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旅立ちと、女の子

 30年来、脳裏からずっと離れなかった「女の子をバイクの後ろに乗せて文明崩壊後の世界をどこまでも旅してゆく」という光景があります。

 その呪いじみた憧憬を、この機会に、作品にしてみました。

 俺以外、なんの需要があるんだ? それは? ……と、思わなくもないのですが。

 「スローライフ小説」が一つのジャンルとして定着しつつあるいまなら、ひょっとしてもしかして、楽しんでいただける方がいらっしゃるかなー、と、こっそりと出します。

 更新ペースは最初こそ速いですが、そのうち諸事情によって、遅くなるかもしれません。ヒロインを九州に送り届けるまでは書きたいと思っています。

 125ccのバイクの後ろに、荷物を積む。落とさないように、しっかりとゴム紐でくくりつける。


 陽気が素敵なその日の午前。

 出発準備を整えおわると、ちょっと離れて、バイクを見る。


 うん。いいよね。バイク。

 どこまでも行けそうだ。

 どこまでも行くことができる。

 そしてどこまでも行くつもりだった。


 免許は取っていたけど、そのあとすぐに引きこも……げふんげふん、ええと、ニー……ではなくて、げふんげふん。

 ええと。本人の選択による自宅履修をしていたものだから、じつは乗っていない。バイクは買うつもりだったので、お金を貯めていた。


 そのお金を持って、バイク屋に行って、シャッターの開いたままの店内を覗いて、目当ての車種を見つけた。定価に相当する金額をカウンターに置き、メモ用紙に、日付と車種と金額を書き、書名も行った。


 「バイクをいただいていきます。すいません。お金は置いてあります。定価に足りると思います」――と、もし店の人が戻ってきたら読めるようにしておいた。

 戻ってこないとは思うんだけど。でもいちおう、そこのところは、ちゃんとしておきたい。

 いま世界がこんなことになってしまって、お金なんて、なんの役に立つのかって話もあるけれど……。


 今日までは、家の中にいた。

 けっこう食料は買いこんであったので、「あれ」があった後も、しばらく問題なかった。

 しかし昨日になって、ついに電気も止まってしまった。


 だから僕は旅に出ることにした。前から旅をしてみたいと思っていた。

 そのいい機会が訪れたのだと思った。


 外に出ることは、じつは、怖くない。人に会うことが怖い。より正確に言うと、人に会って傷つけられることが怖い。

 どうして、皆、人を傷つけたり損をさせたりして、喜んだり得をしたりしようとするのだろう。自分も人も、どちらも得になるようにしないのだろう。winwinではなぜいけないのだろう。


 バイクには、セルスターターがついていなくて、途方に暮れた。

 説明書を読んで、「キック」というやりかたを調べて、エンジンをようやくかけられたとき――。

 僕は思わず歓声を上げていた。


「ヒャッハー!」


 しまった。ヤンキーくさい。モヒカンカットの人っぽかった。

 やり直し。


「やったー!」


 誰も聞いていない。周囲には人っ子一人いない。「あれ」が起きてから人の姿を僕はみかけていない。

 本当にものすごく少なくなってしまったと、ネットで話したどこかの人は言っていた。

 いったい「なに」が起きたのか。仮説だったら聞いているのだけど……。まあそれはまたこんどにしよう。

 僕は、ごくわずかな荷物だけを厳選してバイクに積みこみ、出発準備を整えたわけだった。


 とにかく――!

 出発! 旅!

 目的地? どこへいくかって?

 そんなの、べつに、どうだっていいじゃないか。


 「ここじゃない何処か遠くへ」――で、充分だった。


 路上には乗り捨てられた車が、あちこちに止まっていた。

 正確には、乗り捨てられたというより、運転している人が消失しちゃったんだけど。


 それらを避けてスラローム走行だから、あんまり速度は出せない。前をしっかりと向いて走っていないと危ないので、景色を楽しむこともできない。

 しばらく走り続けて、生まれ育った街をすっかり抜けて――。


 あまり来たことのない街中までやってきたところで、バイクを止めた。


 こっちの街では、まだ電気が生きているようで、自販機が動いていたから、午後ティーを買って、飲んだ。


 ふう。

 午後ティー。うまい。

 空が青い。だからうまい。

 うまいうまい。


 そして空が青い。本当に、どこまでも青い。


 見たこともないくらいの青さだ。空でなくて海みたいに見える。

 世界から人のほとんどが消えてしまってから、空気が急に綺麗に清みわたったような気がする。

 ほんの十日か十四日かそこいらで、世界はこんなにも回復を果たすのだ。

 べつに終末論者でも。人類ダメ主義者でもない。

 空の青さに感動して、そう思っただけ。

 人がいないほうがいいと思ったわけではない。……実際。いないんだけど。


 ほんと。いないなー。


 さっきから道ばたにバイクを止めて、午後ティー1本を空にするぐらいの時間が経っているのだけど。誰も通らない。

 猫は通っていった。ハトかカラスか、なんかの鳥が、上空を横切ってもいった。

 しかし人は一人も通らない。車も通らない。


「こんにちわー」

「あ。はい。こんにちは……」


 いま一人、女の子が通っていったくらいで――。


 ……え?


 通り過ぎていった女の子の、すらりと細身の後ろ姿を、まじまじと見つめた。

 長い髪。黒い。黒い。断然、黒かった。

 なんにも手を入れていない生まれたままの髪の黒さだ。


 その綺麗な黒髪に、白いワンピースがとっても映えている。

 足元はスニーカーで、これは歩きやすさを重視してのことだろうか。

 ころころころと、彼女は車輪のついたバッグを引いて、歩道をまっすぐに歩いて行く。


「えっと。あの……」


 「あれ」が起きてからはじめて出会った「人」だ。びっくりした。

 その「人」が、可愛い女の子だということには、びびって――い、いやっ、びびってなんかいないよ。ぜったいにない。


「あの……、ちょっと、ごめん! 止まって!」

「え?」


 女の子は立ち止まった。

 きょとんと頭をかしげる。その仕草で、黒い髪が、さらさらと流れ落ちていって――。


「あの?」


 はっと、我に返った。

 しまった。見とれていた。

 見とれていたなんてバレたら、僕は穴を見つけて入らねばならない。


「え、えっと。……いいお天気ですね」


 とっさに出たのは、そんな言葉。

 ばかですか。穴に入りやがれですよ。


「はい。そうですねー」


 女の子は、にっこりと笑うと、空を見上げた。

 この子。天使。


 どうしようもない失敗発言を、あっさりと受けて、華麗にスルーしてくれた。

 傷は広がらず、致命傷にも黒歴史にもならずに済んだ。


 あと、自分で言うのもなんだけど。

 声かけたりして、さらに挙動不審で、明らかに怪しい感じのはずなんだけど……。


 そのへんはどう思っているだろう。――と、彼女をよく見ていたら。

 彼女はずっと空を見上げたままだった。


「青い……、本当に青い空。すごいですねー。すごいすごい」


 さっき自分が感動していたことと、同じことで、この娘は感動している。

 ちょっと嬉しい。それが綺麗な娘だったから、かなり嬉しい。


「あ。申し遅れました。わたし。ミツキって言います」

「あ。えっと……。カズキ、です」


 ぺこりとお辞儀を返す。

 それが彼女――ミツキちゃんとの出会いだった。

 本日中に第2話を掲載予定です。

 なお女の子の名前は「ミツキちゃん」ですが、Cマートのミツキちゃんと同一人物ではありません。

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