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偏食家のバクと夢見の悪い騎士  作者: 大鳥 俊
第二章:ハンセル帰郷編
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10.その瞬間は今しかないと




 翌日。

 エックハルトはあくびをかみ殺し、一人馬を走らせていた。

 向かう先はハンセルの屋敷。訪問理由は事の説明のため。だが、遅くなった事をわびる必要もあるだろう。


 本来なら昨日のうちに行くべき説明。

 だが実際は捕り物の後、陽気な市場連中に捕まって、何故かお祭り騒ぎになってしまったのだ。


 市場にはなんでもある。

 拍手喝采(はくしゅかっさい)に続き、すぐさま食えや飲めやと店主が景気のいい事を叫び始め、その騒ぎに離れたところにいた人達も集まってきて、人だかりを見た商人達がやれ好機だと商魂を燃やすという流れができたのだ。

 それはあっという間の出来事で。結局エックハルトの周りから始まった祝いは、市場全体のお祭りとなった。


 ちなみに投げたトウモロコシは、焼きトウモロコシにして美味しく頂きました。ご馳走さま。



◇◆



 屋敷に着き、馬を降りた。

 先日感じた嫌な雰囲気はすでになく、木々のざわめきと小鳥の囁きだけが聞こえる、静かな環境が戻っていた。

 今日はイノーブ爺も出ているのか、突撃してくる気配もない。それは少し寂しかったが、平穏の(あかし)と思えば嬉しくもあった。


 三度目の訪問ともなれば愛馬もお気に入りを見つけたらしく、進んで目当ての木の下へと歩いてゆく。全くどこまで行くのかとその後を追えば、そこは屋敷の横側。これが良いと尻尾をご機嫌に振る愛馬にエックハルトは言葉を失った。愛馬が選んだのは、かつて自分が気に入っていた、通称昼寝の木だったのだ。


 昼寝の木は悪夢で寝不足の時、皆に隠れてこっそりと休む特別な場所だった。

 木に登るとその大きな枝葉に包まれて、ベッドで眠るより安心できたのだ。夢の内容問わず、起きた後のおまじないも忘れない。どちらかというと、楽しい夢を見ていたのは木の上の方が多かった気もする。


「お前もここがいいのか?」


 ひひんと、鼻を鳴らす愛馬を撫でて、他より少しばかり大きめの木を見上げる。

 懐かしいなと、その幹に触れた。


 風が吹いた。

 心地よいと感じたその風は温かく、それでいてカラリとしていて。湿っぽい気持ち癒してくれるような、どっかの誰かさんのような風だった。


 エックハルトは目を閉じ、心ゆくまで生家を堪能した。――この場所に来るのは多分、今日が最後だから。



 女男爵の案内で客間に向かう。

 報告内容としては盗品運搬の隠れ(みの)に使われたという、当たり障りのないものにしておいた。

 この案件は広く知れ渡る事を良しとしない。それは、伝令が戻ってきていなくともわかる事。残りの処理は、アルバティス達王城騎士が動くから、余計な心配は不要だった。


「――以上になります」

「承知しました。わざわざご足労、ありがとうございます」


 報告を終えてしまうと、もう滞在する理由がない。

 エックハルトはゆるりと立ち上がり、その足でエントランスホールへと向かう。

 別れの時が刻一刻と近づいているのを実感し、身体が重く感じる。まだ、何も言えていないのにと、喉元まで出かかっている言葉を吐き出したくてたまらなくなる。


「では、私はこれで。この度はご協力ありがとうございました」


 別れの挨拶をすると、道中お気をつけてと女男爵が礼を取る。

 エックハルトも目礼を少し長めにして、そして踵を返した。


 ――本当に、このままでいいのか。


 頭に浮かんだのは、不服そうな顔をしたフレア。

 『ここには嘘つきばかり』だと、感情を表した彼女は、一体誰の代わりにそうしてくれたのか。

 貴族は体面重視で心のままに話す事はない。いつも踏み込まれぬよう、弱みを見せぬよう、言葉で盾を作っている。それは家を、そして自分自身を守るため。


 幼き頃、母様に『お元気ですか』と素直に手紙を書きたかった。

 再会した時、心のままに『母様』と呼びたかった。


 いずれもその邪魔をしたのは、望まぬ現実を受け入れる覚悟のない自分。

 臆病な己は貴族の体面という盾を振りかざし、安全な場所まで逃げていただけ。

 これじゃあ、子供の頃と何も変わっていない。


 ハンセル家を出て十八年。

 短い言葉では言い表せられないぐらいの事があったのに、成長が見られないなんて情けなかった。こんな姿を、女男爵に覚えていて欲しいわけじゃない。俺は、母様の誇りでありたいのだから。


 この場に居ないフレアが、エックハルトの背中を押す。


 『逃げるだけでは、決して望むものは手に入らない。いつかは(きびす)を返して、向き合わなきゃ』


 ――もう、わかっているよ。

 その瞬間は、今しかないと。



「母様!!」


 思わずそう呼んでしまって。エックハルトは後に引けなくなった。

 今ここで、自分が邪魔だったのか、必要なかったのかと問うのは(はばか)られた。それでもそれを聞かなければ何のためにここまでやってきたのか分からない。


「俺はお役に立てましたか?」


 幼き頃、聞きたかった事。

 再会して、すぐ言いたかった事。


 それらをすべてまとめて、エックハルトは問う。

 自分は貴女の誇りである事ができているのかと。


 女男爵は息を止めたように押し黙り、そっと目を伏せた。

 それはいつも真っすぐに相手を射ぬく女男爵が取る行動ではなかった。

 望まぬ現実が、ひたひたと足元に忍び寄る。


 今、訂正の言葉を発すれば、なかった事にできる――。


 そんな及び腰な方法が、エックハルトの手を引いた。


 怖い。怖い。怖い。


 望まぬ現実は心を凍てつかせるだろう。

 言わねばよかったと、後悔する時もあるだろう。


 だがその気持ちは、望みに向かって手を伸ばしたからこそ得た気持ち。逃げずに向き合ったからこその傷。


 これは勲章だ。

 誇る事こそがあれど、自嘲(じちょう)する事など絶対にない。


 踏みとどまるエックハルト。

 どのような結果が訪れようとも受け止めて見せると、ただ前を見据えた。


 すっと目線を上げる女男爵。

 ゴクリと喉を鳴らす、エックハルト。


 視線が初めて何の障害もなく通り、その終着点に、僅かな光を見みつけた時。


 女男爵が眩しいものを見るように目を細め、嬉しそうに微笑んだ。


「――ええ。自慢の息子です」





◇◆



「マザコン」


 ご機嫌で屋敷から戻ったエックハルトに、フレアはばっさりと切りかかってきた。


「いや、否定はしないけど」

「否定しても、それを否定するもんね。私が」


 そこまでしてマザコンという札を貼らなくてもいいじゃないか。


 馬を引きながら、ゆっくりと街の外へと向かう二人は、一人はジト目、もう一人は呆れ顔で、なんだか険悪な雰囲気に見えなくもない。

 それでもまあ。最後の最後でこんなに嬉しい結果が用意されていたのだから、多少の暴言は気にしないでおこうとエックハルトは鷹揚(おうよう)に頷いた。


「じゃあ、そろそろ行こうか」


 馬を止め、フレアを見る。


「王都まで送ってゆくよ」

「いらないわ」

「は? なんで?」


 まさか、マザコンの送迎はいらないと?

 思わぬ返事に驚いていると、フレアは事もなげに「もう王都に用はないの」と言った。


「元々、用事があってあそこに居たのよ。その用事はもう終わったから、私は違う街に行くわ」

「違う街って……。ひょっとして、だからハンセル行きの用意も早かった?」

「まあ、ね」

「ちなみに行き先は決まっている?」

「いえ。これからのんびり考えるつもりよ」


 こんな事ってあってよいのだろうか。

 エックハルトは続き過ぎる幸運に頭を殴りたくなった。これはまさか、夢だったりするのだろうか。


 彼女は自由の人。しがらみなく、どこにでも行く事ができる人。

 それはつまり、アスカムに来る事も出来るって事で。という事は、まだ別れなくても良いって事。つまりつまり、うまくいけば、このままお互いを認め合う事も――。


 降って湧いたチャンスに、エックハルトはうろたえる。

 顔面が怖いと言われて引きこもり生活をしていたのは、ほんの一カ月前の事。

 それがアルバティスの強制的要望で王都に出向き、彼女に会い。話を聞いてもらって、おまじないを再び思い出して。ハンセルに来て感動したのは、普通に食事の注文が出来た事。


 なにか憑き物が落ちたように、好転する物事。

 すべては『アルフレアの女神』こと、フレアに会ってからの出来事だ。


「やっぱり君は『女神』なんだな」

「アンタ、今度そのこっぱずかしい単語を使ったら、ぶっとばすけど」

「『女神』に殴られるなら本望だ」

「……マザコンに加えて、新たな扉を開くのはやめて頂戴」

「なら、さ。俺の願いを叶えてくれる?」

「だから、なんでよ……」


 呆れたように呟くフレアが、「まあ、出来る範囲ならいいわよ」と溜息をついた。

 なんだか、ちっともロマンチックではないけれど、そこは恋愛初心者なのだから、許してほしい。


 エックハルトはなけなしの勇気を振り絞って、「じゃあ、さ」と、アスカム行きを提案しようとして。

 ヒヒンと愛馬が()く声を聞いた。フレアが後ろを振り返る。


 そこに現れたのは、懸命に走るひょろ長い監視の一人だった。


「オークウッド卿!! 間に合ってよかった!!」

「どうかされましたか」


 まさか、何か手に負えない揉め事が。

 自分が去る前に極力ハンセルの(うれ)いを晴らしたい。

 エックハルトは意識を切り替えて、監視の言葉を待った。


「えっと、伝令が届きまして!」

「は? 昨日の返事にしては早すぎないか?」

「多分、別件かと」


 どこからだ、と首を捻る。

 エックハルトがハンセルに居る事を知る人物はほとんどいない。

 状況から考えるとアスカムからの可能性が高く、伝令という緊急連絡手段を使う意味を考えると、ロクスが過労で倒れかけている事を想像した。


「では確かにお渡ししましたので」

「ああ。ご苦労」


 一刻も早く帰ってやらねば。

 そう思いつつ、エックハルトは手紙を受け取って。それが全然違うところから来たものだと気がつく。

 封を切り、急ぎ中身を確認する。そして。


「な、なんだってぇーっつ!?」


 ありえない内容に、素で声が漏れる。

 フレアも驚き「どうしたの!!」と、手紙を覗きこんだ。そこに書かれていた内容は。



 『エックハルト=オークウッド。急ぎ、王都への帰還を命ず――』



 理由はダグラス救出の功績による、五番隊復帰の勅命(ちょくめい)だった。




【第二章 ハンセル帰郷編 おしまい】

お読みいただきましてありがとうございました!!

今回で第二章完結です。第三章開始まで今しばらくお待ちいただけるとうれしいです(*^_^*)

進捗などは活動報告でご案内いたしますね(*^_^*)よろしくお願いします!

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