳴らしながら歩く。

 すれ違う騎士達はこちらに気が付くと、一様に頭を下げ、自分達が通り過ぎるのを待つ。


 アルバティスはずんずんと城内へと入って行くが、大義名分を持たぬエックハルトは内心ヒヤヒヤしていた。


 エックハルトとしては定期の催し物以外での登城は数年ぶりで、しかも、元々王城の醸し出す(おごそ)かな雰囲気が苦手。加えて、今回はついてきただけである。



「アルバティス様」

「なんだ」

「私は、一体何をすれば……」

「分からん」



 最早、何故自分がここに居るのか分からない。



 ようやく窓のある廊下に出て、外を見た。

 白い石畳が正方形に敷き詰められ、その周りには芝生、更に離れた場所には大木と水場がある。訓練所の庭だ。


 エックハルトは数年ぶりに見る景色を懐かしい気持ちで眺めつつ、同時に妙な違和感を覚えた。



「アルバティス様、ここは……?」

「昔の物見塔へ向かう通路だ」



 この城には遠くを見渡せる物見塔が東西に設置されている。

 それは有事に使用されるものだが、十数年前に新たな塔――現、物見塔――が建造された為、今は使用されていない。

 よって、旧物見塔への道は基本的に年配の騎士や隊長クラスしか知らず、塔へと繋がる扉は硬く閉ざされていると言う。


 言葉を締めくくったアルバティスは、足を止めた。


 目の前には重そうな鉄の扉があり、その入り口には武骨な錠が付いている。


 心臓が、ドクリと鳴った。

 理由は分からないが、背筋に冷たいモノが走った。


 アルバティスは錠を掴むと、懐から鍵を取り出す。

 その仕草にも、何か、言い表せないモノを感じ、腹をさする。


 カチャカチャと音を鳴らしながら鍵と格闘するアルバティス。

 その様子をモヤモヤとした気持ちで眺めていたエックハルトは、ふと、気が付いた。



「アルバティス様、その篭手(こて)は……?」

「ああ、いつものを整備に出していてな。代用品だ」



 大鷲ではない、篭手(こて)

 また、心臓が鳴った。


 エックハルトは胸に手を置き、もう一度外を見る。


 石畳に陽の光が反射した、明るい庭。少し離れた水場にある桶。

 水の張られているらしい桶には、陽の光がキラキラと水面を輝かせている。



 ――あれは、満月ではなかったか?



 何故かそんな事を考えた自分に、息が止まる。


 懐かしさの残る庭と、何処の隊か分からぬ篭手(こて)。そして、隠し扉の先にある――……



「――そこで、何をしている」



 聞こえた冷たい声に、ヒュッと喉を鳴らした。








お読みいただきましてありがとうございました!(*^_^*)

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