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第8話 「魔女の釣り野伏せ①」

 村中が慌ただしく動き回る。

 行軍準備、あるいは、夜逃げ準備か。


 しかし、全くの準備不足と言った割には、随分と手際が良い。

 村の中央にある広場には、多くの荷車が運び込まれ、そこにあらゆる物資が積み込まれていく。

 食糧、武器、薬品などなど。その量も目を見張るものだ。


 とてもではないが、普通の村に備蓄されている物資の量ではない。

 つまり、最低限の準備は常にしていたのだろう。


 あらゆる事態を想定し、それに備える。

 成程、師は優れた軍人に違いない。


「ぼーっと見ている暇があったら、手を動かしな」


 感心しながら、作業を見ていると、師に咎められてしまった。


「ああ、申し訳ありません、つい。……あの、一つお聞きしても?」

「何だい?」

「この早さなら、あるいは一戦するまでもなく、退避できるのでは?」

「ふん。その頭には、蛆虫が詰まっているのかい?」


 未だ嘗てないほど、馬鹿にされてしまった。

 えー、俺はそんなに見当違いのことを口にしただろうか?


 まだ、師の言わんとしていることが分からない。

 師は、不出来な弟子に、呆れ返った様な顔になる。


「女子供、老人含めて、二百人に満たない村の制圧だ。小僧は、そんな戦いに、大軍を動員するのかい?」

「いえ、そのようなことは……」

「ない。だろう? 大軍はおろか、一個大隊、一〇〇〇名すら、動員すまい。ほぼ同数の一個中隊、いや、念を入れて二個中隊といったところか」


 確かに動員人数はその程度に収まるだろう。

 しかし、それとどのような関連が……あっ!


「気付いたかい? 二個中隊規模の動員なら、その準備は大した手間ではない。そも、越冬中とはいえ、連中は戦時下の軍隊だ。平時よりも、迅速な対応が取れる、そんな態勢にあるのだよ」


 成程、理解できた。

 確かに、それなら、すぐさま敵部隊は現れるだろう。


 だから、一戦して、これを叩く。

 帝国軍も、まさか田舎村の制圧に失敗するとは、夢にも思うまい。

 なれば、増援の準備などしている筈もない。


 故に、来襲する二個中隊規模であろう、敵部隊を叩けば、俺たちは無事に逃げ伸びることが出来るというわけだ。


 しかし、たった二個中隊とはいえ、我らに倍する敵部隊を叩けるのか?

 そう、それが出来るかどうかが、最大の問題だ。


 師の智謀は、信頼している。

 ただ、具体的に、どう対処されるお積りなのか。

 それが分からねば、どうも落ち着かない。


「……師匠、どのような作戦で、敵部隊を破られるお積りですか?」

「何だ、不安なのかい?」

「いえ、決してそのような……」

「ふん。無理するでないよ。そうさね、作戦案を一言で表現するならば……」

「一言で表現するなら?」


 師は含みを持たせた笑みを浮かべられる。


「釣りだよ。陸の上での一本釣りさ」


 つ、釣り? あの魚釣りのことか?


 俺は師の言葉に、ポカンと口を開けたのだった。



****



 ――釣り野伏せ、異国の戦闘民族、シマーヅとやらが、得意とした奇襲戦法。

 

 戦闘民族シマーヅの物真似は危険過ぎるからと、戦史の授業では敢えて、師はそれについて触れられなかったらしい。


 その奇襲戦法の概要はこうだ。


 寡兵側が、少ない兵を更に割って、伏兵を二隊配する。

 残る囮役は、敵と交戦すると、敗走を装いながら、敵軍を引き摺りこむ。

 つまり、これが釣りだ。


 そして、まんまと釣り上げた獲物を、伏兵が左右から奇襲攻撃。

 これに混乱した敵兵に対し、囮役も反転攻勢。

 最終的に、敵軍を三面包囲下において、殲滅する戦術だ。


 うむ。言葉にすれば簡単だ。

 だが、この作戦は多大なリスクを背負っている。


 それは囮役だ。唯でさえ敵兵より兵数に劣る軍勢を、三分割した少勢。

 偽装敗走ではなく、本当の敗走になってしまう危険性が高い。


 これを可能にしたのは、戦闘民族シマーヅの精強さであるらしい。

 だから、下手に真似したら、痛い目を見る。


 ただまあ、師なら、そのリスクを容易く回避して見せるのだろう。


 なれば、心配すべきは、敵兵がまんまと釣られるかどうか。

 それだけを心配すべき……だと思っていた。


 だが、真の問題はもっと、根本的な部分にあった。

 それは、伏兵部隊を隠すに適した地形が、村の近辺にないことだ。


 おいおい、完全に破綻しているじゃないか。

 まさか、師はボケておられるのか?


 そんな疑問を持ってしまったのは、仕方のないことだと思う。


 俺の疑問に対し、師の答えはこうだ。


 ――伏兵部隊は、敵部隊が警戒しえないほど、遠方に伏せると。


 余りに不可解な回答。

 それを可能とする“魔法”を聞いた今でも、正直半信半疑だ。


 はたして、そんな不安を抱えたまま、ついに戦いの時がきてしまった。




「ほう。あの旗印は、クレメンツ男爵の部隊か。これは幸先がいい」


 師が馬上、ライラの上から、そんなことを口にする。

 

 ……何故、師がライラに騎乗しているのか。

 それは、強奪されたからだ。

 俺が、師よりも、優れた馬に乗るなど、許される道理はない、とのことらしい。

 故に、俺は歩兵の仲間入りを果たしていた。……辛い。


 いや、それより、今の言葉はどういうことか?

 クレメンツ男爵が敵だと、幸先がいい。その訳とは?


 クレメンツ男爵といえば、裏切った東部諸侯の一人だが……。

 分からん。それ以上、男爵のことを俺は知らない。


「何故、男爵の部隊だと、都合が良いのですか? 正規軍ではないから? 練度が低い、そういうことでしょうか? しかし、その分、兵数は予想を上回っていますが?」


 正規軍でない、貴族の私兵騎士団、だから組し易い。

 そんな考えは、分からなくもない。

 だが、その分、敵兵の数は予想を上回ってしまっている。


 目算にして、およそ五〇〇名。

 二個中隊を、一〇〇ばかり、上回る兵数だ。


「ふん、そんな理由ではないよ。小僧、机上の数字ばかり追いかけないで、生の情報を追いかけな」

「生の……情報?」

「そうだ。クレメンツ男爵の心情を想像してごらん。……裏切り者というのは、新しい味方から信頼されないものさ。ふふ、耐え難いだろう? 針のむしろさ。そこから逃れるには、信頼を勝ち得るしかない。その為には……」

「敵と戦って、戦功を掲げる。新たな味方の為に尽くす。その姿勢を見せねばならない?」


 師が正解だとばかりに、一つ頷かれる。


「故に、釣り上げやすい。そういうことさ」


 村の近辺、比較的開けたと言える地形にて、俺たち囮部隊は集結している。

 遮る物が少ない地形、男爵も伏兵の心配など考えてもいまい。

 その上、師の言われる、男爵の心理状況。


 これらを考慮すれば、男爵を釣るのは、確かに容易いことに思われる。

 ならば、後は“魔法”が上手く機能するかどうか……か。


「ふん、来るよ」


 師の言葉に、敵兵の姿を慌てて見やる。

 丁度、突撃喇叭が吹き鳴らされた所であった。


 歩兵を主力とした、五〇〇名からなる敵兵が、蛮声を上げて迫りくる。


「……まだ撃つな。しっかりと引きつけな」


 師が囁くように、魔杖兵たちに語りかける。

 俺もまた、彼らと同じく、魔杖を手に構えていた。


 ――魔杖、何とも画期的な武器だ。

 引き金を引くと、火打石が強く打ち合わされる仕組みになっている。

 そして、発生した火花が、火の秘薬に着火。

 その爆発を推進力に変え、鉄の玉を敵兵に向けて弾き飛ばす。


 まあ、連射性に難ありだが。

 ただ、構えて引き金を引く、それだけで攻撃できるのが素晴らしい。


 弓兵ほどの修練を重ねなくても、容易く一端の兵隊を生み出せる。

 本当に、革新的な武器だ。


 そんなことを思っている内に、見る見る敵の姿が大きくなる。


「総員射撃準備に移れ。構え……」


 額に汗をかく。思わず命令前に引き金を引きそうになる。

 駄目だ、耐えろ……。


「撃て!」


 その言葉と同時に、引き金を引く。

 パン、パン、パンと、幾重にも破裂音が重なる。

 敵の先頭集団が、バタバタと、倒れていく。


 それを見てとった師が、新たな命令を口にする。


「総員、着剣!」


 その命令に、ベルトに挟んだ刀身を抜き放つと、魔杖の杖先に取り付ける。

 これで、簡易的な槍に早変わりというわけだ。


「迎え撃つ! 総員突撃!」


 その掛け声に、俺たちもまた蛮声を上げて敵兵に向かって突っ込んでいった。


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