2.呼び出された理由
そんな一方的な要望を押し付けられたエックハルトは、渋々王都に向かっていた。
理不尽と言えば理不尽。アルバティスの粘り勝ちと言えばそれまで。
状況はどうであれ、行くといったからには当然王都へ向かうしかない。
実を言うとこのやり取りは、一カ月ほど続けられていた。
それまでは、月に一、二回。多くて週一回だった来訪が、ひと月前を境に、週二回、週三回……そして、二日に一回を上回る勢いになり。ここ数日は、毎日屋敷に襲撃をかけてくる始末。
挙句、どれだけ断っても会話の切り口を変えてくるだけで、要望は一貫していた。
『王都に戻ってこい』
何故だ。
辺境を守る貴族。それも、一代限りの騎士に一体何の用が。
剣の腕前もそこそこ、名が売れるほどの実力もない。
名乗っている家名は名家だが、自分は養子。
後を継ぐ事もないからこそ、自分に与えられた小さな領地に引きこもっている。
王都に向かう道をひたすら走る。
整備の行き届いた道は長考するには向いていたが、いくら考えても王都に呼ばれる理由など分かりはしなかった。
――アルバティスに押し切られて一週間。
エックハルトは久方ぶりの城下に足を踏み入れる。
◆◇◆◇◆
「よお! ハルト! 遅かったじゃないか!」
アンタが早すぎるんだよ。
一週間、日中は休みなく馬を走らせたエックハルトより、何故か、三日も早く王都に到着していたアルバティスは、陽気にそんな挨拶を寄越して来た。
ここはロックランド家のタウンハウス。
城下を懐かしむ間もなく訪れたにも関わらず、次期領主様の超人ぶりを見せつけられているところである。
「まま、疲れただろう? 茶でも飲んで行け」
「いえ。出来れば要件を手短に」
早く帰りたいのである。
アルバティスは「そういやあ、レネの奴がハルトに飲ませてやりたいって言ってた紅茶があったな……」と、すでに人の話を聞いていない。
「アルバティス様、要件を――」
「おーうい、ハンス! レネの紅茶をハルトに出してやってくれ!」
「アルバティス様」
「かしこまりました、旦那様」
ガン無視だ。
いつもの事とはいえ、さすがに腹が立つ。
いっそこのまま踵を返してやろうかと、片足を上げかける。
……が、本当にそうした場合、またアルバティスが屋敷に襲撃をかけてくるだろう。その確率は十割。これは被害妄想ではなく、現実に起こる未来である。
結局、『留まる』一択しかないエックハルトは、屋敷へと入るアルバティスに続く。
中は次期領主の屋敷に相応しい広さを誇り、その空間を彩るように調度品がいくつも置かれている。
だがそれは、貴金属のギラギラ、ゴテゴテ。ではなく、野生の香り漂う、剥製や毛皮、大鹿の頭部など、博物館か魔女の自宅を思わせる品々だった。すぐ隣には、口を開けたオオワシが翼を広げて前方の剥製を威嚇しているし、背景に溶け込みつつも、何故そこに在るのか分からない植物は異様にデカイ。
放っておけば、小動物と肉食動物が追いかけっこを始めそうな景色。けれど忘れてはならないのが、ここはエントランス。――屋敷の顔、である事。
「コンセプトは森だ!」
「でしょうね」
言われなくても分かる。
エックハルトは人の趣味について、とやかく言うつもりはない。本人が良ければ、それで良いと思う思考の持ち主だ。
だが、明らかに他の高位貴族と趣の違う品々の入手先は気になる。どう考えてもこれらは、王都で商品になりにくいだろう。
博物館や魔女から寄贈されたと言えばある意味納得だが、それも現実的ではなく。とするならば、ひょっとしてこれは――……
「この大鹿、この間の冬に狩ったんだぜ」
「やっぱり!!」
戦利品だった。
「かっこいいだろう~? 今度、良い獲物を捕えたらハルトの屋敷にやるよ」
「いえ……ウチ狭いんで……」
貰ったら最後。
屋敷の仕様を跡形もなく変えるか、物置きの大掃除が決定である。
アルバティスはガハハと笑いながら歩いてゆく。
次期領主であり、王城の騎士隊長であり、森の狩人でもありと、ホントに何でもありな、この型破り人間は、真実自分と同じ人間なのかと心底疑いたくなる。
けれども一方で、エックハルトが逆立ちしてもマネできない豪胆な性格は、強烈な印象を与え、惹きつけているのも事実。そっけない態度であしらいつつも、最終的にはエックハルトが折れてしまう理由なのであった。
客間に通され、茶を頂く。
出てきたのは苺で香り付けされた紅茶で、後からふわりと香る柔らかな甘みが、何とも乙女らしい一品。
そうしてそれが、レネ――レネはエックハルトの妹、ただし血のつながりはない――の選んだ紅茶と聞けば、彼女が気に入ったから用意してくれていたのだと想像できた。
ただし、完全に季節を無視している辺りが、アルバティスを彷彿させる。夫婦とは、似るモノである。
こうして幕を開けた次期領主様との世間話は実に長かった。
屋敷でもてなされている以上、雑談に応じるのは礼儀だが、如何せん本題に入る気配のないアルバティス。
失礼にならない様、でも強気に要件を促すエックハルトの話はやはり聞いてはもらえず、左に傾いていた時計は、すでに直立状態をとうに過ぎ去っていた。
エックハルトとしては昼前には辞そうと思っていたのに、何事もなかった様に運ばれてきた昼食をいただく事となったのは言うまでもない。
「――で、ハルト。本題だが」
屋敷に来ておよそ五時間。
ようやく。本当にようやくアルバティスが世間話を打ち切った。
すでに、もてなされている事に対しての礼儀を尽くし切ったエックハルトは、祝い事の夕餉の様に出された昼食を頂き、腹をさすっていた。
「要件は他でもない――……お前の万年ジワについてだ」
「はい?」
無礼というなかれ。
本来なら「はァン?」と、ゴロツキが言うような声を上げたっておかしくないハズだ。
エックハルトは眉間のしわが三本ぐらい増えた気がした。
熱心な呼びかけに答え、一週間。
わざわざ領地から出てきたというのに、自身の顔面話など聞きたくもないのは当然だろう。
「……アルバティス様。俺だって、たまには怒るんですよ」
「ん? 何故怒る?」
「あったりまえじゃないですか!! 俺、人相の事気にしているって何度も言いましたよね!? なのに毎回シワシワシワシワ……!」
「ハルトは早口言葉得意そうだな」
「茶化すな!!」
素で怒鳴りつけてやれば、アルバティスはキョトンとした表情をし、その後、盛大に笑った。
「ハルトはこっそり口が悪いな」
「誰のせいだよ!!」
「なんだ。俺のせいだとでもいいたいのか?」
アルバティスがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
その実に嬉しそうな表情を見て、この駆け合い全てが、自分の素を引き出す為だったのだと気付く。
事あるごとにこちらの素を引き出そうとするアルバティス。
養子として、一介の騎士として。そして、義兄と名乗る事にも、抵抗を覚えるこの立場を。
すべてを弁え行動している自分を崩し、楽しんでいる。
エックハルトはコホンと咳払いをし、「違います」と答える。
「おっと。もう良い子ちゃんの復活か?」
「……アルバティス様。からかうのは止して下さい」
エックハルトはソファーから立ち上がると、そのまま扉へと歩き出す。
背後から「もう帰るのかー」と、呑気な声が聞こえたので、一応振り返り会釈をする。
「なあ、ハルト」
もう席に着く気はなかったが、アルバティスの顔を見る。
彼は口角を上げつつ、目を優しげに細めていて。まるで、世話の焼ける奴だと言われているような気がする。――身分違いだと、分かっているのに。
エックハルトは居た堪れなくなり、扉の方を向く。
「――アルフレアの花壇通りへ行ってみろ。お前の悩みを解決してくれる女神が居るぜ」
背中にかけられた声に黙って頷き、エックハルトは部屋を出た。
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