1-1 異世界召喚
目が覚めると、目の前には氷を連想させるような冷ややかな瞳をした男が立っていた。
「ようやくお目覚めになりましたか。挑戦者よ。」
「挑戦者だと?俺には事情がさっぱりとわからん。俺の記憶が正しければ、確か流星群を眺めていてそしてなにかが光って......教えてくれ。ここはどこなんだ?お前は誰だ?そして挑戦者とはなんだ?」
「それはおいおい話すことにしましょう......貴方がこれらを倒すことが出来たらですがね!」
そういうと、男はどこからだしたのかなにかのスイッチを取り出し、押した。
低い地鳴りのような音が聞こえると、星夜の目の前の地面が隆起し四角いステージが現れた。
「貴方にはこれからここにいる3体の悪魔と戦ってもらいます。勝利条件は悪魔を殺すこと。あなたは敗れた時点で、命はないものと思っておいてください。では、ご健闘をお祈りしております。」
わけがわからない。俺は空を眺めていただけのはずだ。
なのに急に流星が光って、意識を失い......謎の男に悪魔と武器もない状態で戦えと言われた。
左脚が壊れた後の3年間、俺は今まで以上に身体を鍛えてきた。強く踏み込むことはできなくなってしまったが、師に頼んで剣道以外の武術を教えてもらうことはできた。
太刀花家は剣道の大家だが、なにも有名なのは剣道だけじゃない。
太刀花家には剣道に比べると数段質が落ちるが、幅広く武道会に名を轟かせていた。
そのなかには弓や刀を使うものもあり、己の身体で相手を倒すものもあったが......
男が言うことが嘘でも幻でもなければ、俺はこれから悪魔と戦うことになる。『悪魔』という響き上、どうやら人間と同じと考えて戦いに臨むのはまずいだろう。どうするものか......
覚悟を決めて、俺はステージへと上がる。ステージの上に待ち構えていたのは......見たこともない異形の怪物であった。
右に位置する悪魔は、角が生え爪が伸び身体は巨大で厚い筋肉に覆われている。さながらミノタウロスとでも言ったところであろうか。
真ん中に位置するのは背中から翼が生えており両腕には二振りの刀が。口からは尖った歯が覗いている。こっちは天使と悪魔が同居しているようだ。
最後に左に位置する悪魔は、上半身は人間下半身は馬というケンタウロスのような姿をしている。だがケンタウロスとは違い、口からは鋭い牙が飛び出しており、牛の悪魔同様身体は厚い筋肉で覆われている。
怖い。帰りたい。どうして俺はこんなところにいるんだろう。俺は敵を目の前にして異形の化けものと戦うのが怖くなった。
だが不思議なことに、今までに感じたことのない高揚感も感じていた。
牛の異形が、雄叫びをあげて突っ込んできた。どうやら、角で俺を串刺しにしたいらしい。だったら......俺は相手と接触する寸前、牛の角に手を添えそして体の向きを変え腕を引いた。
前の方向に加えられていた力のベクトルが横に逸らされたせいで、牛の異形は前へつんのめった。相手は今俺に背を向けている。その隙が牛にとって致命的なミスとなった。
精神を統一し、拳を構える。力を溜め、そして一点に向けて解き放つ!
《太刀花流武道術・一の型三式!緋燕翔打!》
緋炎の燕が牛の脊髄を直撃。牛は頭から崩れ落ち、動かなくなった。
「まずは一体.....」
牛の異形が倒されたのを見て、羽の異形と馬の異形は星夜への認識を改めたのか一度距離をとり、同時に攻撃を繰り出した。
羽は上から、馬は下から。星夜に向かって斬撃と突進が繰り出されるが、星夜は馬の下に潜り込むように滑ると、馬の腹を蹴り上げた。
《太刀花流武道術・二の型四式!蒼龍雷昇!》
星夜の常人離れした怪力によって繰り出された蹴撃は、蒼い龍の形を以って雷の如く馬を襲う。それは、馬の異形の巨躯を浮き上がらせるほどのエネルギーを持っていた。
そのまま上へと蹴り上げられた馬は、羽に激突し墜落した。
起き上がる羽の異形。しかし星夜は追撃の手を緩めない。
蹴り、殴り、蹴り、殴る。止まらない星夜の猛攻に、羽は双剣を使い防ぐので精一杯であった。そして、その時は来た。羽の異形が防ぎきれなかった蹴りの一つが、羽の脇腹を抉った。星夜は崩れる羽の異形に向けて止めの一撃を放つ。
《太刀花流武道術・三の型七式!碧狼蹂躙!》
さながら狼が獲物を狩るような激しい連撃が羽を襲った。全ての攻撃を余さずその身に受けた羽の異形は、ついに沈黙した。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
「まさかこれほどまでとは......」
男は、驚愕していた。自分が呼びたした男が、ここまで強いとは思っても見なかったのである。
男の家に代々伝わる魔法。それが星夜を呼び出した元凶である。
家の倉庫の隅に封印されてあった書物を見つけ、ありあまる魔力を解放し封印を破壊。その後、書物に記されていた方法に沿って召喚の儀を行った。
その書物の名は『禁呪目録』
祖先がその威力と副作用の危険さのあまり封印した魔法の数々が記された本を、男は発掘し利用してしまったのであった。
彼は青年の戦闘を見て、驚いたが自分ほどではないな、と慢心した。だが、生かしておくには少しばかり危険すぎるので排除しておこうか、と思い行動に移る。
彼は青年に近づき......
「お疲れ様でした。青年よ。あなたは生かしておくにはあまりにも危険すぎる。ここで亡き者になってもらいましょう......」
禍々しい刀による必殺の一撃を背後から放った......
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
星夜は戦闘が終わった後もまだ、高揚感に包まれていた。
初めての命をかけた殺し合い。しかも相手は日本では見たことのないような化け物。それなのに、闘いを自分が楽しんでいたという事実に、驚いていた。
先ほどの男はどこに行ったのだろうか。どういうことなのか問い詰めなければ。
男を探そうと聖夜が立ち上がろうとした時、背後から嫌な予感を感じ取った星夜は、立ち上がりざまに回し蹴りを放った。刀の真横に直撃した蹴りは、男から刀を手放させるのに十分なほどの威力を持っていた。
「これはどういうことだ!?説明してもらおうか!」
星夜は叫ぶ。だが男は、焦点のあっていない目で聖夜を見つめ、ぶつぶつと呟いていた。
「まさか......私の一撃が防がれるとは...しかも刀を防ぐでもなく弾き飛ばした......?
ありえません......やはりこの方はここで殺しておかなくては......」
男の目に光が灯る。そして星夜に襲いかかった。
だがしかし、その攻撃は星夜には届かない。男は、胸に走る衝撃を受け、首を巡らせた。そこには、男が呟いている間に弾き飛ばした刀を拾った星夜が投げつけた男のものであるはずの刀がちょうど心臓の位置に突き刺さっていた。
星夜が男に近寄った時、男は既に力尽きていた。
「結局あいつは何だったんだ......質問の答えも得られなかったし...俺は今からここで何をして行けばいいのだ?」
疑問を口に出すが、答えてくれるものはもういない。
途方にくれて辺りを見回した時、星夜は男の死体の上で何かが光っているのを見つけた。
それは、丸い物体であった。その物体を手に取った瞬間、星夜の頭の中に声が響き渡った。